第四章 起承転結の結。主人公、ヒロインを守るために切れるの図。・その3

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 というわけで、実際に書きはじめてみたわけだが、これが意外に大変だった。




「あ、本編で、いきなりサーバナイトの設定をズラズラ書くのはNGだな。えーと、出版社Mで聞いた話だけど、『いまの読者は設定を読むのを嫌がるんですよ。西暦三〇〇〇年、人類は地球を離れて~この時点でもうだめ。読者が読みたいのは、設定じゃなくてキャラクターなんです。ただ、設定の存在しない話は存在しない。だから読者が、いま、自分は設定を読まされているんだな、と意識しないように設定を説明しなければならない。その点、スレイヤーズ! の先生はうまかった』だそうだ」


「わかりました。それはいいんですけど、スレイヤーズ! って、どんな感じだったんですか?」


「ボケとツッコミ漫才形式だったらしい。『あーうっとうしい! こんなことも知らないの? いい? これはこうなのよ』『やっぱりわからない』『だめだ! こいつの頭のなかには脳みその代わりにクラゲが詰まってるんだ!』なんて感じで、ただ読んでるだけでおもしろい文章だったんだそうだ。で、気がつくと設定も頭のなかに入っている」


「なるほど」


「あと、こんなのもある。海外クリエイター、作品制作の十戒の三でな。『説明は物語のためにある。説明のための説明は不可』。つまり、不必要な説明は書くな、ということだな。ま、基本的な考えは同じだと考えていい」


「わかりました」


「それから、これはネットの意見だ。『いかにして読者に、ストレスを与えずに、すらすら設定を説明するか? スレイヤーズ! がある程度参考になる。設定の解説したいなら中盤後半になってからだよね』あと、『先にストーリー進めて刺激を与えてから、それに関係した設定説明だけなら、思ったほどうざくない。鬱陶しくない設定説明は異世界ジャンルに共通する必須技量』、『細かい設定まで書かれると、これある意味あるの? と読者は思うよ』、『場面に必要のない細かい設定、細かい描写は必要なし』だそうだ」


「――設定の説明って、難しいんですね」


「そうだな。いかに、読者にストレスを与えずに設定を理解させるか? は、これからの、静流の課題だと思う。これは実際に書いて、俺たちから感想を聞いて、試行錯誤しながら技術を磨いていくしかないから、とにかくがんばってもらうしかない」


「わかりました。がんばります」




「あの、ここ、叙述トリックって言うの、やってみてもいいですか?」


「やりたかったらやってみてもいいけど、どういうのをやってみたいんだ?」


「主人公の佐竹鋼哲朗は、最初、訳がわからないまま、サーバナイトにくるわけですよね? それで、どうしてなんだって人に訊いてまわって、それはドラゴニアンのマリアが魔法で召喚したんだって知って、会いに行ったら、実はマリアは女の子でしたって感じの奴です」


「なるほど。でも、マリアって名前の時点でもう女の子の気配プンプンしてるぞ」


「あ、そうでしたね。名前変えようかな」


「それでもいいけど、そのアイデアは、主人公の佐竹鋼哲朗と、ケモミミのジルの出会いのときに使うといいんじゃないか? ほら、ケモミミのジルと、ガラの悪い連中がトラブってるときに主人公の佐竹鋼哲朗が助けに入るって、前に言ってただろ? で、そのときに、意外や意外、ゴロツキと喧嘩していた威勢のいいのは女の子でした、みたいな感じで。名前を言うシーンは、そのあとにすればいいし」


「あ、なるほど。じゃ、このアイデアはそっちに使います。となると、ジルが登場するシーン、外見の描写は少なめにしないといけませんね。メモメモ」




「あのさ、ここ、ドラゴニアンのマリアが妊婦さんの手をひいてて、それで、『鉄砲腹だから、きっと男の子ですね。元気な子だといいですね』って言ってるじゃん?」


「あ、はい。妊婦さんのお腹が張ってるときは男の子だって、昔から言うみたいなので」


「これってさ、マリアの優しいところがでてて、いいシーンだと思うけど、いまスマホで調べたら、鉄砲腹って、鉄砲で自分の腹をうちぬいて死ぬことだってあるよ? 使い方間違えてるんじゃね?」


「あれ? そうでしたか。すみません、言葉を変えます」




「ふゥん。ライトノベルを書くのって時間かかるんだ。あたし、簡単に読めるから、それと同じで簡単に書けるんだと思ってた。お姉、あたし、退屈なんだけど。ここにあるマンガ読んでもいい?」


「ちょっと待ってな。静流、春奈にマンガ読ませてもいい?」


「あ、はい。かまいません」




「三点リーダーとダッシュは多用するべきじゃないな。出版社Gのブログだったかで、新人賞の応募作を読んで『当分ダッシュは見たくない』というのがあった」


「あ、はい。――となると、かなり難しいですね」


「その難しい課題をクリアしないとな。小説の主体は文章だ。三点リーダーやダッシュじゃない」


「わかりました」




「これって、みんなが主人公のことを統一して『勇者鋼哲朗様』って読んでるけど、キャラによって飛び方を変えるといいかもしれないぞ。これは田中芳樹先生が『創竜伝』という小説を書いたときに使った手法なんだけどな。『主要キャラは、そのキャラごとに、ほかの主要キャラへの呼びかけ方を変える。たとえば、始という長男がいて「兄さん」と呼びかけたら次男の続のセリフ、「始兄貴」と呼びかけたら三男の終のセリフ、「始兄さん」と呼びかけたら四男の余のセリフ。こうすると「と、誰それが言った」と書かなくて済むから、話がテンポよく進む』だそうだ」


「わかりました、佐田師匠」


「ねー佐田さん、こっちでトランプやりませんかー?」


「ほら春奈、佐田の邪魔しない。佐田はライトノベルの書き方指導で忙しいんだから」




「あれ? ここ、ハテナマークの使い方、おかしくね?」


「え、おかしいですか?」


「ほら、ここ。『ここはサーバナイトの大神殿だぞ?』てなってるじゃん? はてなマークって、漫画だと『先生、質問いいですか?』とか『あれ、どうしてなんだろう?』てときに使うからさ」


「あ、これ、私もおかしいと思うんですけど、佐田師匠に言われて、勉強しようと思ってライトノベルを読んでたら、こういう使い方をよく見たから、ライトノベルでは、いいのかな? と思って」


「あ、これは、まだ学校の授業じゃ教えてないからな。ライトノベルで普及してきた新しい言葉の使い方で、これでも、きちんとした質問の形なんだ。最後に『わかってるよね?』とか『知らないのか?』という言葉をつけるのが本当なんだけど、それを省略してるんだと思ってくれ」


「ふゥん。じゃ、これ、『ここはサーバナイトの神殿だぞ。わかってんのか?』てことか」


「あ、それだと、ちゃんとした、確認とか、質問の形になりますね」


「そうそう。だからこれは問題ない」




「あ、変に格好をつけて、凝った言い回しを意識することはないな。かえって読みにくくなる。『ルシフェルの再来のような気高さ』とか『三千世界の儒箱の隅をつつくような雷鳴』なんて、訳のわからない言葉になっちゃったりするし。むしろ、意識的に脱力して文章を書くべきだ」


「え、そうなんですか?」


「これは、空のキャンバスってマンガからの引用なんだけど。『本番は七〇パーセントの力で挑め。本番では緊張して、意識してなくても三〇パーセントくらい、どこかに無駄な力が入っている。そこで一〇〇パーセントの力を発揮しようとすると、合計で一三〇パーセントの力をだすことになる。でるはずのないパワーをだそうとすると空回りをして失敗する。七〇パーセントの力と、無意識に入っている三〇パーセントの力で普段の一〇〇パーセントだ』だそうだ」


「あ、なるほど。わかりました」


「ただ、ドカーンなんていう擬音は極力使うべきじゃないな。それをやると薄っぺらくなる。それをやるくらいなら『耳をつんざく轟音が響き渡った』なんて感じにするべきだ。擬音に頼るのは脱力じゃなくて手抜きだから」


