第31話 性善説、イケメンのみ適用
◇ ◇ ◇
昨夜、私と同部屋のマリポーサが珍しく感情を隠そうともせずに仕事を終え戻ってきた。
ここ最近は妙に苛立っていることが多かったが、今日は殊更格別だった。
私たちに貸し与えられた部屋は普通の使用人の部屋を、すこし背の高いセパレートで区切った4人部屋だ。
奴隷であればこの生活はまあ、いい方なんだろうけど、父や母、祖母や祖父が語った、とある領地の話はいつ聞いても信じられない。
一人に一つの部屋が与えられ、仕事を選ぶ権利や、相手を選ぶ権利まで存在する、まるで夢のような場所がかつてはあったらしいと。
もう500年も前にフラッと現れた男が作り上げた、私達やそれ以外の種族で弾かれたもの達の楽園。
それを再興すべく私たちは影で動いている。
貴族に体を売り、いくらかの小銭を貰ってはそれを隠す。
全員分の奴隷紋を解除するための費用を捻出するためには仕方の無い事で、母も、祖母もそうしていたそうだ。
私たちが幸運なことに他種族と子を成せないからこそ、有効な手だったんだと思う。
私も昨日はとある貴族様にお世話になり、いつもより少しだけ多いお給金を頂いた。
マリポーサはまだその経験がないが、初めてそう言った経験をした者は皆総じて今のマリポーサの様に、理不尽な人生や、傲慢な貴族に怒りを露わにするか、絶望を嘆くかのどちらかだ。
ということは、おそらくマリポーサは今日、初めて交わったのだろう。
相手は勇者だと思う。
この時間に解放されているのが何よりの証拠だ。
「どうかしたの?」
知らないふりを心掛け、マリポーサに話を聞いてみる。
こう言った事は時間と共にあきらめが付く、私もそうだった。
「いえ、その……担当の勇者が……」
「たしか、無能勇者って呼ばれてる勇者様だったかしら」
皆強い力を持っている勇者様の中に、無能と呼ばれるような男がいるのに驚きだったが、話しを聞いてみれば、聞いてみる程に最悪の男だった。
何が最悪かと言えば、私達が尊敬してやまない、かの千器様、その方を愚弄したという。
そればかりか、今代の勇者様で、我々にも優しくしてくださり、勇者の中で最も将来を期待されている神崎様さえも愚弄したという。
神崎様は、私達の希望だ。あの方であれば恐らく私達を解放してくださるはずだ。
それこそ、千器様の後継人になられるかもしれないお方なのだ。
「許せないわ」
「はい、卑怯者で、無能の最低な男です」
そんなマリポーサを見て、私は少しだけ思い浮かんだことを彼女に聞いてみたくなった。
「もしよ、もし、その無能勇者がいなくなったら、あなたはどう思う?」
「私は……どうも思わないといいますか、むしろ、神崎様の邪魔をする者がいなくなったことは喜ぶべきことだと思います」
少しだけ、気まずそうにそう言ったマリポーサ。
恐らくだけど、そんなことはあり得ないと思っているんだと思うわ。
だけど、それがそうでもないのよね。
今度ある遠征に従者として選ばれれば、その勇者を亡き者にすることができる。
先日聖十字の副団長様に買っていただいた時に聞いた話によれば、王もその無能を心よく思っておらず、できれば排除したいが、それをすると他の勇者の目もある。そう言っておられたわね。
だったら、私のすることはもう決まったも同然ね。
「マリポーサ、安心していいわ」
それだけ、それ以上の事は言わない。
だけど、彼女もそれで理解してくれたらしい。
そして、遠征初日になり、私は予定通り無能勇者のパーティーに配属される事となった。
遠征を開始してすぐに訪れた、誰にもバレず、彼を消すタイミング。
絶対絶命ともいえる状況になっても、動こうともしない姿を見て、私の中では彼を“排除”する意思がより強固なものになった。
マリポーサの奴隷紋を無効化したことは素直に凄いと思うけど、どうせ彼女の気を引こうという浅ましい考えの元の行動だろう。
そんな男に、私達ウォーツカの民を救われたくない。
千器様の作り上げた、私達の楽園を汚して欲しくない。
だから、私がこの手を代わりに汚す。
責任はカストロに擦り付け、私はただの被害者を装えば、それで終わる。
彼を後方に投げ飛ばし、その姿を最後まで確認することもせず、私は足を進める。
これでいいのだ。こんな無能にしゃしゃり出てこられると迷惑なのだ。
私たちはもう神崎様に救っていただくことが決まっているのに、この男がその邪魔をしようとするから。無駄に状況をかき乱すからこうなるんだ。
今度は、今度こそ、強力な勇者様の庇護のもと、私達は安寧を手に入れる。
そのためなら体も売るし、人だって殺す、どんなことだってする。
それで、今よりも生きやすく、飼われるだけの生活を、子供にまで強いなくて済む。
「全部、あなたが悪いのよ」
誰に聞かせるでもなく呟いた声は、シャドウウルフのうめきによってかき消されていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます