第65話 個性豊か。個性飽和。
それにこいつの加護は王都で俺の面倒を見てくれていたマリポーサと比べても、いくらか低く感じる。
“種族”としての身体能力に恵まれ、さらに英雄の力を有していたマリポーサのナイフは相当な速さであり、どこにナイフが飛んでくるのか予想しないと捌けないような代物だった。
しかし、目の前のヤンキー奴隷はそうではなく、“投げる動作”があまりにも洗練されており、平時と大差ない動きであるために、どうしても反応が一段階遅れそうになる。俺ほどのビビりが遅れそうになるのであれば、他の連中は間違いなく遅れるだろう。
まあ、やつらは遅れても回避できるからいいんだけどね。俺なんか剣山みたいになるぞ。
「お前に一つ忠告しておいてやろう」
「今度はなんだってんですか」
「俺と戦うと、ただじゃ済まないぞ」
俺が。俺の体が。
それに、気になることもあるんだよね。
どちらかと言えば、それを少し確かめたいし。そのためにもう少しだけ戦ってみるのもいいかもしれない。当然安全マージンは取りながら。
「ふざけた態度のわりに……自信があるみてえじゃねえですか!!!」
カリラのスタートは、おおよそ人間の限界を遥かに超えた初速を持って俺に迫ってきた。
歩数にして約14歩ほどしか離れていないこの空間で、カリラの速度で動き出した場合、俺の元に到達するまでに1秒とかからない。その速さのまま、ナイフを構え、頸動脈を走り抜けるように切断すれば、攻撃に時間をかけることなく俺を殺すことができるだろう。
「んで?なんか自信満々に突っ込んで、落とし穴とか原始人レベルの罠に引っかかった感想をどうぞ」
まあ、スタート前に俺には“何となくそんな気がした”から分かってたんだけどね。
いやしかし、本当にギリギリだね。こいつがあと少しでも弱かったら、俺は最初のナイフで殺されてただろうし。
こいつの気配は、ギリギリわかるくらいだからね。キルキス何か、もう実像が見えてるんじゃないかってレベルの気配だから迎撃がとても楽ちんなんだけど。
穴の中を覗き込んだ顔にナイフが飛んできたので、前のめりの姿勢から頑張って回避する。この状況で普通ナイフなげます?どんだけタフなメンタルしてんだよ。
「とにかく話を聞きたいんだけど、ものっそい人だかりができてきたから移動しません?」
迷宮があり、冒険者が多い街柄もあり、喧嘩などは日常茶飯事だが、それがメインストリートに構える大規模商業施設の目の前であれば、人だかりの1つや2つくらい簡単にできてしまうだろう。
それに、このままじゃ騎士団とかが動き出しそうだしね。
「…………ちっ、今回の所は引き下がってやりますよ」
そう言って、俺の顔を睨みつけながら穴から出てきたカリラ。本来であれば、あの穴の側面には“衝撃を与えると爆発する”性質の鉱石から切り取った“衝撃を与えられると爆発する性質”を“貼り付け”ているんだけど、さすがに戦い終わってそれが起爆したってんじゃ、せっかく女の子と仲良くなれそうなのに台無しになっちまう。
「とりあえずさ……飯にしようか」
「…………っせーです!聞くんじゃねえですよっ!!!」
俺が何か言おうとした瞬間に、ぐぎゅるるるるるるるると、素敵な音がお腹から聞こえてきたので、予定を変更し、まずは食事を頂くことにした。
人垣に向かってハンサムな顔で手を振ってやれば、それだけで疑似モーセごっこができる。ほんと、イケメンって得だよな。
そのままコソコソとわき道に入り、さらに細いグネグネした道を抜け、20分程迷った後に、ようやく大衆食堂のような場所を発見した。
店に入れば、カウンターがあり、その奥には酒が陳列されている。どうやら夜は酒場として営業しているようだ。
未成年ボディーじゃなかったら酒が飲みたいんだがね。
「とりあえず何か頼むか」
ウエイトレスの地味系な女の子が席まで案内してくれたので、それに倣って座ると、いつまで経ってもカリラが座らないことに気が付いた。そして、それと同時に、俺の中の“フラグ察知センサー”にエレクトリックサンダーが奔った。
「気にしなくていいから座りなよ。俺は奴隷だからって床に座らせたりはしないよ」
「うっせー黙れってンですよ。おい給仕。ここにドレッシング垂れてやがりますよ。手拭き貸しやがれってンです。そしたら拭くのはこっちで済ませちまいますから」
そう言うことね。まあ知ってたよ?ほんと。あのね、あれだから。俺ほら。えっとさ。あのドレッシング付いてそうな気配とかわかるタイプだから俺。だから全然違うから。ほんと。マジで。
ウェイトレスの女の子がその巨乳をゆっさゆっさしながら何度も頭を下げるのを簡単に手で制したカリラが、彼女が持ってた手拭きを受け取り、それで椅子、そして机の縁から裏側に掛けてをざっとふき取った。
「イイですか?汚れんのは上っ面だけじゃねえンです。側面、それとその裏側も意外と汚れがたまっちまうもンなンです。特にこういう液体類は滴りやがるんで注意が必要ってんです………はいこれ、それと、時間とらせて済まねえです」
「い、いえ………その、勉強になります!」
ナニコレ。ボロボロの布切れを体に巻き付けた裸足の女が、小奇麗な格好の眼鏡外すと可愛い系女子に教えを説いているだと?というかこいつ面倒見意外といいのかな?俺の面倒も見てくれませんか?特に下の方―――っ!?
「こいつ俺の心の声にまで反応してナイフ投げてきやがっただと!?」
「ちっやり損ねましたか」
「とか言って体の中央に投げる辺り、回避より取られることを想定してたように思えるんですが?え、なに?ツンデレさん?」
「ぶっ殺すッ!!!」
再び暴れ出しそうになったカリラが、勢い勇んで立ち上がった瞬間、別のウエイトレスが、俺達の隣の席のやつらに持って行ったステーキの、ニンニクとタレが醸し出す絶妙なハーモニーに、鼻先をクリティカルヒットされ、へたり込むように椅子に腰を下ろした。
「………その前に、腹ごしらえです」
ナニコレめっちゃかわええええぇぇぇっぇぇぇええ!!!!
ってか面白っ!腹ペコキャラですか!?そうなんですか!?あまりにも普通の属性だから何か俺嬉しいわ!!!前回なんて、メンヘラツンドロロリババア魔女とか、博愛破壊願望の人類最強とか、糞ペドゴミカスドマゾ野郎とか、え?血ですか?すみません。ちょっとそう言うのは………とか言い出す存在意義に真っ向から立ち向かうあほ吸血鬼とか、鎧脱ぐとボンテージ着てる頭のおかしい妖精オカマじじいとか、趣味ギャンブル、酒、地下闘技場とか糞ジャンキーな精霊カス女とか。ほんとそんなのばっかりだったし。
え?ちょっとナイフ投げてくるだけの腹ペコツンデレ娘とか何そのテンプレ。最高かよ。
「取りえず食いたいもん食えよ」
メニューをさっさと開き、目を通してから彼女に渡す。
俺は鶏肉のグリルと、ライスの予定だ。
「これとこれが食いてえです!」
そう元気よく“俺”に行ってきたカリラ。
心なしかわくわくしているようで、体がゆさゆさと左右に揺れ、目が生気を取り戻している気がする。
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