「はい、脱力はしても手抜きはするな、ですね」




「あのさ、あたしも小説が完成するまで、時間待ちで退屈なんだけど、春奈と同じでマンガ読んでていい?」


「あ、べつにかまいません」


「マジで夏休みの宿題持ってくればよかったかな」




「お姉、お菓子食べていい?」


「べつにかまわないけど。あたしの分まで食べたら殺すからね」


 由紀乃と春奈は早めに脱落したようである。




 で、なんだかんだで、執筆活動は五時までつづいた。書いた量は文庫見開きページ編集で五ページである。根性だして書きつづければ、夏休み中には一作書きあげられるだろう。プロローグを試し読みしたときにも話した、三週間で一作のペースも、なんとかクリアできそうだった。


「よし、今日はこんなところだろうな」


 俺が言ったら、パソコンにむかっていた静流が、いきなり突っ伏した。


「あー疲れた。肩凝りました」


 言いながら身体を起こし、伸びをする。後ろに立っていた俺のほうをむき、静流が笑いかけた。


「プロローグを書いたときは四日かけたんですけど、それよりすごい量を一日で書いたんですよね、私。疲れるはずです」


「だよな。俺も経験あるからわかる」


 俺も静流にうなずいた。


「机に噛じりついて、延々と同じ姿勢でタカタカやるからな。一日のノルマを決めて、なんとか書きあげたときはグッタリしたもんだよ」


「ですよね。私もグッタリです」


「ただ、プロ作家はもっとすごいぞ。ネットで知り合ったプロ作家は休みの日に朝から晩までかけて、文庫見開き編集で十八ページ書いたそうだ。四〇〇字詰め原稿用紙で四十四枚。夏休みの読書感想文の十倍だな」


 静流が目を見開いた。


「そんなに書かないといけないんですか? できるかな」


「それの助言もあったな」


 俺は虎の巻を開いた。


「極真会館大山倍達総裁の言葉だ。『できるかできないかはあとでいい。やるかやらないかを決めなさい』だそうだ」


「あ、そうなんですか。わかりました。私、やります」


「ただ、誤解のないように言っておくけど、これはアマチュアむけの、チャレンジ精神を育成するための言葉だな。プロの世界で『やってみたけど締切破りました。できませんでした』は通用しないから。プロの世界では『報告、連絡、相談』が基本だ。――これは、冲方丁先生も、自身のハウツー本で言ってたみたいだな」


「わかりました。とにかく、アマチュアのときは、ひたすらチャレンジなんですね:」


「そういうこと。プロになってからのことは、実際にプロデビューできてから考えればいい。今日のところはこれで合格だよ」


「お、書きあがったんだ?」


 俺と静流の会話に気づいた由紀乃がポッキーもどきをポッキポッキ食べながら顔をあげた。部屋の中央のテーブルで、春奈とむかいあってマンガを読んでいたらしい。おもしろそうに立ちあがって近づいてくる。静流の背中越しにパソコンをのぞきこんだ。


「あれ? たったの五ページなんだ」


 由紀乃は何気なく言っただけなんだろうが、それを聞いた静流が傷ついた顔をした。


「一生懸命書いたし、自分でもよくやったって思ってたのに、たったのって」


「そうそう。これでも相当な速筆なんだ。由紀乃も書いてみればわかる」


「何を言ってんだよ? あたしは書く気なんかないもん。ただの読者なんだから、どんな感想を言ったって自由じゃんよ?」


「――ま、それもそうか」


 書き手の努力をまるで評価しない由紀乃の言葉だったが、冷静に考えてみれば、これはこれで真実だった。ネットで検索したらライトノベルの書評なんて罵詈雑言の嵐である。そもそもがエンターテイメント。おもしろくて当然なんだから、一〇〇%おもしろくて『普通』。一二〇%おもしろくて、やっと、『少しおもしろい』。九五%のおもしろさは『つまらない』と言われる。このへんは社会の縮図と同じだった。


