第三章 起承転結の転。主人公とヒロインの間にサブキャラがからむの図。・その1
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文芸愛好会の扉をあけたら春奈がいた。Tシャツに半ズボンという格好で、俺を見て笑いかける。
「佐田さん、こんにちは」
「あれ、こんにちは」
あいさつをして、俺は部室内を見回した。由紀乃の姿はない。
「お姉さんは?」
「お姉だったら、あとでくると思います。あたし、黙ってきちゃったから」
いたずらっぽい顔で春奈が言った。
「じゃ、君、勝手に高校に入ってきたのか?」
「勝手じゃありませんよ。ちゃんと事務室に話をして、文芸愛好会の部室はどこですかって聞きましたもん」
「へえ」
どういう風に話をしたんだろうな、と疑問に思いながら俺は椅子に座った。
「で、お姉さんに黙ってきて、春奈は何がしたいのかな」
「えーとですね」
俺のむかいで、春奈が笑顔をむけた。
「逆ナンかな」
「は?」
聞き間違えかと思ったが、そうではなかったようだ。
「ぎゃ、く、な、ん。です」
「それって、俺に?」
「他に誰がいるんですか?」
「――そりゃ、まァ」
これはうなずくしかなかった。
「でも、なんで?」
「佐田さんが優しくて格好いいからですよ」
意外なことを言ってきた。俺なんて由紀乃に下痢便だして死ねって言われてばっかりなのに。
「俺って優しくて格好いいのか?」
「格好いいじゃないですか。背も高いし。お姉だって――あ、いけね。これ言ったら殺される」
あわてた調子で春奈が口を押さえた。ま、聞かなかったことにしておこう。あらためて春奈が笑顔で俺を見つめる。
「ちょっと違う話をしますけど。佐田さんって、お姉を助けてくれたことがあるんですよね?」
「は? あァ、まァ」
俺はあいまいにうなずいた。
「それって、どんな感じだったんですか?」
「どうって――なんか、囲まれてたんだよ。由紀乃が。ほかの女子に」
どんなだったっけ、と思い返しながら俺は説明した。
「この高校に入って、すぐだったな。ほら、由紀乃も君も、はっきり言って、言葉の使い方がおかしいだろ? 不遜って言うか、毒舌って言うか。由紀乃に悪気はないみたいだけど。それで、なんなのあなたって感じだったらしいんだ。これは、俺もあとで聞いたんだけど。ただ、とにかく空気が悪かったから、俺が、まァまァって声をかけてさ」
思えば、あれが由紀乃と知り合ったきっかけだったのだ。春奈が感心したような顔をする。
「それって、怖くなかったんですか?」
「怖かったよ。女子ばっかりだったけど、なんか、ずいぶんと空気も殺伐としてたし。あ、これ、俺が殴られるんじゃないかなって不安だった」
「でも勇気だしてお姉を助けてくれたんですか?」
「だって、見て見ぬ振りもできなかったしな。まァ、無茶苦茶言われたけど。なんだテメーとか、関係ない奴はひっこんでろとか、男が口だしてんじゃねーよとかなんとか。いま思い返してみると、由紀乃に突っかかっていった連中も口が悪かったなー」
「それで、どうやってお姉を助けたんですか?」
「仕方がないから、うるせーぞって、でかい声で怒鳴りつけて、わざと険悪な目をしてにらみつけて回ったら静かになったんだ」
喧嘩の基本は第一印象で決まるらしい。要するにハッタリが重要だって、何かの本で読んだことがある。物は試しで実践してみたんだが、あのときはうまくいった。おかげで女子を殴らずにすんだし。
「えー佐田さんが怒鳴ったんですか? 嘘だァ」
春奈がけらけらと笑った。いまの俺からは怒鳴る姿が想像できないらしい。
「ま、どうやってお姉を助けたのかは聞かないでおきます。お姉を守ろうとして女子にフルボッコにされた、なんて、いくら佐田さんでも、恥ずかしくて言えないでしょうからねー」
怒鳴りつけたのって本当なんだが、ま、それでいいとしよう。
「ただ、お姉の話がわかりました。お姉、いつも言ってるんですよ。あのとき、お礼を言わなくちゃいけなかったのに、言えなかった。いつか言うって」
「へェ、気にしてたのか」
そんなもん、気にしなくてもいいのに。
「ただ、全ッ然好きじゃないとも言ってました。あんな奴、優しくて格好いいけど――ヤベ、殺される――とにかく、絶対に好きじゃないって」
「我ながらひどい言われようだな」
「だから、あたし、もらっちゃおうかな、て思っちゃって。お姉、あたしが欲しいって言ったものはくれるから」
おもしろそうに言って、春奈が俺に笑顔をむけた。
「とにかく、あたし、それで佐田さんを逆ナンしにきたんですよー」
「気持ちは嬉しいけど、君、何歳だっけ?」
「一〇歳です」
「じゃ、悪いけど、俺たち、年が離れすぎてるから」
笑って俺は断った。春奈も笑っている。おもしろい娘だけど、大人をからかうのは感心できない。
「ま、いまは夏休みだし、遊びにくるだけなら、普通に歓迎するよ。というか、春奈にも小学校の友達くらいいるんだろうし、その友達と遊べばいいんじゃないか」
「だってあいつら餓鬼ばっかだから。女子はマンガの話しても通じないし、男子はあたしのことババアって言って馬鹿にするし。あんな奴ら、腐った牛乳飲んで下痢便も飲んで死ねばいいんだ」
やっぱり姉妹だな。言うことがそっくりだ。つか、下痢便飲むって由紀乃以上かも。
「友達はいいもんだぞ。ま、男子がババアとかなんとか言うのは、女子にかまってもらいたいだけだから無視していいと思うけど、女子の友達は大切にしておくべきだな」
「ふゥん。そういうもんなんですか」
あんまり納得できないような顔で春奈が返事をした。
「お姉も、学校で話の合わない連中とは友達にならないって言ってたんですけどね。あんな連中、下痢便だして死ねばいいんだって」
「そこは、いくらお姉さんのやることでも、見習っちゃまずいんじゃないかな」
「うーん、考えたら、そうかも。どうせ血もつながってないし」
言ってから、ちらっと春奈が俺の顔をうかがって、意外そうな顔をした。
「あれ? 驚かないんですか?」
「両親が再婚したんだろ? もう由紀乃から聞いてる。なんでもないって顔で説明してた」
「あ、そうなんだ。ちょっと残念。でも、どうせ血のつながらない家族なら、あたし、佐田さんの義理の妹がよかったかな。佐田さん、あたしのお兄ちゃんになってくれますか? あたし、かわいい義理の妹になりますよ?」
変わったことを言ってくる。俺は少し考えた。――ダメだ。こういう冗談の切り返しはデータにない。
「ごめんな。俺、義理の妹とシスコンごっこって、あんまり興味ないんだ」
仕方がないから能のない返事をした。春奈がつまらなそうな顔をする。
「ちぇ」
「それに、かわいい義理の妹なら、義理のお姉ちゃんの言うことをちゃんと聞くことだな。ただ、下痢便だして死ねとか、そういうところはお姉ちゃんの真似をしなくてもいいぞ」
春奈が少し考えてからうなずいた。
「じゃ、夏休みおわったら、少しは学校の女子と親切にしてやろうかな。男子は馬鹿でイラッとするから無視するけど」
「そうそう、それでいい」
「でも、佐田さんを逆ナンするのは本気ですよあたし?」
言いながら春奈が笑いかけた。
「お姉に何回も確認したけど、佐田さんのことなんか絶対に好きじゃないって最後まで言い張ったし。だったら、あたしが佐田さんに声をかけてもいいことになるから。佐田さん、あたしと付き合ってください」
「何度も言ってる。答えはNO」
「愛さえあれば年の差なんて」
「べつに愛なんてないし。春奈が高校生くらいになって、それでも気持ちが変わらなくて、で、俺もひとり者だったら、そのときに、もう一回告白してくれ。いまの話はなかったことにするから」
冗談はこのへんで終了である。俺は虎の巻をだした。
「それ、なんですか?」
春奈が興味深そうにのぞきこんできた。
「静流がライトノベルを書きたがってるから、その助言に使うまとめ集だよ。要するに虎の巻だ」
「へえ。ちょっと見せてください」
言うから渡したら、春奈がおもしろそうに読みはじめた。
「えーと何何? 出版社F。公募の受賞作って、基本的に売れないんですよ。何故かと言うと、王道ではない、ちょっと変わった話が受賞するからです。もちろん、既存のプロが売り込みにきて書いてもらう場合は売れ線を書いてもらわないと話になりませんが、か。へー」
感心したように言いながら春奈が顔をあげた。
「ところでライトノベルってなんですか?」
「マンガみたいなおもしろい小説のこと」
「あーあれか。夜中のアニメの原作か」
「そうそう。そういう奴だ」
「あれ見てお姉はブチ切れてたんだよねー。あたしは好きだったんだけど」
虎の巻をパラパラやりながら春奈が言いだした。
「そのくせ、いつも見てて、それでブツクサ言うんですよ。好きな人がいて、いつも一緒にいるのに、相手がわかってくれないときの気分なんて、こんなものじゃない。あたしなんて、毎日TSと一緒にいるのに。あの鈍感クソ野郎なんか下痢便だして死ねばいいんだって」
「春奈アァァ!」
いきなり、ドガラピシャーン! と部室の扉が開く音がした。ギョッとなって振りかえると、鬼みたいな形相の由紀乃が立っている。なんでか顔が真っ赤だった。
「おおおおおお姉!?」
「朝飯を食ってすぐにいなくなったからどこに行ったのかと思ってたら。しかも、そのことは言うなって、あんなに言ったのに。優しいお姉様の言うことが聞けなかったのかー!?」
「ごごごごめんお姉、ちょっと、勢いで、ポロっと」
「殺す! いくら春奈でも殺す!」
「ギャー! 佐田さん助けてー!」
「佐田に触るな! 佐田はあたしのもんだ!」
「いや俺はものじゃないって!」
すごい形相で飛びかかった由紀乃と、俺に抱きついてきた春奈。巻き添え食った形で俺まで。ていうか、春奈がつかんだのは俺のネクタイである。そのまま逃げようとするから俺の首マジで絞まってる絞まってる死ぬ死ぬ死ぬ。俺をひきずって逃げようとする春奈と、すさまじい剣幕で追いかけまわす由紀乃で部室はグチャグチャになりかけた。
静流がこなかったら俺は窒息していたかもしれない。
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