第三章 起承転結の転。主人公とヒロインの間にサブキャラがからむの図。・その3
3
「おりょ」
いったん学校をでて、コンビニでスナック菓子を買って、一階の購買部の隣の自販機でジュースを買って戻ってきたら、文芸愛好会の部室から、なんか変な声が聞こえてきた。口喧嘩ってわけでもないけど、話し合いって言うか、おかしな感じである。
「ただいま。何かあったのか?」
扉をあけながら声をかけてみた。――驚いた。由紀乃、春奈、静流はいいとして、もうひとり、知らない女子高生が俺の席に座っていたのである。由紀乃と同じ制服着てるからうちの学校の人間で間違いない。ショートカットの知らない美少女だった。
「部活の見学ですか?」
訳がわからないから訊いてみた。ショートカットの美少女が困った顔をする。
「えーと、あの、文芸愛好会の部長さんですか?」
「ま、一応、そういうことになってるけど」
「そうでしたか。あの、私、日沢茉奈って言います。一年です」
「そうでしたか。俺は佐田哲朗です。二年です」
どけって言うわけにもいかないし、どこに座ろうかな、と思いながら俺は部室の扉をしめた。名字と学年からすると、静流の姉妹ってわけでもなさそうである。俺は茉奈という一年の隣に椅子を運んで座った。
「ま、どうぞ」
言い、俺はスナック菓子をあけた。コンビニで買ってきたのはいいタイミングだったな。
「ありがとうございます」
茉奈が会釈して、俺のだしたスナック菓子を茉奈が食べはじめた。
「それで茉奈は、どういう用件で」
「茉奈!?」
何気なく聞いたらギョッとされた。
「あああ、あの、いきなり下の名前で呼び捨てなんて」
「あ、そうか。ごめんごめん」
「この部活って、下の名前で呼ぶことにしてるんだよ。あたしは由紀乃で、そこの小さいのは春奈。そっちの娘は静流だし」
ありがたいことに由紀乃がフォローしてくれた。
「そうそう。だから、つい、な。悪気はなかったんだ。えーと、茉奈じゃなくて、日沢さんだっけ」
「そう呼んでください。私も、佐田先輩って呼びますから」
「そうしてくれ。俺も下の名前で呼ばれたくないから」
「は?」
普通に言ったら、あらためて妙な顔をされた。
「じゃ、佐田先輩は、この部活で、なんて呼ばれてるんですか」
「佐田とか佐田さんとか佐田師匠とか」
「――佐田師匠ってなんですか?」
「それが俺にもさっぱりわからないんだけど、なんでかそう呼ばれてるんだ」
「だって、佐田師匠は、小説で――」
静流が言いかけ、すぐに黙った。他言無用という約束を思いだしてくれたらしい。
「えーと、私がライトノベルを書こうと思ってて、それで、書き方の指南をしてくれてるから、佐田師匠なのよ」
言葉を選んで、静流が説明してくれた。とりあえず、納得した顔で、茉奈――じゃなくて日沢がうなずく。
「あの、ちゃんと自己紹介しますけど、私、御堂さんと同じクラスなんです」
「御堂って誰だ?」
質問したら、困った顔で静流が手をあげた。
「私です。御堂静流です」
「あ、そうか。悪い悪い、下の名前で呼んでばっかりだったから忘れてた。なるほど、君は静流のクラスメートか」
「はい。それから漫画部です」
「漫画部ゥ?」
由紀乃が露骨に嫌そうな顔をした。
「あたし、漫画部って、あんまりいい思い出ないんだよね。一年のとき、入部しようと思ったら、ただマンガ読みたいだけの奴なんかいらない。そういう奴は文芸部に行けって言われてさ。――そうだ。あのころは文芸部だったんだよな。まだ」
由紀乃が懐かしい目をした。確かに、あの当時は部員も十人くらいいたからな。
「私も、ライトノベルを書きたいんですって言ったら、文芸愛好会へどうぞって言われました」
静流も同じことを言ってきた。日沢がうなずく。
「確かに、あのとき、高田部長はそう言ってました。私も、御堂さんがきたとき、一緒にいたから聞いてます」
漫画部の部長は高田って人らしい。
「でも、あれから事情が変わって、ああいうのはなしにして、ライトノベルを書きたい人も仲間に入れてあげよう。私たちがイラストを描いて同人誌や会報で発表すればいいんだってことになって」
「ふゥん。ずいぶんといきなりな路線変更なんだね」
由紀乃が不服そうに口をはさんだ。入部希望で追いだされたことをまだ根に持っているらしい。
「それって、何があってそうなったんじゃんよ?」
「実を言うと、夏休み前に、高田部長、おうちの都合で引っ越したんです。で、そのあと、副部長だった西原先輩が繰り上げで部長になって。で、やっぱり、高田さんのときの、ああいうのは差別だから、入部したい人は入れてあげようって」
「あ、そういうことね。あのクソ女、もうこの学校にいないんだ。せいせいした」
「クソ女って――」
由紀乃の口の悪さを知らない日沢があきれたみたいな顔をした。つか、由紀乃の入部を拒否したのは転校した高田部長の一個先輩の部長のはずである。ま、面倒なことはいいとしよう。由紀乃もちゃんと覚えてるわけじゃないだろうし。
「とにかく、それであの、私、西原先輩――西原新部長に、私は御堂さんと同じクラスですからって言って、迎えに行ってきますって話をして、今日、きたんです」
「――ちょっと待ってくれ。静流が、言われたとおりに文芸愛好会に入会したって知ってたのか?」
「だって、夏休み前、漫画部の入部を拒否されたのに、なんだか嬉しそうにして、放課後、いつも大学ノートを持って視聴覚室のほうまで歩いていくから」
「なるほどね」
俺はうなずいた。高田部長は入部を断ったが、日沢は申し訳なく思っていたらしい。
「だから、あの、御堂さん? さっきも言ったんだけど」
俺に対する説明は終了と判断したらしく、日沢が俺から静流に視線を変えた。
「漫画部は、もう御堂さんの入部を断ったりしないから。きてくれてもいいから」
俺も静流に視線をむけると、静流は困った顔をしていた。
「あの、気持ちは嬉しいけど、いまさらそんなこと言われても。私、もう文芸愛好会に入会しちゃったし」
「え。だって、ここ、もう会報もだしてないんでしょ?」
「はっきり言うね君」
ちっとばかり厭味ったらしく言ったのに、日沢は返事をしなかった。
「せっかくライトノベルを書いたのに、発表できる場所がなかったら意味がないじゃない? 漫画部にきてくれれば、読んでくれる人もいるし」
「気持ちは嬉しいけど、私、会報や同人誌で発表する気ないし。新人賞に送るつもりでいるから」
「――新人賞?」
日沢がおうむ返しに聞き返した。
「御堂さん、プロになりたいの?」
「うん」
「プロになるのって、そんな簡単じゃないのよ?」
「それくらいは、私も知ってるから。ネットで調べたし。だけど、それでも私はプロを目指してるの」
「――じゃ、どういう話を書いてるのか、見せてくれる?」
もう俺なんかガン無視の状態で日沢が御堂に申しでた。べつに嫌な顔をするでもなく、静流がうなずいて、持ってるノートをだす。
「まだ書き上げてないけど、これ、サーバナイトっていう異世界ファンタジー。テーマと、ジャンルと、キャラ表と、あらすじと、サブストーリーと、あと、ライトノベルを書くためのアドバイスが書いてあるから。それから春奈ちゃん」
「はい?」
「その、サーバナイトの設定、ちょっと返してくれる?」
「あ、はいはい」
さっきの続きで、まだ持っていた中二ノートを春奈が静流に返した。それが、そのまま日沢の手に渡る。
「これが世界設定。夏休み中に、この話、書こうと思ってるのよ」
「ふゥん」
大して期待しているってわけでもない感じで日沢がノートを開いた。――のだが、見た瞬間、表情を変えて顔をあげる。
「これ、本当の出版社とか、プロ作家のアドバイスなの?」
「うん」
「すごい」
月並みな表現だが、目を丸くして日沢がノートをめくりだした。
「――なんか、あたりまえのことも書いてあるけど。でも、女の子をたくさんだすとか、こういうのって、読んでる人間じゃなくて、編集部もわかってて、意識的にやってたんだ。いままで知らなかった。すごい。高橋留美子先生の意見まで載ってる」
「私も、最初は驚いたわ」
「あの、これ、誰から聞いたの?」
「佐田師匠だけど?」
なんでもないって顔で言う静流の返事に、日沢が驚いた顔でこっちを見た。
「佐田先輩が? あの、これって」
「大したことじゃない。ネットで知り合ったプロ作家が教えてくれたんだ」
「そうだったんですか。じゃ、御堂さん、このあらすじは?」
「設定とキャラが決まったから、そこから、じゃ、こういう感じの話になるだろうって感じで、佐田師匠にいろいろ教わりながら、話し合いで。由紀乃先輩も手伝ってくれたし。ストーリー制作のアドバイザーって言うのかな。由紀乃先輩、マンガが好きだから、すごくためになること言ってくれたし」