「ついでから、これも言っておこうか」


 俺は静流にむきなおった。


「いまの由紀乃の言葉は辛辣なようだけど、これから、こういうことはガンガン言われると思っていていいぞ。特にプロデビューしたら日常茶飯事だ。金をだして読んだ人間は感想を言う権利も悪口を言う権利もある。書いた人間に反論する権利はない。耳をふさぐ権利はあるけどな」


「あ、それ、どこかで聞いたことあります。お笑い芸人も、落ちこむから、自分の名前で検索はしないって」


「そうそう、そういうことだ。一般人は何気なく暴言をネットに書きこむけど、ありゃ、書いた人間の素性がほとんど判明しないから、自分の言葉に責任をとる必要がないのと、言われた人間がどういう気持ちになるのか想像してないのが原因だな。外国じゃ、ネットで罵詈雑言を受けた女優が自殺したって事件まである。メンタルの弱い人間は有名になるべきじゃない」


「――わかりました。プロデビューできても自分の名前で検索するのは控えます」


「じゃなかったら、心を鍛えて厚顔無恥になるか、最低でも厚顔無恥というスタイルを通すしかないな」


「そうします。とりあえず、今日の分、印刷しますね。静流先輩と春奈ちゃんにも読んでもらいたいから」


 静流がうなずいてから立ちあがり、机のそばのプリンターの電源を入れた。A4用紙をセットする。


「ありがとね」


 印刷されたA4用紙を受けとりながら由紀乃が言う。横から春奈がのぞきこんできた。


「お姉、あたしにも見せてよ」


「いいけど、あたしの次にね。じゃ、静流、誤字、脱字があったら、チェックして、明日渡すよ」


 何気ない調子で言う由紀乃だった。それはいいんだが、なんだか本当にプロの世界のゲラみたいになってきたな。


「あと、明日から、夏休みの宿題持ってきていい? あたし、思ったより力になれないし、暇つぶしで宿題でもやっておかないと」


「私は、べつにかまいませんけど」


「じゃ、今日のところは、これで終了だな」


「はい。これは佐田師匠の分です」


 静流が俺にもA4用紙を渡してきた。俺はずっと横で見ていたから内容を知っているんだが、ま、いいとしよう。本格的にライトノベルを書けてウキウキしているんだろうし。


「それじゃ、また明日」


 静流の言葉で、本日は終了だった。静流と、俺と、春奈をつれた由紀乃が部屋をでる。静流を先頭に階段を降りて、静流のお母さんに軽く挨拶をして、玄関からでる。それでOKなはずだった。


 そうはいかなかった。


「あ、静流、べつのお友達がきてるわよ」


 玄関口に静流のお母さんが立ってて、笑顔で声をかけてきたのだ。同時に静流の足が止まる。ぶっちゃけ俺も硬直した。


 玄関に立っているのは、昨日、漫画部の勧誘で俺を不潔呼ばわりした日沢茉奈だったのだ。




「探しましたよ、御堂さん」


 そういう日沢はブレザー服だった。高校まで行って、俺たちがいないもんだから、スマホで静流の住所を調べるかしてやってきたんだろう。


「あの、日沢さん? あなたも静流たちとお勉強会にきたのかしら?」


 わかってない静流のお母さんの質問に、日沢が険悪な感じで俺をにらみつけた。


「佐田先輩、そんな嘘をついたんですか」


「いや、俺が嘘をついたわけじゃないんだけど――」


「嘘?」


 俺が言い訳をするより早く、静流のお母さんが俺を見た。


「あの、どういうことなんですか?」


「あの、それがその」


「御堂さんと、佐田先輩は勉強会なんかしてたんじゃないんです」


 俺の代わりに日沢が説明をはじめた。


「御堂さんと佐田先輩と、そっちの先輩は、うちの学校の文芸愛好会に所属してるんです。それで、本当はすごい知識を持っているのに、漫画部にアイデア提供もしないで、駄弁ってばかりなんです。それで、今度、ライトノベルを書くって言いだして」


