第15話 冗談が通じない奴、話しが通じない奴

 翌朝、例のごとくマリポーサに起こしてもらい、マリポーサの作った朝食を食べ、マリポーサの生搾りジュースを飲む。


「なんだか激しく不愉快なことを考えていませんか?」


「いんや?マリリンの搾りたて生搾りジュースは格別だなぁって」


「それですね、その不愉快な言い回しを撤回しないと額に風穴があくことになりますが?」


「あのね、それはね事後報告って言うんだよ?もうナイフなげたじゃん、散々俺にナイフなげてきたじゃん、心なしかこの前より鋭くなってるのは俺の気のせいじゃないよね?」


 既に俺の両手には指の間にこれでもかって程のナイフが挟まれている。

 ちなみに犯人は目の前にいるメイドさんなんだぜ?


「というかあなた結構自由よね」


 俺の前で椅子に座り、足を組んで紅茶を飲んでいるマリポーサに声を掛けると、あっけらかんとした様子で言い返してきやがった。


「これが普通のメイドの嗜みですから」


「お前それ初対面ならそう言うのも分からなくもないけどさ、もう俺がこっちのことにそれなりに詳しいの知っててやってるよね?」


「はて、一体何のことやら」


 別にいいんだけどね?

 だけどさ“英雄”の身体能力で投げられるナイフを掴むのってかなりしんどいわけよ。

 この子の狙いが額に集中してなかったらさすがに俺も取れないし、ってか額に集中とか完全に殺しに来てるよね。


「そう言えば、奴隷紋の方はどうなったんですか?」


 カップをコースターに置きながら俺に視線を向けたマリポーサが、少しだけ不安そうに俺に問いかけてきた。


「ん?ばっちり全員にやられたよ。戦った後の検診とか言う建前で」


 俺も自分の左腕に刻まれた奴隷紋をマリポーサに見せると、表情は変えないけど、尻尾と耳が垂れ下がったことから、おそらくがっかりか、それとも悲しんでくれているのだろうとわかる。


「いる?」


「いりません、というかそんなことできるんで…………したね」


 まあ俺の個性は少し変わってるからね。

 明らかに戦闘向きじゃないけど。


「まあしばらくはこのまま様子見かな、ああだけど命令されんの面倒だからそこらへんは“切取ってある”し問題ないぞ」


「そう言う話をしてるわけじゃありません、あなたは良くても他の方はどうするんですか」


「え、心配してくれてんの?」


「はい、心配してます、あなたはどうでもいいですが、他の方は将来有望な勇者様ですから」


 ん?なんだこの言い方………どっかで覚えがあるような………。


「それに、昨日の無様な戦いはなんですか、今、城中であなたが無能だという噂でもちきりですよ」


「いや待ちなさいよ、あきらか俺よりも神崎の方が凄まじくやられてたでしょうが」


「彼は勇者という類い稀なる個性をお持ちの方ですから、あなたのような、よくわからない個性の出来損ないとはそもそもが違うのです。あの方ならひょっとすると私達の現状に気が付いて、王に何かしらの打診をしてくれるのではないかと、女中たちで話していました」


 うっわー何その差別………まあ別にいいんだけどね? 

 下手に目立つよりも、多少怪しくてもあいつくらいならいつでもどうにでもできるって方が動きやすいし。


「そう言うことですので、あなたが協力を申し出てくれるのは嬉しいのですが、これ以上の過度な干渉はかえって迷惑になりますのでお控え下さい」


「はいはい、んじゃ俺は特に何もしねえよ」


 飲み切る気も失せたジュースをテーブルに置いたまま、俺は部屋を出た。

 部屋に残ったマリポーサがどうせ片付けるだろうし、それに。


「俺は善人じゃねえしな」


 だから、もういいと言われてまで、お節介を焼く気はない。 

 いくら“あの領地”の人間だったからって、そこまで面倒は見切れない。

 助かりたいのなら、勝手に頑張って助かってくれやって感じだ。


 少しだけ憂鬱な気分を晴らそうと、中庭を散歩し、庭園の所まで来たけど、ここは相変わらず綺麗なところだ。

 色とりどりの花々が咲き誇り、それらがお互いを邪魔しないようにしっかりと整備されている。

 まるで一つの芸術のようなその光景に、思わず腰を下ろして呆けてしまう。


 綺麗な花園だな。見た目も綺麗だが、ここに咲いてる花はどれも俺がいたころから殆ど種類が変わっていない。

 庭師が長寿の種族なのか、それとも精霊に管理させているのか分からないが、まあセンスがいいのは確かだ。


「お前、なんでこんなところに………」


 うっひゃー、いい気分台無しだよ。

 俺に声を掛けてきたのは、主人公こと神崎君だ。

 惚れた女と俺が仲いいからって俺に怒りの矛先を向けないでくれよ、童貞かお前。


「なんでって、別にいちゃダメなところでもないだろ」


 現にお前だってここに来てるわけだしさ。


「うるさい、それよりお前、京独会長とどうやって知り合ったんだよ」


「あぁ、まあ簡単な話だけどな、ストーキングされたりするような仲だ、お前もしてみたら?」


 俺はストーキングの末にこうやって近づかれたわけだしな。


「お前会長にそんなことしやがったのか!男として恥ずかしくないのか!」


「いやいや待ちなさいって、したのは俺じゃなくて向こうだわ」


 さすがにあれだけ毎日見られてたら気が付くわ。

 それに事あるごとに俺の視界に入り込んできやがったしあの女。


「嘘をつくな!会長がそんなことするはずないだろ!」


「君人の話聞かないねホントに。まあ君の友達の話しをあえて聞かなかった俺が言うのも変な感じだけどさ」


 これで決闘だ!とか言い出したらラノベの読み過ぎだろって思っちゃうな。

 なんで決闘の存在とか知ってるの?ってなるわ。


「その飄々とした態度が気に食わないんだよ!無能のくせにあまり粋がってると痛い目見るからな、覚えとけよ!」


「うっわなにその5分でやられそうな雑魚っぽいセリフ、やめとけよそう言うの、勇者らしくねえぜ?」


 俺は勇者じゃないから別に問題ないんだけどね。

 それよりもだ、こいつに目を付けられると少し面倒だなぁ。

 嫌でも注目が集まるし、そうなると動きにくいんだよね…………もうこの際だから思い切った作戦に出ようかしら。


「とりあえずだ、そろそろ訓練の時間だろ?行かなくていいのか?」


「ちっ、無能の勇者のくせに」


 唾でも吐き出すんじゃないかってくらいの勢いで舌打ちをした神崎が、足早に俺の元から去っていく。

 俺の予想が正しければだけど、今日からは実力ごとに分かれて訓練になるんじゃないだろうか。

 そうなりゃ優秀なあいつらと俺は別グループになれるし、それを一瞬でのしちまった会長とは、それこそ関わらなくて済みそうだ。


「さて、今日からは清々しい毎日の幕開けだな」


 ただし、魔物討伐に出るまでの話しだが。

 それか、俺の我慢の限界が来て、大胆な作戦に出なければ。






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