第60話 バカはバカを呼ぶ

 私がその男を、召喚から三日で失踪した勇者だと認識したのはつい最近のことだ。それまでは、その男の事を“溝さらいの千器”という名前でしか認識していなかった。

 しかし、そんな男が、突如として城にやってきたのだ。生きる伝説とさえ言われる、魔法使いにとっては最悪の存在である“羅刹の魔女”を傍らに置いて。


 背筋が震えあがるほどの加護に、ただ目の前にいるだけなのに、押しつぶされてしまうような魔力。それらを惜しげもなく放つ存在の横で、バカな顔をしながら、無礼にも「あ、お茶とかある?茶菓子も」なんて言い出した千器。

 この千器という男は、ギルドでは、誰も受けたがらない低賃金の迷宮捜索や、採取依頼ばかりをこなし、何時しか、“溝さらい”“千個の武器を持ち、ようやく一人前”などと馬鹿にされている男だ。

 その男がなぜ、英雄を遥かに凌駕するような存在の頭に肘を乗せ、仲良さそうにしているのかが、理解できなかった。


 千器の話しでは、飲み友達と遊んでいたところ、神剣を拾ったらしい。

 もう、なんだか面倒になってきたので、とりあえずその神剣とやらを見せてもらえば、なんてことはない。剣を黒と青に塗っただけのお粗末なものだった。

 その時は、受け答えさえも面倒になり、適当に許可を出して追い返したのだが、あとになって、私はその選択をした自分自身を今までにない程に褒めちぎることとなるが、今はまだその話はよそう。


 頭のおかしい冒険者との邂逅から2年少々が経った頃、国は今までにない程に荒れていた。いつ内戦が起こってもおかしくないような状況で、騎士団は毎日の様に国中を走り回っていた。

 理由として挙げられるのが、この世界でも有数の裏組織の抗争が、何故かランバージャックで起こっていること。吸血鬼の真祖という超危険な存在が街に潜伏してるという噂。隣国の国防の要であり、稀代の英雄とも称される“城壁のイクトグラム”がこの国に亡命したこと。百姫夜光と呼ばれる傭兵集団が根城を移してきたこと。羅刹の魔女という魔法使いの天敵が街中を堂々と散歩していること。精霊女王が顕現したこと。妖精王がランバージャックに住み着いたことなど、本当に様々なアクシデントが多発している。

 この国で一体何が起こるのか、そしてこの国の未来はどうなってしまうのか。私にも当然予想など出来ず、それは民も同じだろう。 

 だからこそ、不安になり、略奪や暴力が横行してしまうのだと考えていた。

 そして、止めと言わんばかりに、この国に“世界の生み出した理不尽”と呼ばれる女が、宣戦布告してきた。

 たった一人で、10万を超える移民連合を壊滅させ、無傷で帰った地上最強の化け物にして、軍事国家ウィンストンの現総帥であるその女の名は“キルキス”という。 

 世界を相手にたった一人で戦えるとも言われる絶世の美女である。


 正直なところ、その話を聞いた直後は「あ、この国終わったわ」としか思わなかった。というか普通に口から出てた。

 娘たちとどこか遠くの島に逃げだして余生を過ごすなんてことまで考えたほどだ。


 しかし、ランバージャックが抱えていた多くの問題は、たった一人の男によって、全て解決された。

 無能にして、最弱の勇者、召喚後3日で失踪し、私の顔に泥………馬の糞を塗りたくった男。その男が、なんと真祖を殺した吸血鬼、今回の抗争で名実ともに裏社会を牛耳ることになった男、稀代の英雄イクトグラム、百姫夜光の頭目、羅刹の魔女、精霊女王、妖精王などを一手にまとめ上げたのだ。

 意味が分からなかった。全員が揃って私に謁見を求めてきた瞬間、頭がおかしくなったのかと思った。 

 特に、イクトグラムの様子を見て、私は目の前の現実を受け止めきれる自信がなかった。

 あの稀代の英雄にして、高潔な精神の持ち主と謳われる男が、6歳になったばかりの私の娘に求婚を迫ったのだ。

 殺そうかと本気で思った。

 孤児院に多額の寄付をし、スラムの子供たちに勉強や食べ物、住むところを与えながら各地を巡っていたと聞いたが、ただの小児性愛者だったとは。

 娘をやる条件として、私は彼らに“キルキス”の討伐を言い渡したが、傲慢な連中ばかりで、やつらは娘だけに飽き足らず、一人一つ願いを聞けと言ってきた。

 特に千器とか抜かす男はふざけていて、「1000人の美女に囲まれた安心安全の老後を約束しろ」なんて言ってきた。  

 そもそも、誰一人王である私に敬語を使わないし、膝もつかない。

 全く持って異常な連中だった。


 いやでもイクトグラムのことだけは少しだけわかるよ?だってうちの娘って天使だし。


 ふざけた様子を一切崩すことなく、彼らはキルキス軍20人の前に立った。

 8人対20人というふざけた戦争がついに始まってしまったのだ。

 これが国家間の戦争だというのか、という感想も確かに上がるだろうが、勘違いしてはいけないのは、“自国に余計な被害を出さないために、人数を絞った”だけのことだ。

 周囲に気を使わない分、戦力は高くなっていると言える。


 向こうも、キルキスが一人で戦うことを前提としている様で、20人のうち、15人はただの従者であり、メイドやバトラーだった。

 それ以外の者たちはもはやただの荷物持ち。巨大なカバンを背負わされ、先頭を歩くキルキスの機嫌を伺っている様だった。

 対してコチラの八人はといえば、戦場予定地のど真ん中にレジャーシートや、お弁当箱を広げ、イクトグラムが酒瓶をいくつも取り出し始めていた。

 こいつらマジで帰ったら処刑する。



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