第37話 真面目な奴ほどバグると手が付けられない

「お前が、千器……なのか?」


 小さく呟かれた言葉は、当代の勇者筆頭神崎がつぶやいたものだった。

 それに端を発したように、今度は隣の筋肉だるまがこっちを睨みつけながら口を開いた。


「500年も前の人間が生きてるはずねえだろ、偽もんだ偽もん!騙されるな!」


 いや、もう君達騙されてるから、千器さんはすごい人じゃないから。

 そんなに敵意を剥きだすようなレベルの相手じゃないから。


「それに、顔も声もよくわからねえし、気味がわりい奴だ!」


 そう言って、剣を構える神崎と、藤堂の2人に対し、顔面をこれでもかと変形させ、不気味な顔をした副団長さんと、カストロが相対した。

 あぁ、ようやく理解できた。カストロが“人”の前に立つ姿を見て、ようやく俺の中で納得ができたわ。


「カストロ君だっけ、君対人特化なんだ」


 人を相手にしてようやく真価を発揮するタイプってのは少なからず存在する。

 強大で、分厚い甲殻に包まれる魔物と戦うよりも、対人に特化し、数手先を読みながら綿密に計画を立て、人間の壊し方を理解している、そんなタイプなんだろう。


 通りで違和感がある訳だ。

 こいつはそもそも魔物との戦いを得意としていない。

 それに、対人じゃ基本的には寸止め必須。だからこそ痛みに耐性がないのもうなずける。


 一触即発の雰囲気の中、俺は最低最悪のことに気が付いていなかった。

 それはもう、何故か知らないけど千器の名前が株を上げているこの現象に驚愕を覚えてしまったのを後悔してしまうような、そんなレベルの失敗だ。


「―――なんだっ!?」


 騎士の二人が、森を見ながら怖い顔をした。 

 俺もそうだ。怖い顔をしているはず。なんで気が付かなかったんだ。どうして予想できなかったんだ。最悪だ、最低だ、これはもう、面倒の予感しかしないじゃないか。


 センサーがぶっ壊れるレベルの面倒ごとの波動を感じるぜ畜生。

 どうして俺はこの場に、“会長がいない”ことに気が付かなかったんだ。


「千器千器千器千器千器千器千器千器千器千器千器千器千器千器千器千器千器千器せんきぃ!!!!」


 目を虚ろにして、オルトロスの生首を引き摺り、森から出てきた血まみれの会長が、俺に向けて凶悪な笑みを浮かべた。

 まあそうだろうね、あいつクラスになればオルトロス程度なら一秒もかからないで殺せるもんね。

 あの集団戦闘みたいに“素の身体能力と、ただの技術だけ”で戦う訳じゃないんだから。

 だけどね、どうしてそんなメンヘラっぽいことになってんのかな?可愛いテディベアとかならまだ理解できるけどさ、オルトロスの生首って何さ。


「普段のお前ではない、そのお前に、私がどれだけ会いたかったか、今この場で、私の全力を持って伝えてやろう、ロマンチックになッ!」


 何言ってんだあのバカ。

 ってか何がロマンチックだよ。生首引き摺ってサイコな笑み浮かべてるやつなんか知らねえよ帰れ。

 それかロマンスの神様に弟子入りしてこい。


「せんきぃぃっ!!!」


 会長の蹴り上げた地面が、まるで爆破でもしたかのように爆ぜ、会長の体が一瞬にして横に伸びる様な感覚。 

 この速さはマズい、そう思ったのもつかの間、会長はオルトロス用に用意した落とし穴(俺的に良心的な数の臭い袋入り)に光のような速さで消えていった。


「……え?」


 臨戦態勢の副団長が、つい間抜けな声を上げた。

 いやだってね?会長のこと忘れてたし、あれくらいで諦められるわけないじゃん、キンタマ。

 だからね、この場でサクッと殺して、必要なもの剥ぎ取ったら処理はこいつらにさせようかなって思ってたんだわ。

 思ってたんだけどさ、うん。


「せ、せんきぃい……」


 穴から這い出してきた会長に、俺達一同渋い顔を向けた。

 それもそのはず、良心的な量って言っても、1つ2つじゃないからね臭い袋。


「すみません、とりあえず死ぬほど臭いので近寄らないでください」


 激臭ゾンビが、その場で凍り付いたのが分かった。

 え、今のダメージ入るの?


「だ、大丈夫だ、ちゃんと風呂に入って洗ってからくる!だから!だから私と!」


「ちなみに昔それを浴びたやつは10日は臭い取れなかったらしい」


「せんきいいいいぃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいっ!!!!?!?!??!?!」


 会長、魂のシャウトの後、穴の中に再び落ちていった。


 もうなんだか全部面倒になってきたし、とにかく俺はこれで逃げることにしよう。


「副団長さんや、俺がまた出てきたことは内緒で頼む、マジで」


「ご安心ください、あなたの生存が確認されたとあればそれこそ世界大戦が起こっても不思議ではないですからね」


「え、まってまって、俺国際指名手配でもされてるの?なんで俺のせいで世界が動いちゃうの?」


「ご存知ないのですか?あなた様が発見したアーティファクトの数々が、今どのような扱いを受けているか……」


 俺の見つけたアーティファクト?しらんがな。多すぎて検討もつかないわ。

 生きるために必死に遺跡荒しや、迷宮探索をしてたからな。


「どうやらご存知ないようで、あなた様が見つけたアーティファクトの多くが、現在国宝、あるいは連邦重要監視対象となっており、各国のパワーバランスを支えているといっても過言ではありません」


 どうしてそうなった……どうしてそうなったんだっっっ!?

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