第35話 漢字で書くとそれっぽく見える
形勢逆転、とまではかなくても、これならどうにかできる、そう思って、須鴨ちゃんと一緒に振り返り、走り出そうとした時だった。
「申し訳ございません」
「これが我々の決定です」
二人の従者が、アタシたちの前に立ちはだかっていた。
「決定ってなに!?人を見殺しにすることがあんた達のしたい事なの!?」
「何とでも言ってくださって結構です……」
「我々は神崎様に付き従い、未来を手に入れる。そのためなら、無能の1人いなくなろうと何も問題ありません」
むかつく、本当にむかつく。
どうしてこうまでして、皆寄ってたかってあの人を見殺しにしようとするの?
どうして、こんなに事が上手く運ばないの?
「どけぇぇぇ!!!」
苛立ちが、ついに限界を超えて、アタシは叫び声をあげながらドレスアップを発動し、
そして、その腕に持つ、大ぶりの剣を、二人に叩きつけようとした時に、事態が急変したのを感じた。
「―――アースプロテクションッ!!!」
「障壁でござる!!」
二人、デーブと副団長が、アタシたちとは全く別の方向に向かって魔法と障壁を展開し始めた。
そして、その直後に響く甲高い音。
恐らく、どちらかの結界が破られたんじゃないかと思う。
そんな光景を見て、アタシたちは戦いの手を止めざるを得なかった。
それもそのはず、森の中から姿を現したのは、シャドウウルフなんかじゃ到底相手にできないような、巨大で強大な存在だったからだ。
「オルトロス……だとっ!?」
カストロさんの声が、その場に木霊した。
そう言えば作戦会議の前にカストロさんが話しをしていた記憶がある。
この地方は昔、双頭の狼と呼ばれる魔物が支配していたことがあるって。それを昔の英雄が命を引き換えに封印して、この地域は安全になったとか、そんな話だったと思う。
そして、その双頭の狼の討伐ランクはたしか……
「どうしてこんなところに討伐ランク60オーバーの魔物が……っ!」
副団長が、驚愕の声をあげてる。
おそらくだけど、壊されたのは副団長の結界だったみたい。
「……っ!もう限界でござる!皆逃げるでござるっ!!!」
汗をまき散らしながら苦しそうにデーブが声を上げた直後、再びあの甲高い音が周囲に響いた。
「ほぐえっ」
ゴロゴロとデーブが地面を転がって、ようやく双頭の狼の全容がアタシたちの前に晒されることとなった。
真っ黒の体毛に、巨大な体に不釣り合いなほど、さらに巨大な口。四足歩行なのに、その大きさは背の低い木と何も変わらない程に大きく、血走った目がアタシたちを睨みつけた。
「う、うそ……」
一目でわかる。こんな化け物に、敵うはずがない。
人間の、人類の相手にしていいレベルを大きく逸脱している……
そんな超常の存在が、目の前で大きく遠吠えを上げた。
「セイクリッドブラストッ!」
「我流、宵桜」
「ボルケーノ・ドライブ!」
だけど、それにめげず、刀矢、友綱、虎太郎の三人が一斉に技を発動し、オルトロスに攻撃を仕掛けた。
その隙に副団長の足元には大きな魔法陣が広がって、何かの魔法詠唱を始めている様だった。
「離れてください!……はぁぁぁあ!!!拘束せよッ!闇に誘う骸の
オルトロスの足元に広がった紫色の魔法陣から、骸骨の手のような物が突然あふれ出し、オルトロスの体を掴んでいくのが見える。
きっと拘束系の魔法なんだろうと思う。
「今です、今のうちに逃げ―――」
副団長さんがそう言いかけた時、まるでポッキーでも折ったような、軽快な音が周囲に響いた。
その音の出所に顔を向ければ、足元から這い出す魔法を意図も容易く踏み潰し、何事もなかったかの様に動き出したオルトロスがいた。
「か、会長ッ!!!」
茫然自失としている会長の元に、オルトロスが襲い掛かるが、会長はそれにさえも気が付いていないように、俯き、小さく何かを呟いている。
「くっ!輝け!シャイニングバース!!!」
刀矢が会長の前に滑り込み、オルトロスの足元から今度は光の柱があがるが、オルトロスは少し呻きを上げただけで、逆に敵意を更に強くして標的を会長から刀矢に向けたようだった。
「まずい、囲まれました!」
副団長の焦った声が聞こえ、周囲を見渡せば、既に100はくだらない数のシャドウウルフが周囲を取り囲んでおり、こちらを威嚇していた。
なんなのこれ、こんなこと有り得るの?……だって、今日初めて外で戦うことになったんだよ?
それなのに、どうしてこんなことに……
皆……もう諦めてる。
副団長でも、手に持った剣を足元に落として、膝をついてるし、カルロスさんは頭を抱えて蹲ってる。
この場でまともに動けるのは、相手との戦力差を測れないからこそ、心の折れていないアタシたちだけだった。
「うひょー、オルちゃんじゃん、まあそうだよね、これだけ“光”がありゃそうなるわな」
だけど、そこにたった一人、まるで何事もなかったかのように、普段と何も変わらずに歩く男が現れた。
顔は仮面で見えないし、声もノイズがかかってよくわからないけど、それでも、この人からは、彼と同じような、そんな気配を感じてしまう。
「こいつの金玉って意外と高く売れんだよな」
まるで、その顔は欲しい物を目の前に出された子供の様な、無邪気さと純粋な欲望が入り乱れていた。
たった一人、誰にも気が付かれることなく、シャドウウルフの包囲網を突破してきた彼だからこそ、こんな化け物相手にあんな余裕の表情を浮かべていられるんだと、この時理解した。
「……ふふふ」
そして、アタシは気が付かなかった。
さっきまで植物の様に、ただそこにいるだけだった会長が、凶悪な笑みを浮かべていることに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます