第三章 起承転結の転。主人公とヒロインの間にサブキャラがからむの図。・その2

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「何があったんですか?」


「ちょっとな。仲のいい姉妹の鬼ごっこに巻きこまれたんだよ。ゲホゲホ」


 ひっくりかえった机を元に戻しながら俺は静流に返事をした。訳がわかって無い静流はキョトンとしている。


「ま、何があったかは気にしないでくれ。じゃ、いつもの講義と行こうか」


「わかりました」


「ウー」


 静流が返事をし、俺の横で由紀乃がうなった。春奈が俺に抱きついてくる。


「佐田さん助けてえ」


「佐田に触るんじゃない! ていうか、最近ガチで言うこと聞かなくなってきたね春奈。もう遊んであげないよ?」


「そのときは佐田さんと遊んでもらうんだもん。ベーだ」


「ううう、やっぱり殺す」


「あの、どうして春奈ちゃんもいるんですか?」


「俺もよくわからないけど、由紀乃と一緒に遊びたくてきたんだろ」


 適当なことを言って俺は席に着いた。隣に座った由紀乃が怒りの眼光をむけると同時に春奈が後ろから抱きしめてくる。


「佐田さん、お姉が怖ーい」


「大丈夫だから」


 春奈をなだめて、俺は真向かいに座った静流を見つめた。ま、由紀乃のことだから、少ししたら怒りも収まるだろう。


「で、主人公とヒロインの主要キャラも決まったことだし、あとは基本的なストーリーとのからめ方を考えるとしようか」


 静流が考えて、俺と由紀乃がアドバイスって形で話を進めればいいと思っていたんだが、静流は少し困った顔をしていた。


「あ、あの、その前に、私、佐田師匠に質問があるんです」


「あ、そうなのか」


 自分から質問があるとは。静流も成長しようとしてがんばっているんだろう。俺は感心した。


「で、どんな質問なんだ?」


「あの、実は」


 訊いたら、静流が困ったみたいな顔でうつむいた。


「あのあと、私、自主練習もかねて、プロローグの続きを書こうと思ったんですけど。その、文章が浮かばなくなっちゃって」


「は?」


「どうしてか、急になんですけど、どう書いても、なんだか変な文章になっちゃって。頭のなかで思い描いていた情景を表現できないっていうか。それでも無理に書くと、小説じゃなくて、ドラマの脚本みたいな、セリフだらけになっちゃうって言うか」


「なんでだよ? プロローグ、ちゃんと書けてたじゃん? あれ、悪くないと思ったよ」


「俺もそう思ってたんだけど。ビギナーズラッキーだったのかな」


 俺も首をひねった。冷静に考えたら、生まれてはじめて小説を書くんだから、こういうスランプはあって当然だったのかもしれない。ライトノベルを書く基本もいいが、静流には、それ以前の初歩の初歩も教えないといけなかったようだ。


「そういえば、一シーンを書くだけなら誰でもできるけど、最初から最後まで書くのは大変だって、どこかで聞いたことがあるな」


「それで、あの、佐田師匠、こういうときはどうすればいいんでしょうか?」


「わかった。つまり、文章を上達させたいわけだな」


 俺は虎の巻を開いた。


「これは一九九六年、庄司卓先生が『倒凶十将伝 巻之伍』に書いたあとがきからの抜粋だ。『文章がうまくなりたいんでしたら、毎日、新聞に目を通したらいかがでしょうか? 現在の文学シーンを打破するような、斬新で革命的な文体を駆使したいのならばいざ知らず、単純に不特定多数の読者に自分の意思を伝えたいのなら、毎日、新聞を読み、そこに載っている文章の構成を学ぶのが、いちばん安上がりだと思います。いわゆる三面記事から有名作家や評論家のコラムなど文章もバラエティに富み、ついでにネタ探しにも役立ちます』」


 読んでから顔をあげた。静流は感心したような感じだったが、由紀乃は納得のいかない感じだった。


「それって、つまり、新聞読めってことじゃね? それだけでいいのか?」


「それだけでいいってことはないだろうな」


 俺は虎の巻を閉じた。


「そもそも、このアドバイスは一九九六年のものだ。俺たちが生まれるより前の話だし、当時と現在ではライトノベルの事情も違うだろう。確かに新聞を読めば、いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのようにした。という5W1Hの勉強にはなると思うけど、ライトノベル特有の文章を学ぶことは不可能だな。新聞には三点リーダーもないし」


「……三点リーダーてなんだよ?」


 由紀乃が変な顔をして聞いてきた。


「あ、そうか。知らないんだな。えーとだな……」


 俺は少し考えた。


「……つまりだな。登場人物が、少しの間、黙っているとか、時間が経ちましたって表現するときの点点点のことだ。ほら、プロ作家が書くことないときに行数稼ぎで使ったりもするだろ」


 横で聞いていた春奈が、あ、と声をあげた。


「お姉、あれだよ。工作の時間の切り取り線みたいな奴だよ」


「……あ、あれか」


 春奈の説明に、由紀乃も納得という顔をした。とりあえず機嫌は治っているらしい。


「ああいうのは、ライトノベルを読まないと学習できないからな。だから、新聞とライトノベルを半々で読むといいと思う」


 普通のワナビだったら、言われなくてもライトノベルを読んでるんだろうが、静流はライトノベルをほとんど読まないって言ってたからな。助言としては、このへんが的確だろう。


「あと、ちょっと追加。単純に読みやすい文章を書きたいんだったら、少しでいいから、七五調を意識するといいかもしれない」


 これも虎の巻にある、文章の書き方の秘訣だった。静流が妙な顔をする。


「七五調って、俳句とか短歌のあれですか?」


「そうそう、あれだ。もちろん、完璧な七五調にする必要はない。それやっちゃうと歌舞伎のセリフやどどいつになっちゃうからな。少しくらいの字余りや字足らずはあってもいい。ただ、日本人は、無意識に七五調で会話してるものなんだ。その辺に転がっている文章を、文節や構造ごとに切り分けて、文字数を数えてみればすぐわかる」


「本当かよ?」


 信じられないって顔で由紀乃が訊いてきた。軽く咳払いする。


「その辺に、転がっている、文章を、文節や、構造ごとに、切り分けて、文字数を、数えてみれば、すぐわかる」


 百人一首でも詠むみたいな調子で言ったのに、由紀乃は納得って表情にならなかった。


「そりゃ、そのセリフは、たまたまそうかもしれないけど」


「それからプールで、腹を冷やして、下痢便だして、死ね馬ー鹿」


 この前のプールでの由紀乃のセリフを繰り返したら、由紀乃もおとなしくなった。


「わかった。信用する」


「なんですか、いまのセリフ?」


「静流は知らなくていい。ただ、とにかく日本語の基本リズムは七五調なんだよ。歌だってそうだ。『春のうららの隅田川』のメロディーで『もしもしかめよ』が歌えたり、『めだかの学校』のメロディーでヨドバシカメラのCMが歌えるからな。なんでかっていうと文字数が七五調だからだよ。日本人の基本リズムは七五調だ」


 言われて、静流と由紀乃がブツクサはじめた。


「あ、本当だ。歌える」


「歌えます」


「繰り返すけど、本当の七五調にする必要はない。どうしてもならないときもあるし。そういうときは、一文説を三文字にするとか、四文字の文節と五文字の文節で、二文節で合計九文字にするとか、とりあえず奇数文字になるように意識しておけば、それだけでかなり軽快に読める文章になるはずだ」


「わかりました」


「ちょっと待てよ。それ、文章をタカタカ打ち込みながら、毎回文字数を数えていって、文字数がずれてたら、少しずつ微調整するってこと? スッゲー面倒じゃんよ?」


「最初は面倒だろうけど、ずっと意識的にやっていけば、そのうち身について、無意識にできるようになると思うぞ」


 俺は虎の巻を開いた。


「これは、映画『燃えよドラゴン』の言葉だ。『考えるな。感じろ』」


「――なんだよそれ?」


「つまり、基本がしっかりできていれば、あとは条件反射で行動できるってことだ。もちろん、基本ができていない人間に、こんな助言は意味がないけどな。いまの静流に必要なのは基本だ。だから、とにかく基本を修得すれば、あとは感覚で読みやすい文章を書けるようになる」


「はい、わかりました」


「それから、文末のパターンを毎回変えるって方法がある。要するに『ナントカだった。ナントカだった』という具合に連続させないってことだな。これをやるとくどく感じるから」


 あらためて、俺は虎の巻を確認した。


「具体例がこうだな。『主人公が持っているAの書類にはBのデータが書いてある。ということは、ヒロインが持っているCの書類にはDのデータが書いてあるはず。普通なら、誰もがそう考えるだろう。まさしく主人公もそうであった。ということは、ヒロインがBの真実は知ることはない。よし大丈夫だ。そう判断し、主人公はほっと胸をなでおろしたのである』――こんなふうに、毎回文末を変えれば、それだけでかなり印象は良くなるはずだ。ちなみに、これはDっていう文庫の編集部の意見でもあるみたいだな。そこで出版してる『J』という本に、似たような記述が乗っていたそうだ」


「はあ」


「もちろん『ナントカだった。ナントカだった』を連発させてキャラの特徴づけにする方法もあるけど、このへんはバランスだな」


「なるほど」


「あと、ひとつの文章で、同じ助詞は極力使わないって言うのもあるな。『ナントカのナントカのナントカの』っていうのは、やっぱりくどく感じるらしい。それよりも、『ナントカのナントカはナントカでナントカでナントカした』と書くといいらしい。たとえば、『ヒロインの誕生日は十二月なので、クリスマスパーティーと一緒にやりました』なんて感じにしておくってことだ。ま、これも、わざと『ナントカのナントカのナントカの』てやって特徴にする手もあるけど、このへんもバランスだから」


「――全部バランスなんですね」


「そりゃ、まァ、絶対にやらなくちゃいけないって決まりでもないからな。そういうことをやれば読みやすくなるって理解している程度でいい。言ってみれば、こういうのは心得だ」


「心得ですね。わかりました」


「ついでに。ライトノベルじゃないけど、江戸川乱歩先生の二十面相シリーズと、山中恒先生の児童文学は読んで損をしないだろうな。二十面相シリーズはさすがに文章が古臭いけど、読みやすさっていう点では、やっぱりトップクラスだ。山中恒先生も負けてない。読みやすければ、やっぱり読者もとっつきやすいだろうし」


「江戸川乱歩先生と山中恒先生ですね。図書館で借りてみます」


 静流がうなずいてノートを開いた。高校生が読む本じゃないから図書館の職員は妙な顔をするだろうが、ま、それはいいとしよう。


「で、読んでたら、文章ってうまくなるのか?」


「残念ながら、それは無理だと思う。これは知識をつける作業だからな」


 矛盾するような返事をしながら、俺は質問してきた由紀乃に目をむけた。


「逆にこっちから質問。由紀乃はマンガを読む。で、マンガみたいな絵を描けるか?」


「――何を言ってるんだ馬鹿じゃないの? 描けるわけないじゃん」


「そう。それと同じだ」


 俺は静流にむきなおった。


「読むだけなら、こう書けばいいんだという知識は吸収できても、実際に書く技術は上達しない。あとは実際に書いて、俺たちに読んでもらうことだな。えーと」


 俺は虎の巻を開いた。


「一般論に、こういうのがある。『こいつは俺より下手だな、と思ったら、そいつはお前と大体同じぐらい。こいつは俺と同じぐらいだな、と思ったら、そいつはお前よりも上。こいつは俺よりうまいな、と思ったら、そいつはお前の遥か先を行っている 』つまり、自分のことは客観的に見られないってことだ。だから他人に感想を聞くしかない。で、自分のいいところと欠点に気づく。あとはいいところは伸ばして、欠点は直す。これが上達する練習方法だな」


