第78話 鎖骨って素晴らしい
「ったくさぁ、お前の支配は矛盾の次くらいに強力なんだからバカスカ使うなよな」
ヘタレ込んで、赤い顔で息を乱しちまってるマッカラン様を放置し、バカ主人がこっちに歩いてきやがります。
「大丈夫か?呼吸は出来るか?自分の血の流れは正常か?内臓は?何かおかしいところはないか?」
「べっ、別に何も問題ねえです……」
「それならいいんだけどさ、こいつの支配を食らうと呼吸を止められたり、血流が反対になったり、内臓とかに血液溜められて破裂とかよくあるからさ、なんかあればすぐに言えよ?」
支配……当時誰一人として破ることができやしなかった最強最悪の個性………それが自分自身に使われたって考えると、鳥肌が止まらねえですし、今でも身震いがしやがります。
「まあ、怖いようなら外に出てな。マッカランは“ここ”から外には出られねえからさ」
「そうね。生憎と私はただの倉庫の番人でしかないから外に出ることはできないわ。逃げるならさっさと逃げなさい?」
「お前はとりあえず俺の倉庫を取って来なさい。話がややこしくなるから」
「ふふっ、亭主関白なあなたも素敵よ?」
そう言いながらマッカラン様はその場を後にしやがりましたが、残された異常性だけは健在で、居なくなった今でも震えが収まる気配がまるでねえです……。
「とりあえずだ。お前のご先祖さまには少しだけ恩があったりなかったりするわけなのよ。詳しい事はいつか気が向いたら話すわ」
そう言いやがったバカ主人。だけど、マッカラン様の話しにあった古代種を殺したこと、そして、マッカラン様がこいつを見ながら首の傷を撫でるその仕草が、妙に気になっちまいます。
「あの首の傷………あんなもんがあるなんて歴史書にも、魔族の文献にも書かれちゃいなかったんですが」
「そりゃそうだろうね。あの傷が出来たのは俺のいた500年前の事だし」
「話にあった古代種との戦い…それでできちまったもんですか?」
「いや?当時は抜け穴があって、ここに直接来ることもできたんだが、その時にキルキスのバカとマッカランがマジ喧嘩したことがあってな」
あのキルキス大帝は、原初の魔王にさえ負けない存在だということでやがりますか。同じ時代に生まれなくてよかったってつくづくおもっちましま…………待ちやがれ。おかしい。そんなことがあり得るはずねえじゃねえですか。
だって、だってあのキルキス大帝は………“200年前の帝国の女帝”じゃ……。
「本当にテメエの糞みてえな作り話にゃ反吐が出ます。いくら渡してあの偽物のご先祖様を雇ったのか知らねえですが、そこまでして私に言い寄りてえんですか?ハッキリ言って気持ちわりいですし、人生で最高に不愉快です。今すぐこの場で叩き殺してやりてぇくらいです」
やっと、分かりやがりました。
この男、このクズ野郎は…………金で縦穴を調査させ、安全に迷宮の最下層に来る方法を見つけ、それをあたかも自分の手柄のような世迷い事まで抜かし、自分は500年前の勇者だと宣いやがりました。
吐き気さえ催す最低な野郎です。
どうせさっきまで居やがったマッカラン様も、個性か異能で姿や雰囲気を模しているだけにすぎねえです。あの気配さえも、それで作った偽物でやがりますね。
だからこそ、こいつには“支配”の個性が効かねえですから、あのマッカラン様の偽物を簡単にあしらえただけのことです。
本物のマッカラン様なら、触れられた瞬間、同じ空間に“有った”瞬間に支配され、殺されてやがるはずです。
もしかすると、アレが本物と言うことを認めたくねぇのか、事実だと理解する事を拒絶してるみてぇに、アレが偽物だって考えが次々に浮かんできやがります。こいつが500年前から来やがったって事も、その他のことも全部嘘で、全て私を買いやがった奴に訪れる未来を、何とかして回避する為に。
「―――やっぱりあなた、要らないわ」
思考がようやくまとまった直後、背後から偽物野郎の声が聞こえてきやがりました。
即座に振り向き、ナイフを投擲しちまいましたが、このくらいでは恐らく倒せねえです。感覚的にそう分かりますが、多少の怪我でも負ってくれれば御の字ってもんです。
「バカにしてる?それともなに?死にたいだけ?」
「なッ!なんで!」
なんでナイフが……空中に静止してやがるんですか………。
