第四章 起承転結の結。主人公、ヒロインを守るために切れるの図。・その2

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「ふゥん、ここなんだ」


 バス停から降り、静流について町のなかを五分ほど歩くと、どこにでもある一般住宅が俺の前に姿をあらわした。ラノベで定番の、お嬢様の大邸宅とか、そんなんじゃない。本当に普通の家である。二階建てだった。


「アニメなんかの定番だと、大豪邸だったりするんだけどねー」


 俺の隣で由紀乃がつぶやく。同じことを考えてたらしい。口にだして言うのはどうかと思うが。


「どうぞ、あがってください」


 気にしたふうもなく、静流が玄関のドアをあけた。


「「「お邪魔します」」」


 俺と由紀乃と春奈が言い、静流につづく。


「あら、いらっしゃい」


 はじめてお邪魔する家だ。とりあえず、礼儀正しくしておこうと思っていながら靴を脱いでいた俺に、はじめて聞く女性の声が飛んだ。顔をあげると、俺の母親と、あんまり変わらない年齢の女性が立っている。この人が静流のお母さんか。


「ただいま」


 静流がお母さんにむかって言い、それからこっちをむいた。


「それで、この人たちが」


 話を振ってきたから俺は頭をさげた。


「どうも、佐田哲朗って言います」


「あたしは、鴻上由紀乃です。こっちの小さいのは妹の春奈です」


「春奈です」


 由紀乃と春奈もあいさつした。静流のお母さんが笑顔をむける。


「どうもありがとうね。今日は勉強会だって聞いてるけど、静流の面倒をちゃんと見てあげてくださいね」


「はい、安心してください」


 勉強会の時点で大嘘だから安心も何もあったもんじゃないんだが、とりあえず静流との約束通りに俺は話を合わせた。


「あら、でも」


 これで基本的なあいさつは終了だと思っていたら、静流のお母さんが小首をかしげた。


「そちらの――春奈ちゃんだったかしら? そのお嬢さんも、静流の勉強会に?」


「あ! こいつの勉強はあたしが見るんですよ。こいつも夏休みの宿題でわからないところがあるって言うから、じゃ、一緒に勉強しようってことになって。騒がせたりはしませんから安心してください。あはは」


「あ、そうだったの。仲のいい姉妹なのね」


 静流のお母さんがほほえんだ。由紀乃のとっさの機転でうまく逃げ切れたな。女性脳というのはこういうアドリブに強いそうだが、おかげで助かった。


「じゃ、私たち、部屋に行ってるからね」


 たぶん、俺と同じでほっとしてるだろうに、顔にださずに静流が言い、玄関のすぐ前の階段を上がっていった。俺も静流のお母さんに会釈して、あとにつづく。


「春奈、行くよ」


「うん」


 振りむかなかったが、背後の会話からすると、由紀乃と春奈もついてきてるらしい。


「こっちです」


 言い、二階にあがった静流がスタスタと廊下を歩いていった。


「ここが私の部屋です」


 言いながら静流が扉をあける。


「どうぞ、入ってください」


「どうも。じゃ、あらためて、お邪魔します」


「お邪魔します」


「どうも」


 俺と由紀乃、春奈が静流の部屋に入った。


「――なんか、ずいぶんちゃんとしてる部屋だな」


 とりあえずでてきた感想がこれだった。絨毯のひいてある部屋の中央には小型のテーブル、壁際には勉強机とパソコン。それから本棚。入っているのは、申し訳程度のライトノベルとマンガだった。あと、机の脇に置いてあるのはプリンターだろうか。これでサーバナイトのプロローグを印刷して持ってきたんだな。


「オタクの部屋って感じじゃないね。マンガもラノベも普通の奴が持っている程度だし」


 由紀乃も似たような感想を述べた。本当に、これで、どうしてライトノベルを書こうと思ったんだろうか。


「でも綺麗じゃん? ちゃんと整理整頓されてるし。お姉の部屋なんてマンガだらけでひどいよ? 読みかけの奴がその辺に転がってるし。ジャングルみたいだよ? ターザンでてくるよ?」


「こら春奈ー!」


「おい! 学校じゃないんだから、人の家で騒ぐな!」


 俺が小声で叱咤したら、慌てて由紀乃が口をつぐんだ。そのまま春奈をにらみつける。


「いい春奈? 余計なこと言ったら本当に殺すかんね?」


「わかったよ。うわお姉怖ー」


「人の家にきてるんだから、喧嘩はなしだぞ。ふたりとも仲良くな」


 由紀乃と春奈に言い、とりあえず俺は部屋の中央のテーブルの前で座った。


「じゃ、早速だけど、本題に入ろう。静流、ずっと考えていた、サーバナイトのメインストーリーを教えてくれ」




「サーバナイトの世界のドラゴンにも、いろいろな考えがあって、人間に友好的な種族と、そうでない種族がいるんです。で、友好的なドラゴンと人間の間に生まれたのが、お互いの橋渡しになっているドラゴニアン。で、人間をよく思っていないドラゴンと人間の間にドラゴニアンは生まれていません」