「それは――わかりました」


 静流がうなずいた。それはいいんだが、さっきと違って、あんまり納得していない感じである。


「あの、でも、いいですか? 実際に書いて練習するって、あたりまえのことなんじゃないんでしょうか?」


「あたりまえのことだってわかってるんならやればいいんだよ」


 俺が言ったら静流がおとなしくなった。


「スポーツだってそうだろう? どうすればうまくなりますか? 練習すればうまくなります。どういう練習をすればいいんですか? 上手な人の動きを見て技術を盗みましょう。それと同じだ。プロ作家の本を丸写しする、写経って練習方法もあるらしいし」


「――私、プロ作家って、もっとすごい秘密の技術を持っているんだと思ってました」


「俺も最初はそう思っていたよ。ネットで知り合ったプロ作家は何もないって言ってたけどな」


 案外、実はすごい技術を使っているのに、無意識でやっているから自覚がないだけなのかもしれないが、そんなものは出版された本を読んで吸収するしかなかった。


「ついでだから、このへんのアドバイスも言っておこうか」


 なんか静流が悩んでるみたいなので、追加で俺は虎の巻を開いた。


「これはバクマン。からの引用だ。『連載を勝ちとるには、努力、うぬぼれ、運。連載を勝ち獲ってからは、体力、精神力、最後は根性』。だから、とにかくがんばるのが一番だと思う」


「はァ。努力、うぬぼれ、運ですか」


 神妙にうなずく静流と対照的に、由紀乃が不服そうな顔をした。


「努力とうぬぼれはいいとしても、運はどうにもならないんじゃね?」


「それがどうにかなるらしい。これは極真会館大山倍達総裁の言葉なんだけどな。『ただし、運とは、日々の努力がもたらすものではありますが』。つまり、努力していれば運も巡ってくるってことだ」


「ラノベのアドバイスになんで極真会館がからんでくるんだよ?」


「いいんじゃないか? 文章の上達もスポーツの上達もやり方同じなんだから、応用は効くと思う。えーとそれからだな」


 俺は虎の巻をめくった。


「さっきの、文章の上達に関するアドバイスの補足だ。これはGっていう文庫の、二〇一四年七月九日のツイッターからの引用みたいだな。『文章が書き手の伝えたいことを読み手に伝えるための手段である以上、そこには必ず“伝えたいこと”という目的があるはず。逆に言うと、その目的が曖昧なままでは、書かれた文章が正しいかどうかの判断がつきません。んで作品を書く場合、事実を正確に伝えることはファーストステップに過ぎず、伝えた事実によってさらに伝えたい何かがある、それが伝わって初めて作品の文章として成立する、ということを大切にして欲しいのです。別に名文である必要はありません。きちんと伝えるべきことが伝わればいいんです。その伝えるべきことが何か、を少しだけ考えてみてください。1次を突破できない作品というのは、だいたいその“伝えるべきことが伝えられていない”ことが大変多いのです。考えぬかれた設定も、凝った構成も、すべての要素が、最終的には文章を通じて受け手に伝えられます。明快でわかりやすい文章を書いているのに1次が突破できない、2次止まり、という方は、事実を明快に伝えるその先に文章の目的がある、ということを意識してくださいませ』」


「――長いよそれ。何を言ってるのかわからないし。要するに、どういう意味なんじゃんよ?」


「つまり、状況を描写するのではなく、伝えたいものを表現する。『ただパンツを見せるだけではダメだ。パンツを見られて恥ずかしがってる女の子を書くまでがセットなのだ!』てことだな」


