第62話 千器という男
「剣が見えないでしょ?」
あの男の攻撃に慄く私を見かねてか、羅刹の魔女が話しかけてきてくれた。
「あれね、“認識できないだけ”で、全然早くないのよ」
「早くない………だと?」
現に、今もあの男の動きを見てたが、キルキスが動き出した時には既に、動き出した部位が切り飛ばされているではないか。
「意識が切り替わる瞬間ってのがあるらしいわね。例えば、あの女なら、どう攻撃するか、最初にどこを動かすか、無意識のうちに体を動かしている人間だからこそ、戦い慣れた連中だからこそ、それを意識せずにやっちゃうのよ。あいつの剣は、その“どう動くか”って無意識から“どう攻撃するか”って無意識、それと“どこに力を入れようか”って無意識の切り替わる瞬間に振るわれてるのよ。なんでも、人間の思考速度や認識速度には限界があって、必ず思考や意識の中には間があるそうよ」
化け物。本当の化け物が、こんなところにいたなんて。
もはやそんなもの、神業と呼んで差し支えない物ではないか。
相手が動こうとした気配に対してカウンターを放ち、そもそも行動させない技術。そして、そのカウンターを認識させない絶技。こんなものを兼ね備えた男が、糞雑魚だと?笑わせるな。
「ちなみに、アイツが普通のやつと戦ったら、良くて騎士見習いくらいかしら。まあ経験とか、道具を使っていいのなら普通の騎士程度じゃ相手にもならないでしょうけど。あいつ………なんでもありになった瞬間に爆弾とか汚物とか平気で投げつけてくるのよね………魔物呼んだり、げろ吐いて来たり………本当にあいつだけは敵に回したくないわ。そう思ってる人間が少なくともこれだけいるんだから、あんたも少しは安心してみてなさいよ。あ、だし巻き食べる?」
個性を封じられ、異能を放つ隙さえ無く、逃げることも叶わない状況。
あのキルキスが一方的に切り刻まれ、だるまにされ、地面に転がされる異常。
そんな現場を目撃し、私は気が動転していたのかもしれない。
「私にも酒を寄越せ」
もう、考えることを辞めることにした。
あの男は、そういう男なのだ。
最強に対して、最強の切り札になり得る存在なのだ。
それだけでいい。それさえ分かればもうどうでもいい。
「んで、まだやんの?」
だるまになり、回復することもできなくなったキルキスに向かい、千器はそう言い放った。
人類最強を相手に、まるで勘弁してやるからもう帰れ、とでも言っているような、そんな印象さえ受ける。
「くくくっ………あははっはは!!!あぁ!ようやく見つけた!ようやくだ!この私を完全に屈服させ、尚余裕のその姿!あぁ、私はきっと、私の愛はきっと、貴様を殺した時に完成するッ!!!」
「もうめんどくさいのでお帰り下さい。あ、普通にデートしたいならランバージャックのビターバレーってところにある“童女の微笑み停”にいるからね」
そう言って、千器は懐から何かを取り出した。
それと同時に、レジャーシートの上にいた者たちが一斉に持てる限りの食料と、酒を持って、裸足のまま逃げ出していくのが見えた。
一体、あれはなんだというのだ。
「ちょっとばかし矛盾した程度じゃ、俺の最悪は変わってくれないんだよ。残念だったね」
その声を聞いた瞬間、私は鼻に激臭、もはや激痛と言って過言ではないダメージを受け、失神した。
後から聞いた話では、キルキスと、その他19名は捕縛され、王都の地下牢にいれられ、その日のうちにキルキスが脱獄し、ビターバレーで目撃されたそうだ。
あの軽薄な男と、できることならイクトグラムを早々に亡き者にしてこの国から出て行ってくれないかなぁ。あの軽薄な男はまあどうでもいいけど、何よりイクトグラムが殺されてくれないと娘を嫁に出すことになるし、本当に死なないかな。
結局、意識を失った翌日に千器が他の連中と、何故かキルキスを伴って城に来た。
もう、なんか疲れてきた。
ほんと、こいつが来てから問題しか起こってない気がするし、こいつ絶対疫病神だろ。
「討伐してないから報酬はあげない」
その一点張りで、どうにかこうにか収まった。
国庫の半分近く失ったけど、娘が無事ならもうどうでもいい。
こいつらに働かせればそれくらい簡単に手に入るし。それにもう王様の威厳とかどうでもいい。こいつら敬語使わないし、そもそも王の前で殺し合い始めるし、王のことおっさんとか呼ぶし、もう全てがどうでもいい。娘以外。早く帰って娘に癒されたい。長女と次女に最近「酸っぱいから寄るな」って言われてるけどそれも愛おしい。もう娘いなかったら精神崩壊してたと思う。
そんなこんなで、やつらのクランに私自ら名前を与えてやった。国を救い、最強最悪の敵を退けた名誉と、たとえ世界中が敵に回っても揺るがないような圧倒的戦力に敬意を表して………“変人サーカス”と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます