第32話 ポルノは人生を語る
◇ ◇ ◇
刀矢が最近おかしい。
この世界に来てから少しづつ、おかしくなってきてる。
なんでも自分の思い通りになる。それが当然で、当たり前なんだ。まるでそう言っているような言動だった。
ぶっちゃけ怖い。すごく怖い。最近の刀矢がアタシを見る目が、本当に怖い。
摸擬戦ってやつで、友達に剣をぶつけて、その罪悪感で泣いちゃったとき、みんなは自分のことばかり気にしてた。
こんな力が使えるんだ。こんなことができるんだ。俺は凄い。私は強い。そんな話ばかりだった。
それが、なんだか堪らなく嫌になって、まるで皆の中身がそのまま別の何かにすり替えられちゃったような恐怖を覚えて………アタシはその場を逃げ出した。
知ってる人が、知ってる顔で、知ってる声を使って、全く別人になっちゃったような、そんな恐怖が胸中を渦巻くのと同時に、どうして誰もそれを疑問に思わないのか、どうして自分も、あの時あの剣で友達を殴っちゃったのか分からない。
分からないけど、それでも怖い。
アタシはいつもそうだ。そうやっていつも逃げ出す。
それで、その恐怖に負けて、その怖さを乗り越えることもなく、ただ、仮面をかぶって生きている。
涙が枯れたら、また、仮面を被ろう。
怖いし、恐ろしいし、皆知らない人みたいになっちゃったけど、それでも、きっとこれには慣れないといけないんだ。
心のどこかではわかっている事なんだ。
戦わないと、戦い抜かないと私たちは帰ることもできない。
だから、これから沢山殺すんだ。
嫌だ嫌だって言って、隠れて泣いて、そうしてれば終わるわけじゃないんだ。
だから、とにかく今は涙が枯れて、怖がるのも怯えるのも無理なくらい疲れたら戻ろう。
そう思ってた。
だから、アイツが話しかけてきた時、驚いた。
皆変わっちゃったのに、いつもと変わんないまま、いじると面白いリアクションをしてくれる、少しエッチなクラスメイトが、アタシの前にいた。
そして感じたのが、安心感だった。
今の誰にもない。自分のことしか分からなくなってる皆とは全く違う。たった一人、いつも通りで、飄々として、軽口を叩ける友達。
安心した、1人じゃないって思えた、それだけじゃなく、肯定された。
それが何よりうれしかった。
胸の中からあふれそうになる安心が、涙に代わって零れ落ちていく。
ぁあ、こんな顔、絶対見せられない。
目もパンパンだろうし、きっとすごいブスな顔になってる。
でも、この人だったらきっと、それでも笑うんだろうな。そう言う人だし。
恋愛感情とかじゃないんだと思う。
ただ、彼の周りにだけ存在する“日常”に、どこか居心地の良さを感じているんだろうと思う。
まるで彼の周囲だけは、普段と何も変わらない日常が流れているような、そんな感覚。
だから、私は刀矢じゃなくて彼のパーティーに入りたかった。
違うかな、たぶん、もう一人になりたくなかったんだと思う。
皆、おかしくなっちゃって、その中で彼の所だけに日常を感じられるから、変われないアタシはその安心を求めたんだと思う。
あんまし目立たない人たちのパーティーに入ったみたいだけど、そこでアタシはもっと驚いた。
彼が加わった瞬間に、なんだかわかんないけど、彼の日常が、あの空間で共有されたような気がした。
だから、走った。それも全力で。
会長が気が付くよりも早く、アタシは彼の所にたどり着いて、声を掛け、仲間に入れてもらえた。
それが何でか、どうしようもなく嬉しくて………あぁ、自分もこのままでいいんだって思えた。
普段と変わらない言動、いつもの飄々とした態度、たまにチラ見してくるエッチな視線。
ほんとはあんまそう言うの得意じゃないけど、なんでかそれさえも安心できる材料になっちゃってた。
彼はアタシに安心と日常をくれた。
だけど、刀矢はそれを壊そうとする。
絶対にいやだ、今の刀矢も虎太郎もおかしい。会長なんか人が変わったみたいだ。
あんなところに戻りたくない。
そう思えてならない。
集団戦闘でも、だからこそ今までにないくらい必死になれた。
これ以上アタシから日常を奪わないでほしい、ただその一心だった。
結局アタシも人の事は言えないな。
だって、アタシはアタシの安心できるところを守りたいから彼を利用してるわけだし。
でも、なんでだろう。
シャドウウルフから逃げる途中、全身が悪寒に襲われて、まるでまた世界に自分一人になっちゃったような、そんな恐怖に襲われた。
怖い、足がすくむ、振り返るのも、前を見るのさえ怖い。
後ろにはシャドウウルフがたくさん来てる。
騎士団の4番目の人でもやられちゃうような奴だ、今のアタシたちじゃどうしようもない。
だから、逃げないと………そう思った。
後ろから聞こえてた唸り声がなくなった時に、ようやくアタシたちは足を止め、気が付いた。
アタシの日常が、いつの間にか姿をくらましているのを。
そこでもう一つ気が付いた。
自分の為ばっかりだったアタシが、この世界に来て初めて“だれかの為に”一番嫌いなはずの、怖い物に向かって歩き出していることに。
声を発する間もなく、他のことを思考する間もなく、ただ、アタシはもう動き出してた。
「助けなきゃ」
この感情が一体何なのか、自分にもわからないけど、アタシの知っている感情じゃない事だけは確かだった。
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