第四章 起承転結の結。主人公、ヒロインを守るために切れるの図。・その1
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「あの、明日は私の家で部活しませんか?」
その日の帰り、下駄箱をでて校門を抜けたあたりで静流が提案してきた。俺の隣でカバンをグルングルン振りまわしていた由紀乃と春奈が振りむく。
「それ、あたしも遊びに行ってもいいの?」
「え? あ、はい。もちろんです。歓迎しますけど」
「お姉が行くんなら、あたしも行く」
「春奈はダメ」
「え! なんで!?」
「だって春奈、なんの役にも立たないじゃん。静流の話づくりのアドバイザーになれるわけでもないし」
「えー! でも行きたい!」
「ダメだって」
おもしろそうな、意地悪そうな顔で由紀乃が春奈を見下ろした。
「お姉ちゃん達は、ライトノベルの話を考える大事な仕事があるんだから。子供が遊びにくる場所じゃないんだよ」
いまさっき、遊びに行ってもいいとかなんとか言っていたような気がするんだが。むくれる春奈と意地悪そうに笑いかける由紀乃に静流が声をかけた。
「あの、由紀乃先輩? 私、べつに春奈ちゃんがきてくれてもかまいませんけど?」
「あ、そう?」
ちょっと意外そうに由紀乃が横をむいた。
「静流が言うんなら、まァ。春奈、静流にお礼言いな」
「あ、うん。静流さん、ありがとうございます」
「あの、それはいいんだけどさ」
妙に思って、静流に訊いてみた。
「なんで部室じゃなくて、静流の家なんだ? べつにいやってわけじゃないんだけど」
「だって、ほら」
静流が困ったみたいな顔で俺を見あげた。
「今日は、日沢さんが」
あ、そういうことか。
「真面目にライトノベルの書き方を教わりたいのに、また日沢さんがやってきて、漫画部に勧誘してきたら、話が進まなくなっちゃうじゃないですか」
「なるほどな」
今日は勘違いで退散してくれたけど、あの感じだと、また乗りこんでくるだろう。漫画部の顧問の先生でもつれてきたら面倒だし。
「だから、私の家で、佐田師匠の講義をきちんと教わりたくて。それに、家にはパソコンがあるから、実際に書きながら教われるし」
「べつにかまわないけど」
とりあえず俺はうなずいた。――そうか。俺、下級生の女子の家に遊びに行くのか。
「なんかドキドキするかも」
「え? 佐田師匠、ドキドキしてくれるんですか?」
驚いた顔で静流が見上げてきた。いかん、声にでていたらしい。
「いや、ほら、俺だって男だし。女の子の家にお邪魔するってなると、ちょっと意識しちゃうから。ははは」
俺は頭をかきながら照れ笑いを浮かべた。うまくごまかせただろうか。静流が、なんでか、ちょっと嬉しそうな顔でうなずく。
「そうか。佐田師匠、意識してくれるんですか」
「え、ちょっと待てよ佐田。佐田って、静流の家に行くと気、意識しちゃうのかよ?」
変なところで由紀乃が絡んできた。
「そりゃ、だって、意識するだろ」
「それっておかしくね? だって、夏休み前、いつもあたしと部室で駄弁ってたのに、意識してるみたいな態度、一回も見せたことなかったじゃんよ?」
「あたりまえだ。あれは、部室で駄弁ってただけだったじゃないか。由紀乃の家にお邪魔したわけじゃない」
「あ、そうか。――そりゃ、そうだけどさ」
由紀乃が、少しがっかりしたみたいな顔をした。横を歩く春奈がおもしろそうに見あげる。
「お姉、あきらめるなよ。まだチャンスはあるからさ」
慰めたつもりなのかもしれないが。由紀乃が春奈を睨みつけた。
「春奈、いつからそんな生意気な口を聞くようになった!?」
「え、なんだよ? まだチャンスがあるって言っただけなのに」
「それが生意気だって言ってるんだよ!」
「やーん、佐田さん怖ーい」
「佐田に抱きつくな!」
「おい、いい加減にしないか」
俺の周りをぐるぐる走りまわる由紀乃と春奈。ちょっと離れて見ていた静流がため息をついた。
「本当に仲のいい姉妹なんですね。羨ましいです」
「え、そう?」
由紀乃が立ち止まって顔をあげた。春奈も立ち止まる。
「そうなんですか?」
「うん、すごく羨ましい」
「それ、知らないからそう言うんだよ。お姉なんていなくなっちゃえばいいってよく思うよ」
「こら春奈ー!」
また追いかけっこがはじまった。なんだか知らないけど、これが由紀乃と春奈のコミュニケーションなんだろう。俺は生温かい目で見守ることにした。
「本当、私も、あんなことしたかったな」
俺の横で、小さい声で静流がつぶやいた。
「静流?」
「あ、いや、なんでもないです」
静流が笑顔で手を左右に振った。
「それじゃ、明日は、私の家で佐田師匠の講義を聞くってことで。待ち合わせは、どこにしますか?」
「駅前でいいんじゃない?」
由紀乃が提案してきた。春奈と追いかけっこしていても、ちゃんと聞いていたらしい。男と違って、女は複数のことが同時にできるからな。
「じゃ、それで。時間は?」
「お昼からでいいと思います」
「じゃ、昼飯を食べたあとで、午後一時にするか」
そのあと、簡単な約束をして、俺たちはわかれた。
で、翌日。
「お、きたか佐田ー」
「佐田さーん」
俺が駅前の立ち食いそばで軽く食事を摂ってから待ち合わせの場所まで行くと、先にきていた由紀乃と春奈が手を振ってきた。由紀乃は、なんだかよくわからない、おしゃれな格好をしていた。よくわからないけど、たぶんブランドものではないと思う。安く買える、ギャルの服装なんだろう。春奈はTシャツとデニムのホットパンツだった。
「よゥ」
俺も声をかけて近づいていった。俺は家にある服を適当に着てきたんだが、これでよかったんだろうか。
「ヘェ、似合ってるじゃん」
おもしろそうに由紀乃が俺の格好を上から下まで眺めた。
「冷静に考えたら、佐田の私服って、見たことなかったもんね。学校の制服じゃないと、こんな感じなんだ」
「そりゃ、人間、着てる服でイメージは変わるからな。由紀乃も似合ってるぞ」
「え」
何気なく言ったら、意外にも由紀乃が赤い顔をした。
「なんだよ、いきなり。そんなこと言われたら恥ずかしいじゃん」
「あ、そうだったか?」
いつもがさつな感じの由紀乃らしくない反応だった。そういえば、由紀乃の趣味について褒めたことって、一回もなかったからな。それで驚いたんだろう。
「由紀乃の私服って、いままで見たことなかったからな。いい感じなんじゃないか?」
「そ、そうかな。そんなに意識したわけじゃなくて、適当に着てきただけなんだけど」
「あのねー佐田さん、お姉、あんなこと言ってるけど、本当は昨日、無茶苦茶悩んでたんだよ。いい服が全然ないって」
「春奈あああ! それは言うなって言ったじゃんよ!」
いきなり赤面して怒鳴りつける由紀乃から春奈が飛び離れた。
「そうやって、いつも黙ってるから気持ちが伝わらないんじゃん? お姉、いつも言ってたよね? あたし、学校じゃイケイケだって。だったら見せてよー。いい加減にしないと、本当にあたしが佐田さんをとっちゃうよ?」
「だからつれてきたくなかったのに。殺されたいのかー!」
「やだー。佐田さん怖ーい。お姉がいじめるんですよー」
「殺す! やっぱり春奈でも殺す!」
真っ赤な顔で追いまわす由紀乃と、笑って逃げまわる春奈。盾にされてるのが俺だ。駅前の広場での追いかけっこを、通りすがりの主婦が笑って見守っている。いや巻き添え食ってる俺はたまったもんじゃないんですけど。
五分ほどして静流がきたが、それまで駅前の広場はトムとジェリーみたいな有様になっていた。
「なんか、いつも騒いでる気がするんですけど、部室だけじゃなくて、外でもなんですね。何をやってるんですか?」
不思議そうに静流が訊いてきた。そりゃ、不思議そうな顔もするだろう。
「なんでもない。静流がきてくれて助かったよ」
俺はため息をつきながら返事をした。由紀乃は唸りながら春奈を睨みつけている。春奈が怖がっている感じはなかった。なんだかんだ言って、ちゃんと手加減してくれているってわかっているらしい。要するに舐められてるってことなんだが、これは姉妹の問題だから俺が口出しできることじゃなかった。
「あ、そうそう。静流の私服も似合ってるぞ」
一応、礼儀もあるし、俺は静流に言っておいた。静流は青いワンピースである。実際、普段から清楚なイメージの静流には似合っていた。