「ふむふむ」


 静流の説明は、やっぱり設定の説明からはじまった。ま、仕方がない。基本的な設定がわかってないと、メインストーリーを把握することもできないような組み立て方をしているんだろう。


「で、人間側には、ドラゴンと互角に戦えるドラゴンスレイヤーがいます。これが人間側の希望なわけです。だから、人間と仲良くする気のないドラゴンは、ドラゴンスレイヤーが邪魔なわけです。ここまでいいですか?」


「うん、わかる」


「あたしもわかる」


 由紀乃がPB商品のポッキーもどきをポッキポッキ食べながら返事をした。その隣に座っている春奈もうなずく。俺たちが設定を把握していると確認したらしく、静流が話をつづけた。


「だから、人間をよく思っていないドラゴンは、ドラゴンスレイヤーを殺そうとするんです。人間の街まで、人間の姿に化けて。それで、主人公の佐竹鋼哲朗と一騎打ちをして、最後は敵のドラゴンをたおすんです。それでエンドです」


「なるほど。わかりやすい説明だった」


 俺はうなずいた。


「最初に言っていた、主人公が活躍するというテーマや、ジャンルはアクションだという基本路線も守られてるし。書いてるうちにブレてくることもあるんだけど、この分だと安心していいようだな」


「はい。ありがとうございます」


「ただ、ちょっと突っこむけど」


「はい?」


「その敵キャラの設定なんだけどな。ちゃんとした理由もなしで人間を憎むのは、少し問題かもしれないんだ」


 俺はまとめをだした。


「これは出版社Mで聞いた話らしいな。『敵も、ただ悪い奴じゃなくて、何か考えがあって、話を聞いたら、こいつの気持ちもわからなくはないな、というキャラにしてください』だそうだ。だから、人間と敵対するドラゴンも、何か理由付けが欲しいと思う」


「あ、そうですね。それ、何か考えないと」


「あのさー。ちょっと質問」


 ここで由紀乃が声をかけてきた。


「そのサーバナイトの設定って、ドラゴンは長生きだってことでいいんだよね?」


 由紀乃の質問に静流がうなずく。


「はい。基本的に一〇〇〇年以上生きるって設定になっています。ドラゴニアンの寿命は、その半分で、五〇〇年くらいですけど」


「じゃァさ、その敵のドラゴンって、初代のドラゴンスレイヤーを知ってるってことじゃね?」


「えーと」


 静流が少し考えた。


「はい。そういうことになります」


「だったら、初代ドラゴンスレイヤーに恋人のドラゴンを殺されて恨んでるってことにすればいいんじゃね?」


「――あ、それいいかもですね」


 由紀乃は何気なく言っただけなんだろうが、これはいい提案だった。


「それと、主人公以外は女にしろ、だっけ? そんな話もあったから、敵のドラゴンは雌にするといいかもね。そんで、初代ドラゴンスレイヤーに殺されたのが、恋人の雄ってことにしてさ。あ、それだと、最後に殺しちゃうの、なんかかわいそうかもね。どうしようか?」


「あ、それはですね。えーと。だったら、最後は殺すんじゃなくて、とどめを刺さずに、見逃すってことにします」


「ふむ、悪くないかもな。あまり残酷なのは公募ではじかれる危険もあるし」


 俺も同意した。


「それに、いまの話だと、敵側にもドラマが生まれるし、どうしてドラゴンスレイヤーを憎んでいるのか? という説得力も生まれる。最後、戦うしかない流れも必然性が生まれてくるし、うまくすれば続編も書けそうだ」


「あのさ」


 由紀乃が手を挙げた。


「主人公も決まって、ヒロインも決まって、敵も決まって、サブストーリーも決まって、メインストーリーも合格したんだからさ、もう、そのまんま、パソコンでタカタカ打ちこんで書き上げちゃえばいいんじゃね?」


「もちろんそれでいいと思うけど、最後に、そのメインストーリーと、サブストーリーと、キャラクターがどうからんでくるのか、そこまで聞いておきたい。で、俺から何か助言できるようなら、いまのうちに助言しておくから。書きあげてから、細かく修正すると二度手間になるし」


「あ、はい。わかりました」


 素直に返事をし、静流がノートを開いた。最初に持ってきた中二設定資料集じゃなく、あとから制作したキャラ表のほうである。


「まず、主人公のドラゴンスレイヤー佐竹鋼哲朗ですけど、このキャラはラスボスのドラゴンに狙われて、で、ラストバトルで戦って勝つっていう関係だから、これはこれでいいですよね?」


「それはいいと思う」


「で、メインヒロインで、ドラゴニアンのマリアなんですけど、このキャラは、やっぱり、敵のドラゴンに狙われるってことにしようと思っています」


「は? なんでだ?」


「だって、敵のドラゴンからすれば、ドラゴニアンは、ドラゴンと人間の橋渡しの役目をしているから、ドラゴンスレイヤーと同じで、やっぱり邪魔なわけだし。あと、差別もあると思います。ほら、ハーフエルフが、エルフにも人間にも邪魔者扱いされるみたいな感じで」


