第40話 脇は酸っぱいよりは少しくらい甘い方が丁度いい

 酪農が盛んな村には大抵名前なんかない。これはよくあることだ。 

 農業や畜産業が盛んで、そこで取れる名産物がブランド化され、初めて名前がつく、なんてのがこの世界では当たり前に起こる。

 それはこの村でも同じであり、ロクな建築業者もいない環境で建てられた家々は、お粗末な作りで、大きな地震が来たら一発で倒壊しそうだ。


「うっわー500年間発展しないとかマジ?」


 土壁に触れ、手に付いた少しざらつく砂をこねこねやって落とす。

 そんな俺の姿を見て、周囲の村人が珍しい旅人だという感じで注目してきている。



「すみません、宿とかって……」


 通行人のしわがれたおじさんにそう声を掛けてみれば、その隣にいた若い男が代わりに答えてくれた。


「あ、は、はい!宿はないんですが、商人様が止まられる家がります、そこで良ければ……」


 いいのか?俺なんかが泊っても……。

 言っちゃ悪いが、今の俺の見た目、完全に不審者だぜ?

 毛皮を支給された皮鎧の上に羽織って、腰には怪しい輝きを放つ剣、と呼べるものかも怪しい物体が下げられている。

 そんな俺を、泊めちまってもいいのかい?本当にいいのかい?


 なんて思ってたら、あれよあれよと、俺は少しだけ小奇麗に作られた小屋のような家に押し込まれてしまった。

 あちゃー、これはあれっすね、だめなやつ。

 ちゃんとセンサーも反応してやがるぜ。


「お食事なんかは外で食べてください!夜は獣が出ますからできるだけ早くおかえりになることをお勧めします!」


 そう言って元気よくドアを閉めた青年。

 獣、ねえ。


「とりあえず飯だな」


 食料の調達は既にできているし、日本食に並々ならない執着のある俺は収納袋に調味料一式をぶち込んでいる。

 そのおかげで、多少はまともな飯が食えている。

 早速自分で作り溜めしていたジャーキーをぱくつきながら、気持ち程度に用意されていたベットに剣を立てかけて家を出る。


 周囲の通行人の視線を感じつつ、飲食店もない様な村を歩いていき、畜産で使われている農場のような場所を見つけたので、それを覗きに行くことにした。

 牛と豚を足して二で割ったような姿の魔物、名前はなんだったか。


 そうだ、ピグブルだった。ほんと安直な名前でびっくりするぜ。

 こういった人に危害を加えない魔物も中には存在し、最も有名なところで言えば、埃を吸着して大きくなっていく魔物、ホコリンとかが名前を上げるだろう。 

 それか、馬車をひかせれば、無尽蔵の体力を発揮する商人の強い味方、バシャヒクノスキーとかね。

 あれは衝撃だったねほんと、初めて見た時はもう、ドン引きだった。

 馬の頭に、人間の体をした、正直ギャグ要素しか感じない魔物であり、人間を仲間かなんかかと思ってる魔物だ。

 馬力は相当な物で、当時は結構な頻度で御者がスタートで吹っ飛ぶ事故が発生してたっけ。


「想像以上に変わらんもんだな」


 こういった光景はよく見てきたし、馴染みも深い。

 だからこそ分からない、どうしてこの世界はこんなにも発展しないのか。

 まあ確かに生活を便利にするよりも、外敵に備えないといけない世界って観点から、利器よりも武器の発展が目覚ましいんだろうけどさ。


「そろそろ魚が釣れてるころかね」


 そう思いながら、家に帰る。

 本当にただの散歩だ。

 飯を食うところもないのに、どうして外で食えなんてわけわからんことを言ったのか、それを確かめに行こうじゃないの。


 意気揚々と家に戻り、ドアを開けると……赤、一面の赤が俺をお出迎えしてくれた。

 その中に唯一佇む黒と青の剣に似た何か。赤はそれを中心に、放射状に広がっており、家具の陰に隠れて唯一生き残った、俺が最初に話しかけた青年に声を掛けた。


「人がはじけ飛ぶところは結構トラウマになるよな」


 俺の剣を触った人間は、長くて1分、短くて2秒くらいではじけ飛ぶ。

 これはこの剣の特性であり、その本当の能力は、相手の力を爆発的に増幅させるという迷惑なもの。

 それで文字通り爆破するんだからたまったもんじゃないわな。


 は?俺?0に1兆でもかけてみろよ、答えが分かるから。


「さてと、こんだけ死んだんだ、もう懲りただろ?」


 この村の人間は、俺に視線を向けてたわけではなく、明らかにこの剣に視線を向けていた。

 一目では分からない素材の、珍しい剣、しかもその存在感から相当な業物であると予想できる。

 現状、俺が強い敵に立ち向かう唯一の切り札であり、最高の相棒である。


「バカなことすると罰が当たんだ、覚えときな」


 さすがにこんなスプラッタアートな場所で寝ることもできないので、とりあえず村から出ることにした。

 あの村で、わざわざ人が死ぬのが分かってたのにこうした理由は一つ。俺自身の変化を確かめるためだ。

 初めて人を殺した時は、俺を見るのもはばかられるような化け物とセックスさせようとした、くそカスサイコ研究者が相手でも、号泣し、その場を動けなくなった。

 しかし、今はどうだ。


「何も感じないな」


 これが善人が相手だったら、普通のやつが相手だったら分からないけど、悪人で、俺から何かを奪おうというのなら、死んで当然、殺されてしかるべきだと、俺は思っている。

 武器を奪われれば戦う術がなくなる、戦えなければ死ぬしかない。

 金だってそうだし、食料だってそうだ。 

 間接的にだろうと俺を殺そうとするなら、先に殺すだけだ。


「久しぶりにベットで寝れると思ったんだけどな」




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