「え、そうですか?」
何気なく言っただけなのに、静流が赤くなった。由希乃に言ったから静流にも言っただけなんだが。やっぱり褒め言葉ってのは言って損をするものではないらしい。
「佐田師匠、こういう服って、ひょっとして好みなんですか?」
「好みって言うか、静流には似合うなーって思っただけだ」
「そ、そうなんですか。嬉しいです」
赤い顔で笑いながら静流がうつむいた。視界のすみで、春奈が由希乃に近づく。
「あのさお姉? 本当に、押し倒して、力任せでもいいからものにしちゃいなよ? 既成事実をつくっちゃえば、佐田さん、きっと責任をとってくれるよ?」
「ばばば馬鹿! だから佐田とはそんなんじゃないだから」
とりあえず俺は聞こえないふりをしておくことにした。
「さ、行こうか。主人公もできたしヒロインもできたし、メインにからむサブストーリーもできたし、あとはメインの話と、実際に静流の書いた話の推敲だな」
「あ、はい。わかりました」
静流が返事をしながら顔をあげた。
「じゃ、きてください。バスはこっちですから」
「ふゥん。バスで行くのか」
「え、ひょっとして、バス代を用意してなかったとか?」
「大丈夫。スイカくらい持ってる。じゃ、行くか」
「ほら春奈、行くよ。春奈のバス代はあたしが払ってやるから感謝しな」
「やだー。佐田さんがいい」
恩着せがましく由紀乃が言ったら、春奈が言いながら俺に抱きついてきた。
「ううう。やっぱり春奈殺す」
「あの、春奈のバス代は、やっぱり由紀乃が持ってくれないか?」
バスはすぐにきた。バスに乗って、席について、静流の指示があるまで、のんびりゆらゆら待つことにする。
「あのさ、前々から思ってたんだけど」
ついでだからひと眠りしようかな、と思ってたら由紀乃が話しかけてきた。
「いままで、静流の考えたサーバナイトの、あらすじって言うの? メインストーリーって言うの? そういうのって、佐田、全然口出ししてなかったよね? そもそも、どういう話なのか、聞いてもいなかったし。キャラとストーリーのからみがどうとかくらいは言ってたけど」
「あ、そうだったな」
「それに、静流も、そういうの、全然話さなかったし。いままで不思議に思ってたんだけどさ」
「あ、はい。そうですね」
「それって、なんでだよ?」
「基本的なあらすじは、俺がつくることじゃないからだよ」
由紀乃の疑問に俺は説明した。
「俺は、静流が書こうと思ってる、サーバナイトってライトノベルを書く上での、作法とか、コツとか定石を教えてるだけだ。基本的なあらすじにまで口出しするのはルール違反になる。そういうのは書く人間が考えることだからな。どうしたいいのか? という相談には乗れるけど」
「ふゥん。そういうもんなのか」
「私は、佐田師匠が質問してこなかったから、まだ言うべきじゃないんだろうと思って、言わなかったんです」
これは静流の説明だった。静流は静流で遠慮していたらしい。
「じゃ、ここで、ちょっと聞いておこうか。静流の家に行くまでに、こっちも意見を決めておきたいし」
「あ、はい。えーと、サーバナイトはドラゴンスレイヤーのおかげで、ドラゴンが人間を認めて、ドラゴニアンも生まれてるって設定は説明しましたけど、人間を認めていないドラゴンもいるんです。で、そういうのが」
静流が説明をはじめたとき、アナウンスが流れた。
「次は、○○。次は、○○」
「あ、すみません、次で降りますから」
「お、そうか。じゃ、話は、やっぱり静流の家に行ってからだな」
「みたいだね。春奈、降りるよ」
「うん」
「あ、そうだ」
席から立ち上がりながら静流が思いだしたようにこっちを見た。
「あの、お願いなんですけど。家についたら母が待ってます。その母には、夏休みの宿題の勉強会できたんだってことにしてくれませんか?」
俺と由紀乃は顔を見合わせた。
「べつにかまわないけど」
「いいんじゃね?」
「ありがとうございます」
静流が笑顔で頭をさげた。よくわからないが、きちんとした家庭なんだろう。――この時点では、俺はそう思う程度だった。
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