第36話 おっぱいは嘘つかない、おっぱいに嘘つけない

◇ ◇ ◇

 オークの睾丸は男児の出生率を高めるアイテムの一つであり、貴族間では高値で取引されるアイテムの一つだ。

 乾燥させ、漢方と混ぜたものを服用することで、貴族にとって大事な跡取りが埋まれる可能性が高くなる。

 まあ、世界の仕組み的にも仕方のない風習なんだと思うけどね。


 それと、純粋な出生率を高めるアイテムとして、多産な狼の睾丸があげられる。

 こちらも複数の漢方と混ぜ、服用することで子供ができやすくなる効果がある。女性であれば妊娠しやすく、男であれば精が濃くなると人気のアイテムだ。

 男児のいる家庭であれば、次に考えるのは跡取りではなく家同士の結びつきだ。

 そんな時に女児がいると、政略結婚というカードを切れる。

 そんな貴族に狼の睾丸は売れているわけだ。


「34か、6つもだめにしちゃったよ……感が鈍ってるのかな」 

 

 壊滅させたシャドウウルフの死体から売れそうなものを粗方剥ぎ取り、死体を始末しようとしていた時だ。

 少し離れた場所から、シャドウウルフのものとは全く別の雄叫びがあがった。

 これは仲間を呼ぶために行う咆哮で間違いないだろうとアタリをつけ、俺は剥ぎ取ったばかりの毛皮を被り、個性を発動させた。

 情報処理の個性を使い、俺の情報を処理させにくくするという物で、貧相な干渉力しか持たない俺の力では、姿を認識できなくすることはできないけど、声や骨格、背丈なんかの情報は多少はごまかしがきくようになる。


