第71話 盗んでもバレなければ問題なし

◇ ◇ ◇

 迷宮の心得その1。寝る時は起きてる時より警戒する。

これはね、もう鉄則ですわ。何度これで痛い目を見たかわかりゃしねえし。

 にしても、この女ひょとして“アレ”がこっちに来てんのわかってたのかね。だから頑なに眠ろうとしなかったとか?さすがに考え過ぎか。

 

 隣のテントにも設置した睡眠香を肩で切るように、俺はテントを出る。

 こいつらはどうせ朝までぐっすりで起きないでしょうし。

 それに、これはさすがにローズにゃちと荷が重い。


「スタンピードの前触れってか?」


 テントを立てた奥にある大きな空洞。そこには60階層クラスの魔物がうようよおり、その側には初心者だろうとわかる装備をした死体がゴロゴロ転がっていた。


 通りで迷宮内で他のパーティーと会わないわけですな。浅い階層はやんちゃボウズや初心者が結構多いはずなんだが、今回はそう言う連中をあまりにも見かけなかったし。単純に俺のいた頃から変わっただけかと思ったけど、この光景を見てみりゃそうでもないって感じだ。


「ほんっと、道具を買い集めておいてよかったわ」


 目の前にいるのは、討伐ランク40~50くらいの魔物がザっと30程。その最後尾にいる赤い鱗を持ったドラゴンは、おそらく階層主クラスだと思われる。討伐ランクで言えば、70あるかないか。

 これを糞雑魚の俺がどうするかって?一匹一匹相手にするほど俺は死にたがりじゃないんでね。

 サクッとボス以外には死んでもらいます。


「貼り付け」


 パイルを空洞の上の方に打ち込み、俺を敵だと認識した連中の頭上に、20メートル四方の巨大な立方体を呼び出す。崩壊した亀頭シティーからかっぱらった巨大な鉱石の塊だ。

 さてさて、デカい亀ちゃんが他の建物を建てたら動くのが遅くなるって理由で、カルブロが工房を放した理由にもなったこの鉱石。どれくらいの威力があることやら。


 あ、ちなみにカルブロの所にはちゃんと“コピー”した物を置いてきましたとも。

 人の物でも、“触りさえすれば”俺の個性は使えるしな。


「貼り付け」


 追加で二つ目の鉱石の塊を落とす。さすがにこれだけの重さであれば、あのボス以外はくたばってくれたでしょう。

 そう思うのもつかの間。落とした鉱石の一部が白熱し始め、そこから膨大な火力を伴うドラゴンブレスが、天井に突き刺さった。


 やっぱあのクラスの敵になるとこの程度じゃ死なないよね。


 案の定生き残っており、ブレスで開けた穴から飛び出してきたレッドドラゴン。翼を大きく煽り、宙に浮かぶ姿から、相当ブチギレていることが分かる。


 「そいっ!」


 さすがにこれだけの広さがある空洞内を自由に飛び回られたら、俺の目が回っちゃうので、飛行能力を奪いにかかる。

 ビターバレーで購入した槍を翼に向けて投擲するが、ドラゴンもそんな攻撃を簡単に受けてくれる程甘くはないのか、翼が生み出す風圧を槍に向けて打ち出すことで、英雄でもない俺の腕力で投げられた槍は、勢いを失い、地面に落ちていった。


「まあこっちが本命なんだけどね」


 槍を落とすために起こした風圧の射程から外れた場所に移動した俺が、成人男性の握りこぶし程の大きさの物をドラゴンの前に放り投げた。

 先ほどのこともあり、ドラゴンは翼をもう一度煽り、それを飛ばそうとしたが、それよりも早く、俺が投げた閃光灯が眩い光を吐き出し、ドラゴンの網膜を焦がしていく。


 けたたましい叫び声と共に、視界を潰された衝撃で、周囲に尻尾を振り回し、翼で滅茶苦茶に空気を打ち出すドラゴン。

 口元にもチリチリと、ため込んだブレスが溢れて来ているのが分かる。

 このままあのブレスを吐き出されたら、寝てる三人のテントに冷房が必要なくらい寝苦しくなってしまう。


「とりあえず落ちなさい」


 キィィインと。まるで金属同士を高速ですり合わせたような音が、ドラゴンの前に投げられた金属の塊から発せられ、鼓膜を破壊するレベルの音量で周囲に広がる。

 大口を開けてブレスを吐き出そうとしたドラゴンだが、ブレスは口内で爆破し、三半規管を破壊されたことで、バランス感覚を失ったのか、くるくると回転しながら俺の落とした鉱石の上に落ちた。


「実はその鉱石ってすごーい電気を貯めこんでくれるんですよね」


 実際には、電気を魔力として保管し、循環させる効果を持っており、それに俺が“衝撃を与えると”“魔力”を“電気”“として”“爆発”“させる”効果を付け足したのだ。

 最初に投げ、鉱石に突き立っている槍から、術式が鉱石に広がっている。

 媒体術式って技術で、媒体を用いて術式を展開するあんまり実用性の無い技術の一つだ。


「サンダートラスト。その鉱石の上じゃどんどん蓄積される電気のお陰で動けないでしょ」


 擬似的な循環機能を持たせたサンダートラスト。集団戦闘で須鴨さんが見せたもの、これはそれの“完全上位互換”だ。俺のカスみたいな魔力ではサンダートラストでさえ発動できるかわからない。だからこそ俺の陣は発動までの時差がある分、俺の魔力ではなく、空気中に滞留している魔素を吸収して発動される。そして陣から溢れる電気と、鉱石自体が発する電気は再び鉱石によって魔力に変換され、威力を増して吐き出される。

 鉱石の上で平伏するドラゴンに向かって、俺は飛び降り、換装した大型の獲物を狩る様に発注した巨大な鉈に鋸のような刃を取り付けた武器を取り出す


「んじゃ、さよなら」


 憎しみの籠った瞳でこちらを見てきたドラゴンの首を跳ね飛ばし、死体を全て収納袋に収めた俺は、足元の功績を再び切取り、プレスされた魔物どもから使えそうなものを物色してからテントに戻った。


「これくらいの不幸じゃ、俺の最悪には到底及ばないんだよ。残念だったね」


 まあ、開けた場所と、カルブロから拝借した鉱石、王都に納められてたブーツが無かったらもっと苦戦しただろうけどね。それに、もっと強い相手だったらもっと苦戦してただろうけど。

 人間と違って魔物は強いと普通に苦戦するしね。

 やっぱ化け物より人間の方がまだ相手にしやすいわ。

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