「またスケベ関係かよ」


「べつにスケベじゃなくてもいいけどな。要するにそういうことだ」


 俺は虎の巻を閉じた。


「とりあえず、アドバイスはしたから。あとは家で自主練習。本人の努力次第だな」


「わかりました。がんばります」


 静流が真剣な顔でうなずいた。ライトノベルも、いざ書いてみると意外に難しいと悟ったらしい。


「あの、ちょっといいですか?」


 ここで春奈が質問してきた。


「さっきから見てると、佐田さんって、その虎の巻を見て、それで講義してますよね? で、静流さん、それを聞いて、ノートに書きこんで勉強してるみたいですけど」


「「そうだけど?」」


 たまたま俺と静流の返事がハモった。


「見てて思ったんですけど、だったら、佐田さんの虎の巻を、そのまま静流さんに渡せば、それでいいんじゃないんですか?」


「――あ。そうじゃん。それ読んだらいいんだから、何も佐田が教える必要ないんだよ」


 由紀乃も気がついたみたいな顔で同意した。というか、ぶっちゃけいままで俺も気がつかなかった。そうだよ。これ渡せばよかったんだ。


「佐田、その虎の巻、静流にあげなよ。それで全部解決するから」


「そうだな。じゃ、そういうことで」


 俺は虎の巻を閉じた。で、そのまま由紀乃に渡そうと思って視線を変えて、驚いた。静流が無茶苦茶焦った顔をしていたのである。


「あ、あの、なんていうか、その。それじゃ困るんです」


「なんで?」


「だって、私がここにくる理由がなくなっちゃうって言うか、その」


 静流が妙なことを言ってうつむいてしまった。


「あ、そうだ。それだと、私、ちゃんとライトノベルを書く勉強ができないんです。ほら、学校の授業だって、先生がいるから勉強するんじゃないですか。先生がいなくて自習って言うと、みんなサボっちゃうし」


 あわてたみたいな顔で静流が説明をはじめた。


「それと同じで、私、佐田師匠に教えてもらって、見てもらってないと、だらけちゃうから。その虎の巻は佐田師匠に持っていてほしいんです。それで私のことを見ててくれたら、私、真面目にライトノベルの勉強ができますし」


「――なるほど。そういえば、逃げだそうとする漫画家を担当さんが追いかけまわすってシーンを見たことがあるな。ビシッと見ている人間は必要か」


 俺が感心してうなずいたら、静流も嬉しそうな顔をした。


「でしょう? それに、さっきも言っていたじゃないですか。文章を書いたら、読んでもらって感想を聞いて、いいところと欠点に気づくって。私、佐田師匠に、私の書いた文章を読んでもらわなくちゃいけないし」


「あたしは?」


「あ、もちろん由紀乃先輩にもです」


 あわてて付け足す静流の横顔を見ながら、俺は虎の巻をひっこめた。


「静流がそう言うなら、そういうことで行く。教えられることは、これからも俺が教えるから」


「はい、佐田師匠」


「じゃ、文章を書くためのトレーニング方法とコツは、これで終了。ひきつづき、本題に行こうか」


「はい。サーバナイトのストーリーですね」


 静流の眼が輝いた。


「なんか生き生きしてるな。ま、それもしょうがないか。ストーリーはライトノベルで一番大事な基本だし」


「は?」


 つづいて静流の話を聞こうと思ったら、由紀乃が妙な声をあげた。


「ちょっと待ってよ。それ、おかしくね? 佐田、前に言ってたじゃん。ライトノベルはキャラクター小説だって。それに、キャラクターが一番とかなんとか。だから、ストーリーは二番なんじゃね?」


「あ、そうですね」


 静流もうなずいて俺を見た。なるほど、そういう誤解か。


「ちょっと説明が悪かったか。えーとだな」


 もう一度、俺は虎の巻を開いた。


「これは出版社Fで聞いた話だ。『うちに応募してくる人にも勘違いしてる人がいっぱいいて、変な奴だせばいいんだろうって思ってるみたいなんですけど、小説の基本はストーリーです』。ライトノベルの編集部でも、こういうことを言ってるんだ。小説の基本はストーリーだって考えて間違いない」


「――じゃ、なんでライトノベルはキャラクター小説なんじゃんよ?」


「読者が目当てにしてるのはストーリーじゃなくてキャラクターだからだよ。たとえ話で言うけど、デコレーションケーキってあるよな? あれで一番大事なのはなんだ?」


「ローソクに火を点けて吹いて消すことに決まってるじゃん」


「そりゃデコレーションケーキじゃなくてバースデーケーキだ。ま、ショートケーキでもなんでもいいんだけど。とにかくケーキがあって、一番食べたいのは?」


 俺の質問に、三人がちょっと考えた。


「えーと、あたしは、イチゴかな」


「あたしもお姉と同じでイチゴ。あとクリーム」


「私は、チョコレートかもです」


「そうそう、それでいい。その、ケーキのイチゴやクリームやチョコレートが、ライトノベルで言うところのキャラクターにあたるんだ。つまり、消費者が一番欲しているものだな。ただ、ケーキはクリームやイチゴやチョコレートだけでできているわけじゃない。土台にスポンジケーキってのが存在する。デコレーションケーキを食べるときに、スポンジケーキを楽しみにしている人って、あんまりいないと思うけど。これがライトノベルで言うところのストーリーだ。さて、ここで質問。ケーキの形を支えているのはなんだろうな?」


