第30話 どすこいとわっしょい
今度こそちゃんと出発した俺達は、先行している連中に追いつくためにいくらか速足での移動を言いつけられ、それに従っていた。
幸運なことに、王都の門を出て、最初にモンスターと出会うまでに1時間も時間がかかった。
「くっ!まさかこんなに早く魔物に出くわすなんて、先行している連中は何をしているんだ!」
先行を許した理由がそれか、とつい思ってしまう。
このカストロとか言う騎士はひどく狡猾であり、自尊心が高いようだ。
作戦会議と言っても、直ぐに終わり、話しの殆どは“知的な俺かっけぇ”に使われていたので、ようやくその理由が分かって俺としてはホッとしたくらいだ。
アレを素でやってたらと思うと、もう手に負えない。
「いやーでもこの辺りはウルフ系が多いからね、散らされてもすぐに戻ってくるでしょ」
俺の呟きに反応したカストロは舌打ちを一回、俺に視線を送って来た。
「下調べはしてきたようだな無能」
「そりゃね」
まあ、だけどさ、こんな王都の近くでブラックウルフの変異体であるシャドウウルフが出るなんてね。
今の彼らの実力でどうにかできるのはせいぜい討伐ランク20前後の単体の敵だけど、今回は14が凡そ20もいることから、さすがの騎士様も冷や汗ものだろうね。
じりじりと、俺達の周囲を囲うシャドウウルフがその範囲を狭めてくる。
それに伴い、みんなが中央に集まり、既にお互いの肩がぶつかり合っう程まで近くに寄っている。
というかさ、なんでカストロはシャドウウルフごときでこんなに狼狽えてるのさ。
確かに討伐ランク14は一般人からすればどうにもできないレベルだし、それが20もいたらランクでは25から30行かないくらいだけど、君仮にも4位の騎士でしょ?この程度軽々どうにかしてくれよ。
「このままではまずいな、俺が包囲を突破するから、その隙にみんなは逃げるんだ」
おお、全部ぶっ倒すって言わないのか、言えないのか分からないけど、仲間を守る姿はカッコイイじゃん。
少し見直したわ。
「行くぞっ!」
パーティーのやつらはまだ、自分の力が分かっていない。
外の敵にどれくらい有効か判断ができないからこそ、デーブも須鴨さんも戦うよりも逃げに賛成したようだった。
カストロの特攻に対し、3匹ほどのシャドウウルフがこれを迎え撃つ形になったが、シャドウウルフの飛びつきをギリギリ回避したカストロが、正面のシャドウウルフの喉元を剣で切り裂き、次に飛び出してきたシャドウウルフの噛み付きを盾で受け、強引に押し返した。
「今だッいけ!」
道が開いたことにより、皆がそっちに一斉に駆け出すのが分かった。
俺は案の定最後尾にいたし、走るのも遅いのでどうしようもない。
カストロ君、かっこいいんだけどさ、どうにも4位とか嘘か、畑が違うんじゃねって思う。
だってさ、シャドウウルフってそこまで珍しい個体じゃないんだけど、その特性を全く理解してないんだもん。
「ぐあっ………っ!?」
途端に上がる悲鳴に、先頭を走る坂下が足を止めてしまった。
それを見て、後続の連中が足を止めてしまう。
声を上げたのはもちろんカストロ君。
その原因は、最初に飛び掛かったシャドウウルフが、飛びつきを避けられ、彼の影の中に潜んでいたのだろう。そしてこの場面で彼の肩にその牙を突き立てたからだ。
「がああぁぁああ!?は、はなせっ!!やめろぉぉ!」
その場に転がり、じたばたと暴れ出すカストロをよそに、獲物を集団で追いかけるシャドウウルフが一斉にカストロ君に群がっていく。
「対物障壁!」
「―――ファイヤーサークル!」
「ドレスアップ、ソルジャー!」
カストロの周囲には対物障壁、と炎の壁が展開され、ドレスアップを果たした坂下が、カストロに噛み付くシャドウウルフを一刀の元に葬った。
ビシャっと血が噴き出し、坂下の腰辺りに返り血が飛ぶが、それよりも今の緊迫した状況がそれを実感させていないのか、坂下はすぐに次の標的に視線を移していた。
背中を巨大化させたガリリンがカストロを背負い、炎の道がシャドウウルフの接近を阻みながら、何とか包囲網の外に出ることができたが、それでも追いかけられている現状になんの変化もなく、事態はたいして変わっていない。
そろそろ何か手伝おうかとも思ったけど、ここで手伝えば彼らの成長を見られない。
本当に危なくなって、しかしトラウマにはならない程度のピンチになったらかっこよく助けて、俺は坂下と須鴨さんと熱い夜を過ごすんだ。
そんな下心満載のまま走り、未だに怯えながら噛まれた場所を抑えるカストロに話掛けようと近寄った。
「お前鎧着てるんだから大して痛くな―――」
―――ドンッと、俺の胸が強く押され、そればかりか、襟元が後ろに引かれる感覚を覚える。
気が付かれないように、シャドウウルフの追跡を妨害しようと、俺は最後尾を走っていた。
そして俺の隣にはリアリーゼの姿があった。
その前を走っていたのが、人一人を背負っているガリリンであり、その背中にカストロが乗っていたわけだ。
つまるところ、俺を囮にしても、誰にも気がつかれないという事だろう。
俺の胸を強く押したカストロは、必死の形相で、俺の襟首を背後にぶん投げる様にしたリアリーゼは、ひどく冷めきった表情で俺からすぐに視線を切った。
あぁ、そう言うことね、あの場でなんでマリポーサまで俺のところに来たのかよくわかったわ。
そうだそうだ、そもそも俺は“勇者”として認められて無いからこいつらは俺に危害を加えられるんだった。
「―――チッ」
舌打ち一つ、背中に感じる衝撃と、背後から迫る獣のうめき声。
眼前にはいまだに怯えながら俺を見ているカストロと、こっちを見向きもしないリアリーゼの姿。
マリポーサとリアリーゼの、あのアイコンタクトの意味がようやく分かったわ。
「……あぁ、懐かしい」
懐かしい、まさしくそうだ。
この感覚、周囲からの殺気が、俺の頭のてっぺんからつま先の至るところまで射抜くような、一瞬でも判断を誤れば、俺程度の人間はすぐにあいつらの胃袋に収まってしまうような緊張感が、仲間だと思ったやつに裏切られ、囮にされ、投げ捨てられた記憶が、俺の体の中を突き抜ける様にして思い出される。
既にあいつらを追いかけるのを辞めたのか、シャドウウルフの群れは俺の周囲を取り囲み、最初とは比べ物にならない速さでその範囲を狭めてきた。
それもそのはず、相手はたった一人、それも恩恵も加護も寵愛も力もない落ちこぼれの無能一匹。
誰でも油断するし、どんな生物でも侮ってくれる。
押し倒され、背後に投げられ、背中を打った直後、直ぐに立ち上がって構えたことが功を奏したのか、シャドウウルフは一気に飛び掛かかってはこなかった。
要するに、やっぱり侮られてるんだよね。
ほんっと、これだから弱者はやめられない。
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