第7話 舐めるのは飴玉くらいにしておけ
あの領地、というのは俺がいたころに作られた不可侵の領地のことである。
様々な事情で住処を追われた種族が共存していたはずの領地であり、そこだけでは魔族も獣人もエルフもドワーフも、それ以外の種族も対等に暮らすことができていたはずだ。
そして目の前の紫色の髪に赤い瞳を持つ女は恐らく紫狼族と呼ばれる種族の女だ。
紫狼族はあの領地で匿われていたはずなんだがな…………それがどうしてこんなところで奴隷なんかしてるんだよ。
「どうしてあなたが…………どうして勇者のあなたがあの領地のことを知っているんですかッ!」
激しい剣幕で詰め寄ってくるマリポーサに対し、俺は逆に落ち着きを取り戻し、たっぷりと時間を使ってから返事をした。
「不思議だ“べっ!?”」
不思議だねーって言おうとしたら顔面にケリが突き刺さったぜ畜生。
まあいいや、とにかく、俺のやることの一つは決まった。
「まあとにかくだ、エッチな下着が見えてるから早いこと足を下げた方が良いよ?あ、見せてくれてるんならもう少し痛くない方法で見せてくれた方がお兄さん嬉しいわ」
「―――ッ!?死ねッ!死んでしましなさい!」
いきなりひどすぎやしませんかね。
それにだぜ?俺って一応こいつのことを奴隷紋から解放してやったわけでさ、感謝してしかるべき相手なんじゃないかな?
それともあれか?顔面か?顔面レベルが足りてないとフラグシステムは機能しません的なあれか?
「と、とにかくだぜ、あんたがなんでここでメイドなんかしてるか、それと今あの領地はどうなっているかとか、色々教えてくれよ。奴隷紋も“破棄”したわけじゃなくて“切取って、張り付けた”だけだから術者には悟られないしな」
さりげなくメイド女が俺に投げたナイフを“コピー”しつつ、俺は彼女に視線を合わせる。
彼女もいくらか落ち着いてくれたのか、再び椅子に腰かけ、話しをしてくれるような姿勢になった。
「あなたがなぜコチラの事情に詳しいかわかりませんが、とにかく敵ではないと思いますからお話しします、できればこの話を聞いたうえで、私達に協力してくださるとありがたいです」
そう言ったマリポーサが語った内容は、俺の想像を超える内容だった。
彼女の話しを要約すればこうなる。
まず、過去に魔王討伐がなされ、その貢献に応じて世界中から多額の寄付と、統制協会からの支援が与えられた。
そこで出てきたのが、ランバージャック、つまり俺を召喚したこの国の処遇についてだ。
俺は無能ながらも地域活性化に貢献し、それなりの成果を残しているのもあって、魔王討伐に加わり、成果を上げられなかった勇者ものよりも少しだけ多くの見返りがランバージャックに与えられたそうだ。
しかし、問題はそこから膨らみ、ランバージャックは本来であれば自国だけでも魔王討伐が出来たと言い張り、他国に追加の支援を強要し始めた。
その理由が、俺を召喚した時の王、ミハイル・ランバージャックの死が原因だったそうで、おそらくミハイルは暗殺されたとのこと。
後継に選ばれた第二王女の婚約者がかなりの曲者で、そんなことを言い出し、あわよくばより多くの支援を受けようと画策したそうだ。
最初は威嚇目的の小競り合いが殆どだったが、次第にそれがエスカレートし、ランバージャックの兵たちが死体をさらし、辱め、奪い、犯したりなど、クズみたいなことを行うようになり、そこから他国との緊張が一気に高まった。
そこで当時の王が始めたのが侵略戦争だった。
既にランバージャックへの支援は打ち切られており、資源の枯渇や、労働力の低下が著しい問題となったため、周囲の村々を襲い、男手を強引に集めたそうだ。
その頃から改良された奴隷紋が出回る様になり、徴兵された男たちは殆どが奴隷に落とされ、戦争の道具にされたらしい。
「なんとも穏やかじゃねえな」
「まだ話は終わっていません」
ぴしゃりと言われ、俺は再びベットの上で三角座りをして話を聞く。
なぜあの領地が襲われたのかは簡単で、戦闘に向いている種族も多くいたため、真っ先に狙われたのだ。
奴隷の軍団に押し入られ、死を恐れないようにされた特攻で、さすがのこいつらも抵抗虚しく捕まったとか。
それ以降は奴隷たちの中で、あの領地のことを語り継いで、いつかもう一度あの領地を再建させることを目標にしているんだとか。
当時の王から悪い影響をたっぷりと受けた次代の王も、その次の王も侵略戦争は止めず、そのおかげと言っていいのか分からんが、国は潤っていったそうだ。
まあ、一部だけが潤うような仕組みなんだろうけどな。
「まあ話は大体わかったわ。んでどうするよ、お前らを開放することに協力はするけど、それ以降の支援は俺にはできない。ここを出ればお前らは追われる立場になるだろうし、そう簡単に領地を作ることなんかできない。それでも逃げたいか?」
確認の意を込めて俺がそう聞いてやると、マリポーサは全く悩むことなく大きくうなずき、俺に強い視線を向けてきた。
「あなたが何者か、どうして詳しい情報を持っていたのかは知りませんが、私はあの領地を、話しにしか聞いたことの無い夢のような場所を見てみたいです。それは恐らく私達以外の仲間も同じでしょう」
「そうか、まあ、頑張れって言ってやりたいけどさ…………お前らこの世界舐めすぎ。そんなに世の中はうまく回らねえんだよ。やりたいからするって子供みたいな考えで動いてどうにかなるほど甘くねえんだ。準備が足りてねえ。仲間が足りてねえ。協力者が足りてねえ。それ以外にもほとんど何も足りてねえじゃねえか。そんなんで逃げ出したって、メイドじゃなくて娼婦に落とされるだけだぜ?まあメイドでも夜伽とかはあるのかもしれねえけどさ、要するにだ、何が言いてえのかって言うとだな」
俺がその次の言葉を話そうとした時には、既に俺の頬を彼女の平手が打ち付けた後であり、鋭い痛みが俺の頬を襲う。
だけど、このままじゃこいつらは良くて娼婦、悪くて解剖趣味のあるイカレ貴族に売られるだけだ。
さすがにさ、あの領地のやつを俺もそうしたくはないんだ。
「話を聞けって言ったのはお前だったと思うんだけど?」
「私達の苦労を知りもしないくせに、あなたは何様ですか!?多少こちらの事情に詳しいからと言って付け上がるのも大概にしなさいッ!」
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