「え? あたし、そんなこと言ったっけ?」
キョトンとした顔で由紀乃が聞き返した。静流が苦笑する。由紀乃は雑談してるだけのつもりだったらしい。
「あ、あの」
狼狽した顔で日沢が静流と俺を交互に見た。
「おふたりとも、漫画部にきていただけませんか?」
「――は? 俺も?」
「あの、だって、こんな高レベルのことやってたなんて、いままで知らなかったし。佐田先輩も御堂さんも、漫画部にきてくれたら、漫画部もすごいレベルアップになると思うんです。て言うか、漫画部にくるべきです。こんなところにいるべきじゃありません」
「ちょっと待てよ。あたしは?」
不愉快そうに由紀乃が訊いてきたが日沢は返事をしなかった。仕方がないから俺が手をあげる。
「悪いけど、俺は文芸愛好会で、ダラダラやってるのが好きなんだ」
「私は、佐田師匠に教わってるし。佐田師匠と一緒にいないと」
「そうそう、いいこと言うねふたりとも。だからごめんな、日沢」
少しだけほっとした顔で由紀乃がつぶやいた。日沢がおもしろくなさそうな顔で由紀乃を見る。ついでに春奈も。
「だって、こんな、意味のないところに。て言うか、そもそも、この小さい子はどなたなんですか?」
「あたしの妹だよ」
「その妹さんが、どうしてここにいるんですか? どう見ても小学生じゃないですか」
「夏休みだし、べつにいいじゃんよ? あたしの学校が見たいとか言ってたし」
「お姉の学校じゃなくて、佐田さんの学校が見たかったんだよあたし」
由紀乃と日沢のやりとりを聞いていた春奈が口をはさんだ。そのまま笑顔でこっちをむく。
「あたし、佐田さんに、あたしのお兄さんになってくださいって言ったんですもんねー? 佐田さん、いいって言ってくれましたもんねー?」
「あーそれはその」
俺、いいって言ったか? 記憶を探って返事をしようとしたが、それは不可能になった。目の前の女性陣の表情が一気に変わったのである。赤かったり青かったり、顔色は様々だった。
「ははは春奈! あんた、あたしがいないときにそんなこと言ったの!?」
「佐田師匠、春奈ちゃんのお兄さんになるって、そそそそれって」
「だから、前から言ったじゃんよ! あたしたちはそんなんじゃないって」
「佐田師匠、前に、由紀乃先輩とはそういうんじゃないって。あれ、嘘だったんですか!?」
「は? いや、嘘とか、そんなんじゃなくて」
「ちょちょっと待ってよお姉も静流さんも。誤解してるよ」
春奈がうろたえる俺をフォローしてくれた。
「あたし、ただ、佐田さんを逆ナンしただけで」
「「は? 逆ナン?」」
「不潔よー!」
いきなり絶叫したのは日沢だった。驚く俺の前で、狼狽した顔の日沢が立ち上がり、部室の入口まで駆ける。
「ここって、そんな場所だったんですか! それで御堂さんまで毒牙にかけようとして! 私、こんなところにいられません!」
ドガラピシャーン! と扉をあけて日沢が飛びだした。ダダダダだと音を立てて走り去っていく。
と思ったら、すぐに戻ってきた。
「でも、私、こんな部活は絶対に認めませんからね!」
訳のわからん捨て台詞を残して、ピシャラドガーン! と扉を叩きしめ、あらためて日沢がでていった。突然の剣幕に、由紀乃と静流もキョトンとした顔になる。
「なんだったんだあれ?」
本日のおさらい。
・「文章がうまくなりたいんでしたら、毎日、新聞を読むといいかもしれません」(庄司卓先生。要約)
・「自分のことは客観的に見られない。だから他人に感想を聞くしかない。で、自分のいいところと欠点に気づく。あとはいいところは伸ばして、欠点は直す。これが上達する練習方法」(一般論)
・「状況を描写するのではなく、伝えたいものを表現する。『ただパンツを見せるだけではダメだ。パンツを見られて恥ずかしがってる女の子を書くまでがセットなのだ!』」(出版社G。要約)。
・「うちに応募してくる人にも勘違いしてる人がいっぱいいて、変な奴だせばいいんだろうって思ってるみたいなんですけど、小説の基本はストーリーです」(出版社F。要約)
・「主人公をとにかく追い詰めろ」(ベストセラー小説の書き方。要約)
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