第61話 強者になれない理由

 しかしまあ、やつらとて歴戦の英雄たちだ。

 いざ戦いとなれば即座に動き出し、キルキスを袋叩きにしてくれるだろう。

 そんな甘い考えを持っていた自分を本気でド突き回したくなってしまう。


「「「「「じゃんけんぽん!」」」」」


 そして、この中で唯一歴戦の英雄じゃない奴が戦場に立ってしまった。

 あ、駄目だこれ。もう逃げよう。

 頭をぼりぼりと掻きながらキルキスの前に立つ姿はひどく頼りなく、そして一切の希望を見いだせない物だった。


「なんだ?貴様が私と愛し合おうというのか?」


「愛し合う?え?お前俺のこと好きなの?」


 何をバカなことを言っているんだ。あの女は博愛主義者だと有名だろうが。

 全ての者に平等に愛を持ち接するが、あの女は狂っている。だからこそ、あんなことを言うのだろう。


「あぁ、好きだよ。私は君が好きだ。君も、後ろで遊んでる彼らも。みんな好きだ。だから殺す。愛とは、死の間際にこそ大きく成長する。それは愛する者を失う時も、自身が死ぬときであろうと同じだ。だから殺す。私の愛を育むために。愛する者を殺そう。それが私の愛だ」


「歪んでんなぁ、もっとさ、ちゅっこらしたりさ、べたべたしたり、パンパンしたりしないの?おたくせっかくそんなにいい物持ってるのにさ」


「ふふっこの私を前に、こうも余裕を崩さぬものなど久しぶりだ。貴様に力さえあれば、私のお気に入りにいれてやっても良かったんだがな」


「いやいいわ、強くなると面倒そうだし、そう言うのは後ろの連中の担当だから」


 軽口をたたき合いながらも、キルキスが緊張を高めていくのが分かる。

 機をうかがっているというよりも、この無力な男が出てきた理由を探しているのかもしれない。

 そう思った時、ついにキルキスから一瞬にして殺気が立ち上った。


「あちゃー、あの女駄目ね」

「いや、そもそも千器殿の“あれ”を初見で見切るのは不可能ですし、それに、“気が付かなければ”意味ないですし」

「まあそうなんだけどね」


 羅刹の魔女と、イクトグラムが楽しそうに話しをしながら宴会をしている。 

 何が起こっているのか分からないので、本当に仕方がなく私もそのレジャーシートの上に移動し、二人に声を掛けた。


「千器は強いのか?本当に大丈夫なのかあいつで」


 腹のうちでは、あの男は言わばキルキスの出方を伺うための捨て石だろうと思っている。でなければこれだけのメンツが揃っていて、あの男を最初に出すはずがない。


「あいつ?糞雑魚よ」

「腕相撲でキャメロンさんに負けた時は本当に笑いましたね」

「私、意外と強いのよ?」


 そんな無駄話をし始めた二人に、私は再び声を掛けてしまった。先程よりもいくらか強い言葉で。


「止めなくてもいいのか!?友人なんだろ!?このままではあの男は死ぬことになるぞ!?」


「は?何言ってんの?“あれだけ強い相手に”私の千器が負ける訳ないでしょ」


「そうだなァ。あいつは強い相手にとっちゃジョーカーみてえなもんだからなァ」


 ボトルに直接口をつけながら酒を飲む百姫夜光の頭目がそう声を上げた。

 どういうことだ?強い相手に対してのジョーカー?


「あいつの先手必勝カウンターは驚かされるんだよなァ。なついわぁー」

 

 先手必勝カウンター?この女言葉の意味を知っているのか?

 カウンターとは後手の技だろうが。


「カウンターは後出しの技、そう思っておいでですね?人間の王よ」


 煌びやかな法衣に、何かのタレが盛大に染みを作っている精霊女王が私に話しかけてきた。

 

「あの方曰く、“攻撃しようとする気配を出そうとしたら”カウンターを放つそうですよ」

 

「―――は?」


 つい、つい素で聞き返してしまった。

 そんなことが人間に可能なのか、そう聞こうとした瞬間のことだった。

 恐らく全ての個性の中で最強の個性である“矛盾”を有し、燃え盛る氷獄と絶対零度の獄炎という二つの異能を操り、他の追随を許さぬほどの圧倒的な加護と寵愛を一身に受け、決して魔力が尽きることがないという特異体質を持つあのキルキスの腕が、宙に舞っていた。


「―――っ!?」


 勿論、それに驚いたのはキルキス軍、彼女本人、そして私だけだった。

 他の連中はいつものことであるかのようにその場で宴会の続きをしている。


「まあ、その気配が“強者”からしか感じられないそうですので、彼は普通に強い程度の相手には全く歯が立ちませんがね」


 目の前で起こる奇跡が、未だに信じられない。

 切り飛ばされた腕が、爆散し、二人の顔を赤く染めている。

 

「何を………した………」


「動きそうだから切った」


 あっけらかんと、普段と何も変わらない様子でそう言った千器が、小指をたて、それを徐に鼻の穴にねじ込んだ。

 ほじほじと、奥に詰まっている何かをほじくり出す様に指を動かし、小気味のいい音と共にそれを引っこ抜けば、鼻血が付いていた。


「あ」


 戦闘中に何てふざけたことをしているんだ。そう言いたくなったが、それはもちろん目の前のキルキスも同じだろう。

 今度は見逃さないようにしっかりとあの男の動きを観察して―――!?


 そう思った時には既に、キルキスの右足がその場で倒れていた。

 それにつられ、キルキス本人もゆっくりと地面に倒れ………るということはなく、一瞬にして足を蘇生させ、その足で地面を踏みしめた。


「なぜ貴様には矛盾が効かないんだ」


「そもそも、俺の攻撃が届いてる時点で矛盾しちゃってるんじゃないか?これだけ力の差があって、俺の刃はあんたの体を切り刻んでるわけだし、あながち間違ってないだろ」


 彼にしかできない、あのキルキスの矛盾の個性を封じ込める方法。

 一体どうすればそんな芸当ができると言うのだ。

 なぜ英雄に劣る身体能力で、最高位の英雄であるキルキスが認識することもできない程の速さで剣を振るえるのだ。

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