「あ、そうか。それはあるだろうな」


「もちろん、人間と仲のいいドラゴンや、普通の人間は、ドラゴニアンを差別してないってことにしたいんですけど。それから、マリアはドラゴンスレイヤーを現実世界から召喚したわけですから、人間と仲良くしたくないドラゴンからすれば『おまえのせいで話がややこしくなったんだ』となるわけですよね? だから、主人公の佐竹鋼哲朗以上に命を狙われてるってことにしても問題ないと思います」


「ふむ」


 俺は腕を組んだ。感心したのである。メインヒロインの特徴づけでドラゴニアンという設定にしたはずなんだが、意外とメインストーリーにからむ設定として使える方向に話がむいてきた。


「で、もうひとりのケモミミのジルはギリギリまで、主人公の佐竹鋼哲朗がドラゴンスレイヤーだって、気づいていないってことにしたいです。それで、ラストバトルで、ものすごい力を発揮する佐竹鋼哲朗を見て、本当はすごい奴だったんだって気づくってパターンで」


「前に言ってた、遊び人の金さんのパターンだな。それもそれでいいと思う」


「あと、サブストーリーででてくる、初代ドラゴンスレイヤーの子孫のリーンも、それを見て、『ドラゴンスレイヤーは血縁でなれるものじゃない。ドラゴンスレイヤーズソードも、佐竹鋼哲朗を主として認めた。だったら、私も認めるしかない』なんて感じで、話を丸く収めたいと思います」


 静流の意見を聞いて、俺は少し考えた。


「うん、いいと思う。そのキャラ、ストーリーで書けば、とりあえず形になるんじゃないか?」


「ありがとうございます」


「ただ、最後に」


 頭を下げた静流に俺は言葉をつづけた。


「その、主人公の佐竹鋼哲朗だけど、ラストバトルで、ラスボスのドラゴンを相手に、すごい力を発揮するって言ってたな」


「はい」


「それ以前の、序盤のあたりでは、主人公は、何か、常軌を逸した力を発揮したりはするのか?」


「あ、はい。そのつもりです。ほら、こういう話は、やっぱり中二設定の俺ツエーものだってお話だったじゃないですか。それに、ケモミミのジルと出会うきっかけも、騒動に巻き込まれたジルを助けるってシーンがありますから、何かしら強いってことにしておかないと」


「あ、そうか。言ってたな。ということはラストバトルでは、ただでさえ強い奴が、さらに巨大な力を発揮するということか」


 少し考え、俺は虎の巻をだした。


「えーとだな。これは一九八九年、サルでも描けるまんが教室という漫画があったそうだけど、そこからの抜粋だ。『エスパー漫画はイヤボーンの法則で動いている』」


 読んでから顔を上げたら、静流も由紀乃も春奈も不思議そうな顔をしていた。


「あの、イヤボーンの法則ってなんですか?」


「これによるとだな。エスパーヒロインがピンチになって『イヤアァァ!』と叫ぶ。すると眠っていた力が目覚めて、敵の頭が『ボーン』と爆発する! ということだそうだ。類義語に『スーパーサイヤ人化現象』があるらしい」


 言ったら、由紀乃がなんだって顔をした。


「あれか。熱血漫画でたまに見るパターンか。ブチ切れて、本当は疲れ果ててるって設定ガン無視して大暴れするって感じの。中二病じゃなくて、マジに中二な奴」


「そうそう。そういうのは、見ていて、やっぱり爽快だからな。だから、主人公の佐竹鋼哲朗は、最初から強くてもいいけど、ドラゴンを倒すほどの力は持っていない程度に強いって描写にしておくといいと思う。それだと、サブストーリーで絡んでくるリーンも、『あなたは確かに強いけど、ドラゴンスレイヤーを名乗れるほどじゃないわ』ということになるし、ラストで『これが彼の本当の力だったのか』てことにもなる」


「あの」


 今度の挙手は春奈だった。


「佐田さん、それだと、このお話、主人公の仲間が誰か死んじゃうんですか? それで、その怒りで、眠っていた力が目覚めるんですよね?」


「あ、それは殺さなくてもいいと思う。たとえば、ラスボスのドラゴンが、ドラゴニアンのマリアに『貴様のようなものがいるから人間どもが大きい顔をするんだ』とかなんとか言って、ぶっ叩いて怪我をさせるとか。それを見て、切れた佐竹鋼哲朗が、眠っていた本来の力を発揮する、とか、そういうのでいいと思う」


 春奈に説明してから、俺は静流のほうをむいた。こういうアイデアはどうだろう? と聞くつもりだったんだが、もう静流は真面目な顔でノートに書き込んでいた。確認するまでもなく、イヤボーンは採用されたらしい。


「よし、いまの時点で、言うべきことは全て言ったと思う。では、本格的な執筆活動に入るとしようか」


 俺が言ったら、静流が嬉しそうに顔をあげた。


「はい、じゃ、これから書いていきますから、読みながらもご指導お願いします、佐田師匠」

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