「――あ、そういうことか」


「なるほどです。わかりました」


「というわけで、ストーリーを土台のスポンジケーキに見立てて、魅力的なキャラクターをクリームやイチゴやチョコレートに見立てて、デコレーションケーキをつくるイメージで話を書いていけば、ライトノベルとして成立するはずだ」


「ですね。じゃ、キチンとしたストーリーを考えないと」


 静流がうなずいて、あらためて俺を見つめた。


「あの、私が考えているサーバナイトのあらすじなんですけど。あらすじって言うか、本筋って言うのかな。それは、ラスボスと戦って、主人公が勝つ予定なんです。でも、それだけじゃ、内容が薄いって思っちゃって。だから、何かサブストーリーもからめたいって思ったんですけど」


「それがヒロインたちとの恋愛だったんじゃね?」


「それもそうなんですけど、それ以外に。ほら、サーバナイトの設定で、主人公の佐竹鋼哲朗はドラゴンスレイヤーですけど、その前のドラゴンスレイヤーがいるってことになってるじゃないですか。だから、ドラゴンと人間の、両方の血をひくドラゴニアンがいるんだし」


「そうだったな」


「ちょ、ちょっと待ってください。サーバナイトってなんですか?」


 春奈が質問してきた。これはもっともな話である。静流が苦笑した。


「あのね春奈ちゃん。サーバナイトって言うのは、私が書こうと思っているライトノベルの設定なのよ。で、そのあらすじを、いま考えてるの」


「ふゥん。それでみんな、夏休みなのに学校に集まってたんだ」


 春奈が納得した顔をした。


「で、どういう話なんですか?」


「えーとね。これ見ればわかるから」


 静流が春奈にサーバナイトの設定ノートを渡した。春奈が受けとる。


「へェ。これって中二ノート?」


 おもしろそうに春奈がページをめくりだした。パラパラっと見て、急に顔をあげる。


「こういうのって、普通、他人に見られるの、恥ずかしいんじゃないんですか? 夜中のアニメでも、こういうの読まれて『やめてくれー』って、のたうち回る奴を見たことあるんですけど」


「あ、その設定、私が書いたんじゃないのよ。静香ちゃんってって言う、べつの人でね。私、その静香ちゃんの考えた設定でライトノベルを書こうと思ってて」


「その、静香ちゃんていう人は?」


「実は、もういなくって」


「そうなんだ」


 あくまでも静香ちゃんが書いた中二ノートってことで押し通すらしい。ま、そういうことにしておけば、いくら朗読されても恥ずかしくないからな。


「それで、サブストーリーなんですけど」


 中二ノートをパラパラやってる春奈から視線をそらし、静流がこっちをむいた。


「サーバナイトの設定で、前のドラゴンスレイヤーの子孫がいるってことにしたいんです。で、ドラゴンスレイヤーズソードって言う、選ばれた剣があって、それを守ってるんですけど。そのキャラが『ちょっと待ってくれ。ドラゴンスレイヤーを受け継ぐのは自分なんだ。そんな、べつの世界からきた人間なんか、認めるわけにはいかない』て言って、主人公の佐竹鋼哲朗に突っかかっていくんです。こういうの、どうでしょうか?」


「いいんじゃん?」


 俺じゃなくて由紀乃が返事をした。


「ドラゴンスレイヤーズソードって、なんか、聖剣エクスカリバーみたいで格好いいし。ほら、そういうの握って、光り輝いたら、剣がそいつを主と認めたとか、そういうエピソードあるじゃん」


