第12話 そう上手くはいかない人生

 逃げる様にその場から去り、俺は足早に演習場の中央に移動した。

 いやはや、あのままだと物凄い面倒なことになりそうだったんだよね、ほんと。

 なんでか分からないけど、あの女には近寄らない方が良いだろうと思う。


「ってか俺の相手はアンタかよ」


 俺の対戦相手は、これまた近寄りたくない相手ランキング上位の脇役君だった。

 

「俺が相手で悪かったな、まあ刀矢よかマシだろ」


「そうだけどさ、まあその刀矢君?会長にボコられてたけどさ」


「ありゃ見ててスカッとしたな」


「うわ、こいつナチュラルに酷い事言いやがった、友達じゃないのかよ」


「腐れ縁だっての、ンじゃさっさと始めるか、よくわかんねーけど刀矢のやつ機嫌悪いみたいだし」


 あ、それ間違いなく俺のせい。ってか、会長が俺に罪を擦り付けたせいだわ。


 そこで丁度良く近衛が試合開始の合図を言い、脇役君はその場で腰を落とした。

 おいおいマジかよ、こいつもう…………


「行くぜ?」


 低い姿勢からの急加速を持って彼我の差を潰した宮本は、腰だめに構えた剣を一気に抜き放った。


「―――ッ!?」


 間一髪その攻撃を回避し、バックステップで距離を取ろうとするが、俺の後退する速さと同じか、それよりもいくらか早い速度で俺に追いすがってきた。


「―――疾ッ!」


「う、うわー」


 あまりの速さに俺は対応することもできず、そのまま彼の振るった一撃をもろに食らい、地面に倒れ伏した。


「そこまでッ!勝者宮本友綱!」


 すかさず騎士が静止の声を上げ、試合が終了し、服に付いた埃を払っている時、何故か脇役君が俺の元に来て手を差し伸べてきた。

 なんだかんだこいつもイケメンだよな。

 男の俺にまでこういった気遣い…………ッ!!!


「はっ!!!」


 差し出された手を握ることなく、俺はその場から飛びのき、身構えた。

 服の中に氷でもぶち込まれたような悪寒が体中を襲い、俺はあまりの緊張でまともに話すこともできなくなってしまった。

 歯ががちがちと音を鳴らし、指先が極度の緊張で死体みたいに冷たくなっていくのが分かる。

 精神に強大な負荷がかかったことで、いつの間にか激しいめまいや、視界の明滅まで起こり始めた。

 このままではまずい、これ以上この場にいたのではやられる、そう思うが、今の俺は蛇に睨まれたカエルと同じで、動くことさえも満足にできない。


「お、おい、どうしたんだよ」


 目の前の男が俺に声を掛けてくる。

 その声を聞くだけで恐怖が心の深いところから吹き出してくるような、全身の皮膚の下を芋虫が這いずり回るような感覚に襲われる。


「そっそれ以上俺に近寄るんじゃねえ!このホモ野郎!俺を掘ろうったってそうはいかねえぞ!こちとら女の子が大好きで大好きで仕方ねえ生粋のノンケだってんだ!俺に言い寄りたきゃ美少女に生まれ変わってからにするんだな!」


 俺の魂の叫びを聞き、目の前の男、もといホモ野郎は口をあんぐりと開けて呆けた顔を見せている。

 だがな、俺は騙されねえぞ。

 昔も冒険者仲間だと思ってたやつと酒飲んで酔っ払っちまった時、暗がりで襲われかけたことがあんだ。

 その時のトラウマを教訓にして、俺はもうそう言った連中とは関わり合いにならねえって決めたんだ。

 別にホモを差別してるわけじゃねえ、好き同士よろしくやるんなら別に構わねえけどよ、ノンケを巻き込もうとするやつを俺は断じて許さねえ。

 最悪の場合この場で俺が二週目だってバレてもいいからこいつを殺そう。

 関係を強要するホモは害悪だ。

 それ以外は俺の知らんところでやってんなら別に好きにすればって感じだし、世間の目に負けるなって感じで多少は応援しようとも思うかもしれねえが、こういったやつ、こういった人種は別だ!


「な、なんで俺がホモなんだよ!」


「うるせぇ!こんな危険なホモと同じ空間にいられるか!俺は自分の部屋に帰る!」


「いやおまっ…………それ死亡フラグだぞ…………」


 背後で何か言い放ってきたくそ野郎を放置し、俺は再び逃げ出す様にその場を後にした。

 こんなことならまだ会長の方がいいわ!だっておっぱいあるし!

 それに比べてなんだあいつ!がちがちの胸板しかねえじゃねえか!ふざけんな!


 元居た場所に戻ろうとすると、その場にまだ座っていた会長を中心に、人垣が出来上がっていた。 

 皆会長に話しかけようとしてるみたいだけど、会長の発する“近寄ったらぶっ殺しちゃうぞ(はぁと)オーラ”のせいでなかなか話しかけられないみたいだな。

 俺もこれに乗じて速やか且つ迅速に退散したいと思いつつ、人垣の中に隠れようとしたが、その瞬間、俺が入るのを避ける様にして人垣が割れた。

 

「うそーん…………」


「どこへ行くつもりだ?よかったら私も一緒に連れて行ってくれないか?ここは少し居にくくてたまらん」


 満面の笑みを浮かべた会長が、こそこそと動き回る俺の前に現れました。

 最悪だよマジで…………なんでさっきまでの“話しかけたら首を引きちぎってマリアナ海溝に沈めちゃうぞ(きらぁん)”みたいなオーラが一瞬で“頑張って戦った友達を快く迎え入れる美しさの化身(ゴゴゴッ)”みたいなオーラになってんすか。


「それにしても…………ふふふ、君は本当に見ていて飽きないよ」


「俺は見られるのとか無理なんで今後一切関わらないでください、それかおっぱい触らせてください」


 これでよくあるテンプレみたいな感じで『おっぱいを触らせろだとっ!?破廉恥な!貴様のような奴はこっちから願い下げだ!散れ!』とか言ってくれたら最高だぜ。

 周囲の生徒ももう俺のことを人間じゃなく、おっぱいで頭がいっぱいの哀れな霊長類を見る目で見て来てるし。

 会長もきっと…………


「うん?そんなことで君と友人になれるのなら、私の胸くらい好きなだけ触るといい…………と言いたいところだが、さすがの私でもこれだけの人目があっては些か恥ずかしい。できればもう少し人の少ない所にでも―――」


「お邪魔しやしたー失礼シャス!!!!」


 もうね、全力ダッシュだよ。

 あの女絶対わかっててやりやがった。

 周囲の殺意の矛先が俺に向くのが分かっててあんなこと言いやがった。

 その証拠に口元のにやけが隠しきれてなかったぞくそが。



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