「そっちの先輩ってどういうことだよ」


 由紀乃が俺の後ろで口を尖らせたが、それどころじゃなかった。日沢の話を聞いた静流のお母さんの表情が激変したのである。


 簡単に言うなら、鬼の形相だった。


「静流! あなた、まだライトノベルなんか書くなんて言ってたの!?」


 なんかだと? 一瞬、俺も抗議の声をあげかけたが、そこはなんとか押さえこんだ。俺の前に立っていた静流の気配も一変する。


「だって、お勉強会をするなんて嘘でも言わないと、お母さん、サーバナイトのお話を書かせてくれないじゃない!」


「え? あ、あの」


 瞬間に険悪化した静流とお母さん。口喧嘩を勃発させた日沢もこれは想像していなかったらしく、キョトンという顔をした。


「書かせるわけないに決まっているでしょう! サーバナイトだライトノベルだなんて、いつまでも夢みたいなことを言って! 学生の本分は勉強だって、何回言ったらわかるの!」


「お母さんこそ、私が何回言ったらわかるの! 私はライトノベルを書くの! サーバナイトの話を最後まで書くの! 静香ちゃんの代わりに書くって、私、ちゃんと約束したんだから! お母さんだって見てたじゃない!」


「あんなのは子供のころの話でしょう! 静香はもういないのよ!」


 反射で言ってしまったらしく、はっとした表情で、静流のお母さんが俺たちを見た。俺は――少し悩んだが、静流のお母さんから目を離して、振りむいた。後ろに立っていた由紀乃も驚いた顔をしている。


「静香ちゃんって、マジでいたんだな」


 声にはしなかったが、由紀乃の唇が動いた。その静香ちゃんが、静流とどういう関係だったのか。そこは想像するしかなかったが、おかげでわかったことがあった。


 なぜ、ろくにライトノベルも読まない静流がライトノベルを書こうとしたのか。


 なぜ、短編が雑誌に掲載された程度の俺を師匠として崇拝したのか。


 なぜ、中二病丸出しのサーバナイト設定資料を平気で他人に見せようとしたのか。


「本当に仲のいい姉妹なんですね。羨ましいです」


 由紀乃と春奈の追いかけっこを見て、静流はこんなことを呟いていた。


「本当、私も、あんなことしたかったな」


 こうも言っていた。静流と静香は、それができなかったのだろう。


「とにかく、学校の勉強をおろそかにして、ライトノベルを書くなんて、金輪際許しませんからね!」


 話を元に戻そうと思ったらしく、静流のお母さんが威圧的に宣言した。


「だいたい、小説なんて、あの男のやっていたことと同じじゃない! けがらわしい!」


「けがらわしいとはどういうことだ!」


 反射で俺は怒鳴りつけていた。静流のお母さんがギョッという顔をする。それだけじゃない。俺の前に立っていた静流も驚いた顔で振りかえる。玄関に立っていた日沢もだった。くそ、やっちまったな。頭の片隅で俺は後悔したが、それに反して俺の口はとまらなかった。


「小説って言うのは文学だぞ! 夏休みの宿題だって、読書感想文があるだろうが! 小説ってのは義務教育でも認められた文化なんだよ! それを書く側になるってだけで差別するってのはどういうことだ!」


「そそ、そんなの、あなたには関係ないじゃない!」


「もちろん関係ねえよ! ただ、関係ないからって、勝手な思いこみで差別してるのを黙って見てるほど俺はおとなしくねえんだ!」


 あーだめだ。静流のお母さん、怯えてる。下手すっと静流もだ。もう出入り禁止だろう。ただ、それならそれで、言うべきことは最後まで言っておくべきだった。


「それに、ライトノベル業界のトップがどういう世界なのか、あんた知ってるのか! 日本経済が動いてるんだぞ! もちろん、金になれば何もかも正しいなんて俺も思ってない。でも、いいじゃないか。ライトノベルってのは、ちゃんと収入のある、まっとうな仕事なんだ! なれるかどうかはべつにしたって、なりたいって夢を踏みつぶす権利があんたのどこにあるってんだよ!」


