第79話 支え、配る者って書くと何か凄くいい奴な感じがする

 あの男が、話しが進まねえってんで、偽物野郎に奴隷紋を全身至る所まで貼り付け、そそくさと偽物野郎が持ってきた巨大なコンテナのような物の前に移動し始めました。

 中から様々な道具を取り出し、それを分解、パーツ一つ一つを丹念に磨き上げ、再び組み立て、次の道具、そう言った作業を始めやがりました。


「あら。集中モードに入っちゃったわね。まあ丁度いいからあなた。ちょっとこっちにきなさい。これは命令よ」


 その言葉を聞いた瞬間、私の体が勝手に動き出しやがって、あの女の所に移動を始めやがりました。

 目の前で勝手に腰を下ろし、顔をあの女に向け、まるで話を聞く姿勢みてえな恰好をさせられちまいました。


「力でどうにかしようとするとあの人が怒るから、少しお話しをしましょう」


 そう言いながら、切り飛ばされた腕を拾い上げ、腕のあった場所に押し付けると、その傷が瞬く間に回復しやがったのが分かります。 

 これが最上位の英雄クラスの治癒力だってんですか。


「あなた。なかなか良さそうな個性を持っているのね。彼がいなくなる前にここに忍び込んできたバカな勇者と同じか、それに近い個性を感じるわ」


 私の目の前に来た女が、一度足を踏み鳴らすと、そこには玉座のような椅子が出来上がり、優雅にそこに腰を下ろし、私を見下しやがる女。

 案の定その玉座の形は、歴史書にスケッチされてた玉座の形と全く同じものじゃねえですか。


「1000年以上も経って、私の血もだいぶ薄くなったみたいね。まあそれは別にいいのだけれど、でもあの時空の覇者とか言う雑魚に負けそうなのはなんだか気に食わないわね」


 時空の覇者が……雑魚?魔王を討伐し、世界を救った救世の勇者が、雑魚だってんですか?


「はぁ、あなたは一体どうしたら私を本物だと思ってくれるのかしら。いっそのことあなたの思考を支配して無理やりに信じさせてやりたいわね」


「はっ!やれるもんならやてみやがれってんですこの偽物野郎が!」


 私の中で、目の前のマッカランが偽物ではなく本物なのではないか、という疑問が浮かび上がってきやがりましたが、それを否定するためにも、私はそう言ってやりました。

 しかし、それを言った直後、まるでその言葉を“言うように仕向けられていた”気がして、全身がぞっとしやがります。そして何より、目の前の女の顔が、見たこともねえくらいに不気味に歪んだのが見えちまいました。


「そうそう。その言葉を“待ってた”のよ。じゃあ、あなたを改造するけど、準備はいいかしら?何なら、あなたのその貧弱な体。私がもらってあげてもいいわよ?」


 抜けていく………呼吸も思考もままならない状況に一瞬で落とされ、何かが自分の中から抜け出していくのだけが、感覚としてわかりやがる。

 これが抜けるのはマズい。そう思う反面、体がそれを許容しちまってるように、手足を投げ出し、その場に横たわりやがりました。


「なんて、冗談よ…………少しだけ。そんなことをしたら、あの人に怒られちゃうし、二度と口をきいてくれないなんて言われたら…………私、生きて行けそうにないもの。まあ、もう死んでるんだけどね」


「―――っ!?ハァ……ハァ……ハァ……な、何をしやがったんですか」


「なにって、簡単なことよ?あなたの魂と人格を引っ張り出して、その辺に捨てようかと思ったの。そしたらその入れ物には私が入れば………あ、それは駄目ね。この体には“これ”があるんだもん。これを手放すくらいなら出られない方がずっとまし」


 そう言って女は首の傷跡を妖艶に撫で上げやがりました。

 玉座で足を組み、余裕の表情を浮かべる女とは対照的に、今の私は、地面に四肢を付き、額から流れる汗をぬぐうことも出来ず、ただ、その女を見上げることしかできねえです。


「ひらめいたわ。あなたに見せてあげればいいのよ。あの記憶、あの雄姿、あの奇跡を。私が目にした全ての奇跡を、あの人が引き起こした“絶対に誰も及ばない”奇跡を、あなたに見せてあげるわ。そうすれば、私が本物だとわかるはず。本来ならこの世界の女全てが、穴を差し出して子種を注ぎ込んでくださいと懇願するような、そんな偉業を成し遂げた男に、あなたがどれだけ無礼を働いているか、きっと理解するはずよ」