これじゃまるで………いや、そうか。既に私は幻術かなんかに掛けられちまってんですね。だからナイフも本当は投擲してねえ。空中に浮いてるナイフ共はあいつが用意してやがった物に違いねえです。
「私の先祖をバカにした罪、償わせてやります………“加速”」
脳に負担がかかりすぎる個性ってんで、極力使いたくねえ個性ですが、仕方ねえです。それに、この個性を見せれば、あの男は恐らく今までよりも必死に私を欲しがってきやがることなんか目に見えてます。
なんせこの個性は……あの時空の覇者が操る時間と空間、その片割れである時間を操作する個性なんですから。
「うわ、嫌なもん思い出しちまった」
加速した世界で、妙に間延びするその声を聞きながら私は偽物野郎をぶっ殺すためにナイフを抜き放ち、その首めがけてそれを振るう。
しかし、偽物野郎はニッと口角を吊り上げ、全く間延びしない口調で言い放ちやがりました。
「【箱庭の孤独な支配者】」
その声が耳に届いた瞬間、加速した世界で得た推進力が、何らかの力で元の速さの世界に戻されたことで、私の体がその推進力を扱いきれず、前のめりに転倒しちまいました。
ぐるぐると回る世界で、唯一見えたのは、くるくると空中で回転を続ける腕。そして、それをやりやがった“男”の姿でした。
「マッカラン。500年も置いてったのは悪いと思うけど、お前少しやり過ぎだぞ」
「あら?そうかしら。私の“箱庭”の理を勝手に書き換えたそこの女がいけないように思うのだけれど。それに私はやられたからやり返そうとしただけよ。それが何かおかしい事かしら」
「限定空間内の時空間の支配、こんな物騒なものまで引っ張り出してお前………カリラを本気で殺すつもりだっただろ」
「その子はカリラって言うのね。まあでも、これからただの“死体”になるんだからあまり興味はないのだけれど、そうね、時間もたくさんあるし、暇だからお墓くらい作ってあげようかしら。あの子の背骨と頭蓋骨をそのお墓に突き立てて、額に名前を彫るのよ?素敵だと思わない?」
言い争う偽物野郎の視線がこっちを向いた瞬間、突然私の背中と頭が激痛に見舞われちまいました。
もしかして……本当に支配されてやがるってんですか……だとしたら……ほんとうに………。
「生きたまま背骨と頭蓋を取り出すのよ。体を支える骨がなくなってふにゃふにゃになったあなたの体が、一体どれくらいねじれるのかとても興味があるわ。あぁ、大丈夫、安心していいわ。この空間にいる限り、あなたの殺生与奪は私に支配されているから。あなたは死ぬことなく、死を体験する貴重な存在になれるの。その後はどうなりたいかしら。そのまま殺してあげるだけだとなんだか味気ないし、だからと言って普通に帰してあげる気は毛頭ないのよね………そうね、であればこういうのはどうかしら…………あなた、マッドロルオークってご存知?」
こ、こいつは…………何を言ってやがんですか…………正気じゃ…………正気じゃねえです…………
「全身を寄生虫の溶解液で腐敗させられたオークなのだけど、どういう訳かあの種は交配をしても、生まれてくるオークが全て、あらかじめ寄生虫に犯され、マッドロルオークが生まれてくるのよ。後天的な種族と言うのは特定の条件がそろわないと生まれない貴重な種族なの。あなた、それになれるのよ?生きながらにして死んだことのある貴重なあなたの人格を、特定条件下でのみ生まれる貴重な種であるマッドロルオークに宿す。なんて素晴らしい考えな―――ひゃっ……ゃ……やめっ………そんなのっ……はげ、はげしっ、…………んっ―――っ!!!」
目を潤ませ、恍惚の表情で私にそう言ってきやがった偽物野郎が、再び今度は違う意味で蕩けちまいそうな顔をしながらその場にへたり込んじまいました。
それをやったのはもちろんあの男。
完全な無表情で偽物野郎の鎖骨をすげえ速さで撫でまわしてやがる。
気持ちわりい光景ですが、それに助けられたのも事実ってのが………癪に触ります。
「マッカランさんや。次にお前のサイコ発言を聞いたらお仕置きじゃ済まさないからな?もうあれだよ?マッサージチェアに縛り付けるからね?肩もみコースでフルセットだからね?」
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