「だ、だって、小説なんて、あの男と同じことなんて、やらせるわけには」


「その、あの男ってのが誰だか知らないけど、静流とは別人だろうが! あの男っての呼吸をしていたはずだ! だったら静流に呼吸をするなって言うのかよ!」


「そんな、無茶苦茶な」


「あんたが言ってるのはそういうことなんだよ! いいか、職業に貴賤はない。あんたも本気で娘を教育したかったら、まずはそのことを自覚して、娘に態度で示して見せろ! ライトノベルを差別するな! けがらわしいのはあんただよ!」


 とりあえず、思いついたことはすべてぶちまけた。驚いた顔の静流のお母さん。日沢もオロオロしている。悪いことしちまったな。


「今日はもう帰りますから」


 言って、俺は振りむいた。


「由紀乃、行くぞ」


「あ、う、うんうん。じゃ、行くよ春奈」


「うん。――ビックリした」


「あたしもだよ。それからおばさん、いまの佐田、ずいぶん怒ってたけど、ぶっちゃけあたしも同じ意見だから。あたしもマンガが好きだって言ったら馬鹿にする奴がいたから気持ちわかるんだよ。よく知りもしないで相手を認めない奴なんて下痢便だして死ねばいいんだ」


「そうそう、下痢便だして死ね。ベーだ」


 すごい捨て台詞を残して、俺と由紀乃、春奈は静流の家をでた。視界のすみでちらっと見ると、あたふたした顔で日沢も静流の家からでてくる。ま、そうなって当然だろう。


「去年、あたしを助けてくれたときみたいだった。ちょっと怖かったけど、格好良かったよ、スーパーサイヤ人」


 バス停まで歩く途中、由紀乃が声をかけてきた。


「そんなんじゃねえよ。好きなもの馬鹿にされてちょっと切れただけだ」


「あたしも驚いた。佐田さんみたいに大きい人って、ああいう怒り方はしないって思ってたから」


 春奈も言ってきた。気持ちはわかる。俺も頭をかいた。


「俺も、そんなふうに言われたくないから、ただの文学少年でいたかったんだけどな。俺が怒ると、みんな怖がるし。久しぶりにやっちまったよ」


 身長195センチ、体重97キロの俺が怒鳴りつけたら、ほとんどの人間は威圧を感じる。というか、そもそもが喧嘩にならない。この体格のおかげで、ラグビー部や柔道部の勧誘も昔からあった。俺自身は、本当に、普通の高校生でいたかったんだが。


「とにかく、これで静流の家には出入り禁止だろう」


「明日からどうするんだよ?」


「静流がおばさんを説得できるかどうかで結果が決まると思う――?」


 由紀乃との会話を中断し、俺はポケットからスマホをだした。静流からである。メールじゃない。


「もしもし」


『あ、佐田師匠、さっきはありがとうございました』


 いきなり静流が礼を言ってきた。


「いや、あの、あれは、俺も、ちょっとやりすぎて」


『それがですね、お母さん、佐田師匠に謝りたいって』


「は?」


『言い方は乱暴だったけど、職業に貴賤がないっていう意見は正しかった。けがらわしいなんて言ってしまったのは間違いだった、だそうです。明日から、またきてくれてもかまわないって』


「あ、そうなんだ」


「へェ。ま、言ってることは正論だったからね。静流のおばさんも大人じゃん」


 俺の横で耳を澄ませていた静流がつぶやいた。


『あ、それから、下痢便のお姉さんと妹さんはこなくて結構だって言ってました』


「え! なんだよそれ。大人げねーなー」


「そりゃあたりまえだろうが」


 ふてくされる由希乃に俺はあきれ果てた。




 本日のおさらい。


・「敵も、ただ悪い奴じゃなくて、何か考えがあって、話を聞いたら、こいつの気持ちもわからなくはないな、というキャラにしてください」(出版社M)


・エスパー漫画は『イヤボーンの法則』で動いている」(サルでも描けるまんが教室)


・「設定の説明は簡潔に」(出版社M、その他。要約)

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