「あ、そういう設定あります。ドラゴンスレイヤーズソードは、選ばれた人間しか使うことができないってことになってますから」


「そういうのは俺もいいと思う。お約束だけど、いい展開だ」


 由紀乃にうなずいて、俺は静流を見た。


「で、そのキャラクターの特徴は? もう決まってるか?」


「やっぱり、女の子にしようかなって思ってます。ほら、主人公以外は女子にするのが基本だって佐田師匠も言ってたし。あと、ドラゴニアンのマリアと同じ、サーバナイトの学園で、すごく高い地位にいるお嬢様って感じにしたいです。ほら、英雄ドラゴンスレイヤーの子孫だから」


「なるほど。悪くないと思う」


 サーバナイトの設定から考えて、ドラゴンスレイヤーの跡継ぎ争いってのはいけそうである。俺は虎の巻を開いた。


「これは『ベストセラー小説の書き方』にあった、重要な点五つのうちのひとつだな。『二、 主人公をとにかく追い詰めろ。主人公にどんどん無理難題を押し付けて、その度に何とかしてそれを乗り越える。その為に、問題、その解決策が思い浮かぶまでは小説を書いてはいけないと主張。そうじゃないと、無理難題をご都合主義で解決することになってしまう』」


 言って、俺は顔をあげた。


「だから、いまみたいなライバルをだして、なかなかドラゴンスレイヤーとして認められない、なんて感じにするのは、間違ってない考え方だと思う」


 言ったら静流が嬉しそうにした。


「ありがとうございます。それで、性格なんですけど。やっぱり、主人公の佐竹鋼哲朗に突っかかっていく形にしたいんです。『どっちが本当のドラゴンスレイヤーなのか、勝負しなさい』って感じで」


「あ、いいかもな。ドラゴニアンのマリアがマジラブで、ケモミミのジルがツンデレなんだから、そういう、主人公にケンカを売るタイプがいると、キャラクターの差別化ができるかもしれないし」


「で、最後は、やっぱりデレるのかよ?」


 由紀乃が訊いてきた。


「ほら、ラストは『仕方がないな。認めてやるよ』なんて感じで。そういうの、パターンじゃん?」


「あ、いいですね。ラストバトルで、佐竹鋼哲朗がドラゴンスレイヤーズソードを自在に使いこなして、それで『自分にできなかったことを、あいつはやってのけた』なんて感じで。そのアイデア、もらっていいですか?」


「べつにいいよ。あたしがライトノベル書くわけじゃないし」


「ありがとうございます」


 嬉しそうに静流がもうひとつのノートにメモをはじめた。


「それで、その、ドラゴンスレイヤーの子孫の名前は?」


「えーと、初代ドラゴンスレイヤーはランズガルドって名前で、その子孫だから、それに似た名前にしたいです」


「リンとかルンってどうですか?」


 これを言ったのは春奈だった。目をむけると、おもしろそうに中二ノートをパラパラめくっている。


「ほら、ランズガルドがランだから、その子孫で、リンとかルンとか」


「あ、いいわね。ルンは、なんだかルーン文字っぽいから、リンにしようかな」


「すると、ニックネームはリンで、フルネームはリンズガルドになるわけか」


「――ズガルドって、女の子っぽくないですね。リンズガルドじゃなくて、リーンにします。それなら女の子っぽいし」


 言って、静流がメモしはじめた。サブストーリーと、主人公に突っかかるサブキャラクターは、これでOKだな。


「じゃ、今日のところは、これで終了かな」


「え、おわりなんですか?」


 俺が言ったら、春奈が残念そうな顔をした。


「せっかく知らない学校にきたんだし、あたし、もっと遊んでいきたいです」


「あ、そうなのか。――そうだな」


 俺は少し考えた。ま、夏休みだし、春奈みたいな小学生が高校のなかを歩きまわっても問題ないだろう。


「じゃ、ライトノベルを書く講義はこのへんにして、あとは学校探検でも」


 言いかけて、俺は気づいた。さっきから、水も飲まずにしゃべりっぱなしである。そろそろ三時だし。


「ちょっと休憩しようか。学校探検はジュースを飲んでからだ」

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