「そんな有り得ねえことが起きるはずね―――」


 瞬き一つ。私は確かに、この“世界”で、瞬きを一回しただけだ。それだけの時間で、それだけの瞬間で、マッカラン“様”が体験しちまった600年以上にわたる戦い、そしてその終焉を、全て“追体験”させられた。


「私の支配は、たった一人の例外を除けば恐らく最高最強の個性。その真価は“なんでもできる”ということ。自身の構成する全てを支配し、記憶を支配したモノに見せる。経験を共有する。戦いを追体験させる。そんなことであろうと造作もないの。時間だろうが、空間だろうが、私の“箱庭”にいる限り例外なく支配することができる。まあでも、あの女狐と、ユーリは別。あの女狐の力は本物で、私の手に負えるモノではないのだけれど、ユーリはもっと凄い。全てを持っているキルキスや私とは正反対の位置に立っているのに、常に私やキルキスを凌駕する。それは神代を生き抜き、神を殺したとされる古代種であろうと例外ではないのよ。世界に、神に、運命に既に雁字搦めに支配されている彼を、私が支配することはできない。支配する余地がない。それと同じでね………“既に”矛盾している存在を、矛盾させることは出来ないのよ。なんせ、“それ”を矛盾させてしまったたら、“矛盾していない”のと何も変わらないのだから。雁字搦めにされて、触ることもできないような存在に、私の支配の手が届くことはない。だから彼は凄いのよ」


「なんで………」


「だってそうでしょ?手が届かない程に支配されて、運命も世界も神も何もかもに死を押し付けられている彼が、それでも生き残っているんだから。彼はその程度の支配に屈したりはしないの。これは感情論じゃないわ。想像の範疇を遥かに超えるレベルで行使されている支配。それも、私達よりも上の理の存在から。数多の古代種の呪いがそうさせるのか、悪魔の恨みがそうさせるのか、神の嫉妬がそうさせるのか、世界の防衛本能がそうさせるのか分からないけど、99.9の後にいくつ9が付くかわからないけれど、その遥か先にある、観測することさえも億劫になるような死の可能性の大海から、彼はほんの一粒の、生存という砂粒を拾い上げてきたの。それを勝ち取ってきたのよ。だから早く気付いてほしいのよ。あなたがバカ主人と罵る男が、如何に異常な存在で、勇者や英雄、異能者、そして、人類に備わるはずの無い力を、体質として有する新しい人類の形、超越者が、どれだけ徒党を組もうと超えられない壁。それを鼻歌交じりに飛び越える無能で無才な男の、ひどく滑稽で、雄大な背中に。あなたたちは皆、あの背中に守られてきたんだと、知ってほしいのよ」


 どうして、そんなことができちまうのか。どうして、あの男は逃げちまわなかったのか。普通の感覚で言えば、誰だって逃げ出してもおかしくねえような、そんな世界の危機。神代を生き抜いた、異なる理に生きる者たち。そんな存在を相手に、何故あの男は“お使い”感覚で扉を潜ることができやがんのか。

 実際はそんなことまるでねえんですが、扉の向こうで、震える足を何度も叩き、恐怖からあふれ出した涙を必死に拭い、緊張で乾いた喉に、ありったけ水を流し込み、そして吐き出しちまう。

 そんな状態で、何故アイツは逃げねえんですか。こんな姿、見たこともねえです。これだけ恐怖に震える人間が、その恐怖に立ち向かうなんて、正気じゃねえ。だけど、それでもあの男は“それ”の前に立ちやがった。

 

 赤黒い甲殻に若干の光沢。爬虫類か猛禽類のような目。背丈は凡そ20メートル弱。背中に浮かぶ腕が6本と、体から生える2本の腕には、それぞれ異なる武器を握る人間のような上半身。そして下半身はサソリのような、8本の脚。大きく伸びる巨大な毒針のついている尾。

 神を殺し、得た名は“戦神モンテロッサ”。神代について記述のある数少ない書物の中では、こう記されている―――序列5位 戦神モンテロッサと。


 マッカラン様の記憶が、どんどん蘇ってくる。彼女自身の戦いの記憶。あの男との出会いや、ふざけ合った日常。救い出された経緯。そしてあの男の戦い。

 それらを垣間見た瞬間、私の目からはとめどなく涙があふれてきやがって、それを止めることがどうにも出来なくなっちまいました。



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