断章 王の手記

第59話 一人で舞い上がる。一人で舞い落ちる。

  「ゆーりん、帰ってくんのかな」


 彼がいなくなってしまったパーティーで、そんなことを漏らせば、他のメンバーも少し暗い顔をしてうつむいてしまった。

 訓練後に、食堂で集まってご飯を食べているんだけど、今日に限って、いつもいないはずの人がアタシ達と同じテーブルに座っている。

 

 グレーのタイトスーツに、紫色のポニーテールの女性で、その女性は懐中時計をチラチラと見ながら、必死にうどんを啜っている。


「にしてもまさかあの方が舞い戻られるとは………我々も頑張らねばなりませぬな!」


「いえいえ、実を言うとですね。私はその人に心当たりがあるんですよ。だからこそ、その人の力を見るために、一時は敵に回ろうとも考えてた程です」


 そんな話声が聞こえたので、視線を移せば、そこにはカストロさんと、副団長さんが二人でトレーを持ちながら談笑しているのが見えた。

 そして、不幸なのか、うどんを啜る団長さんに二人が声を掛けられ、私達の真横の席に腰かけてきた。


「「「「「あっ」」」」」


 アタシと団長さん以外全員の声が被った。


「その節はどうも」


 まず初めに副団長さんがにこやかな顔で会釈をしてくれたので、アタシ達もそれに習って頭を下げた。


「なんだ君たち、知り合いだったのか?」


 騎士団なのにスーツ姿しか見たことの無い団長さんが声を上げ、アタシたちと二人を交互に見た。


「ええ。共にとても貴重な経験をした仲です」


「まあそうだね。アタシらもあの人にはびっくりしたし、いい経験だったかな?」


「ふむふむ、なるほど………それは興味深いな。あまり時間もないが、少し聞かせてくれないかな?」


 そう言って箸をおいた団長さんが、アタシの顔を見てきた。

 

「いや、まあなんて言うののかな。すごい人に助けてもらったんだよねぇ」


 視線を騎士の二人に向ければ、二人してへたくそな口笛を吹いて誤魔化し始め、パーティーの皆を見れば、デーブは寝たふり、ガリリンは古傷が痛み出したとか騒ぎ出して、最後に涼香ちゃんを見れば、パタパタと慌てた後に、急に死んだふりをし始めた。

 なにこれ。


「凄い人………私も丁度すごい人の話を調べていてね」


 あれ?アタシに話を聞くんじゃないの?なんでそんな話したそうにしてるの?


「おいカストロ。コレ全部キャンセルしてこい」


 団長さんがそう言って投げ渡したのは、黒い革張りの手帳。付箋がびっしりと付けられたそれを、おっかなびっくりカストロさんはキャッチして、即座にその場から逃げる様にいなくなった。

 走り去るカストロさんの背中に、副団長さんが手を伸ばそうとしたけど、その手を団長さんが掴み、そしてカストロさんがいなくなって空いたアタシの隣に即座に移動してきた。


「ふふふ。本当に凄い人の話をせっかくだから聞かせてあげようじゃないか。丁度、運よく、たまたま、奇跡的な確率で仕事も無くなったしね」


 そう言って彼女が谷間から出した先ほどの手帳と変わらないサイズのノートのような物。それを徐にアタシに見せて来て、再び団長はニヤリと口角を上げた。


「これはね、500年前のランバージャックの王、ミハイル・ランバージャック様がお残しになられた手記だ」


 なんでそんなものを持っているのか、というか持ち出していい物なのか。何カップあればこんなノートを谷間から出せるのか。いろいろ気になるけど、とりあえず話を聞いてみよう。


「そうだ。君の予想した通り、これは“千器様”について、ミハイル王が書かれたものだ」


 特にアタシは何も言ってないんだけど、得意げな顔で話始めた団長さん。

 そうして語られた過去の“ゆーりん”の話し。

 その話の冒頭はたしか、こうだった。


『真祖殺しの吸血鬼、世界最大の闇組織の頭目、生きる伝説とされた魔女の末裔、最硬の要塞と呼ばれた男、戦場を血色に染める女悪魔、そして、世界の我儘と呼ばれる理不尽の化身。これらを束ね、名実ともに最強のクランを作り上げた男。これはそんな男と、ランバージャックという、彼ら個人の武勇に比べれば小さな国の王が、数年ぶりの再会を果たした時の話だ』


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