 それと、幸いなことに、王都に俺の装備の一部が保管されてたのが嬉しかった。

 特に剣と収納袋が帰ってきたのはありがたい。剣は俺の命綱と言っても差し支えない物であり、普段から持ち歩いていたからこそ生体魔具での呼び出しが出来なかったものだ。


 収納袋には現役の頃の思い出と装備がいくらか残っていた。

 臭い袋や閃光灯なんかはもちろん、それ以外の装備も一部だが帰ってきた。

 これなら、狼程度であればどうにかすることができる。


「そんなことより、まずは金だ」


 この世界は残酷だからな。金がないと生きていけないし、金がないだけで死ぬことも多い。

 奴隷に落とされて解剖され、改造され、実験され、廃棄、そんな光景を今まで嫌って程見てきた。

 だからこそ、いざという時闇のルートで奴隷紋を解除する伝手や、逃げる場所の確保、その方法の維持なんかも重要になってくる。

 勿論それには莫大な金がかかるが、金がなくなって命が助かるなら俺はそっちの方が良いと考えている。

 シャドウウルフの群れを壊滅させた方法だって、まともに戦ったわけじゃない。

 臭い袋、閃光灯、ナイフのコンボで倒しただけだ。

 何も凄い事はしていない。


「おっと、そろそろ行かないと間に合わなくなるな、せっかくの祭りだし、誰かに狩られる前に狩ろう」


 生き残るためには時として戦うことも必要だ。

 逃げ続けて生きていける程甘くはない。

 だからこそ、装備の中から、パイルを射出するためのボウガンを上腕に装備し、剣を出しておく。

 見る人が見れば、一目で俺だとわかるスタイルに早変わりだ。


 藪を幾つか抜け、木々の間を縫うように走っていけば、シャドウウルフの包囲網の中に、オルトロスがいるのが分かる。

 それに果敢にも挑む勇者諸君が何とも健気で愛らしい。


 毛皮を纏っていること、情報処理で臭いを辿りにくくしたことが功を奏したのか、周囲のシャドウウルフは俺に気が付いていないので、サクサクと首を撥ねていく。

 まるで豆腐でも切る様にスパスパサクサクといく。そんな軽快な音を立てる豆腐は見た事ないけど。


 包囲網を抜け、オルトロスのまたぐらにきん玉が付いているか確認した俺は、即座に行動を始める。

 まず、落とし穴。集団戦闘でやったように地面の中を切り取り、簡易的な罠を設置、そしてその中に、もうこれでもかって程の臭い袋を設置しておいた。

 こいつの破壊力は相当で、普通に臭いを嗅いだ奴が失神するレベルの臭さを持っている。

 作るときは専門の業者にお願いしないと大変なことになる逸品だ。


「そい」


 オルトロスがようやく俺の存在に気が付き、視線をちらりとこちらに向けてきたので、閃光灯を投げてやった。 

 並外れた身体能力に、動体視力の魔物からしたら、突然軽く放られたそれを注視してしまうのは当然のことだ。


「―――っ!?」


 オルちゃんが声にならない悲鳴を上げ、悶えながら数歩程たたらを踏むと、途端に足元が崩れ落ち、今度は悲鳴にも似た甲高い声を上げた。


「逃げるぞっ!!!」


 やり過ぎた……やっぱり感覚が戻っていないのか、臭い袋の量を、長い年月を経て熟成に熟成を重ねた臭い袋の威力を侮っていたのか、なんとオルトロスが悲鳴を上げ始めた。 

 さすがにこんな臭いを人間が嗅いだら失神じゃ済まないかもしれない。

 下手したらショック死だわ。


 なので、とにかく逃げる。

 隣に来ていた坂下のことを担ぎあげ、クロスボウからパイルを射出し、少し離れた木に打ち込む。

 それを一気に巻き取り、疑似的な高速移動を可能とした。


 足元で、逃げ出した奴らを放置し、俺は遮蔽物が何もない空を直線で進んでいく。

 瞬く間に開けた場所まで出て、俺のことを見上げながら固まっている坂下を地面に下ろした。


「イイおっぱいだった。うん、もう一回抱っこしていい?今度は正面から」


「え、い、いやえっと……み、皆は!?皆はどうなったの?」


 何とか話を逸らしたといった様子の坂下が、取り残された皆のことを心配しだした。

 大丈夫だ、ちゃんと進路にいたやつらは“殺してある”し、デーブが機転を利かせて、あの穴に障壁で蓋までしてやがったからな。 

 対物障壁が臭いを防げるのか分からなかったからとりあえず逃げたけど。

 目的の嗅覚を奪うってのは達成されたし。あんな臭いが体についてたら他の臭いなんか探せるはずがない。すくなくとも500年前に訳あってシバき回したフェンリルを名乗るふざけた野郎はそれで一撃だったし。


 ちょっと人化できる程度の狼がフェンリルなわけねーだろあほか。


「お、逃げてきたみたいだな」


 森の入口に視線を向ければ、副団長様が陸上選手みたいなフォームで先頭をぶっちぎっており、その背後に神崎、筋肉が並んでいる。

 脇役君は最後尾で、須鴨さんのことを心配そうにしながらも、周囲を警戒している様だった。

 ふざけんじゃねえぞゲイ野郎、お前男だけに飽き足らず、俺のエンジェルまで毒牙にかけようってのか!


「落ちろカトンボ!!!」


 脇役の足元を切り取って穴に落としてやろうと思ったら、ぎりぎりで気が付いたようで、飛び跳ねて回避された。

 チクショウ、やっぱ遠距離だとバレるんだよなぁ。


「あ、あなた様は……それに、その剣、その装備はまさか…………」


 一番に到着した副団長さんが、俺の姿を見て驚いたような顔をしている。

 もしかすると、俺と千器を重ねているのかもしれないな。


「せ、千器様……」


 小さく、呟かれたその言葉に、真っ先に反応したのが、俺をぶん投げたリアリーゼと、メイドのマリポーサだった。

 まるで車のテールランプみたいにやつらの目から赤い光の筋が伸びているような、それくらいの速さでこちらに振り返った二人。

 

「千器様!?」

「あなた様があの!?」


 途端にキラキラした顔でこちらにすり寄ってくる美女二人。うち、俺のことを殺そうとした女一名。


「あ、人違いです、僕はあれです、あの……通りすがりのイケメンです」


「この飄々とした態度、それにあの剣を持っていらっしゃるということは、やはり話に聞いた千器様なのですね!」


 うそ、え、突っ込んでくれないの?

 俺にさらに縋る様にしがみついてきたリアリーゼが、涙を流しながら膝を地面に落とした。

 ちょっと待って?服掴んだまま崩れ落ちないで?ズボン脱げて俺のサムがこんにちはしちゃうでしょ?


「せんき、さま……ようやく……ようやく迎えに来てくださったのですね」


 泣き崩れるリアリーゼと、唇をわなつかせ、その場で涙を流すマリポーサ。

 狂人の様に狂った笑みを浮かべながら「千器様がお戻りになられたっ!500年の時を超え!今!ここに!!!」とか叫んでる基地外な副団長、そして。


「は、初めまして、私はカストロと申します。平民の出ながら、あなた様の武勇に憧れ、聖十字騎士になることが出来ましたっ!そ、その、握手してくださいっ!!!」


 待って、まって、matte。え、500年よ。君は俺がいない間に一体何をしてくれたわけ? 

 当時の俺ってさ、あれだよね?ギルドで便器って呼ばれるくらい雑用や汚い溝さらいとかしてたんだよ?んで誰が間違えたか、せんき、なんて呼ばれて、1000個の強力な武器を持って初めて一人前、なんて言われてたレベルだぞ?

 それが何で特撮のヒーロー並みの人気になってんの?というかカストロはなんで赤い顔してちょっとニヤニヤしてんの?そう言うのは脇役とよろしくやってなさいって。





 

 



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