第一章 起承転結の起。主人公、ヒロインと出会うの図。・その3

       3




「ごめん、記憶違いしてた。入会手続きに印鑑が必要だったのは去年までだったんだ。今年からはサインだけに簡略化されてたから」


 翌日、虎の巻を大型ホッチキスで閉じた俺は、文芸愛好会で静流に大嘘を並べた。静流は疑うでもなく、


「あ、そうだったんですか。わかりました」


 と返事をして、書類に御堂静流と書きこんだ。隣にいる鴻上由紀乃もである。


「さてと、これで君たちは、正式に文芸愛好会の会員になったわけだ」


 俺は書類を部室の書類棚にしまい、ポケットから虎の巻のメモをだしながらふたりのほうをむいた。由紀乃はいつもの様子だが、静流は脇にノートを挟んでいる。


「ひょっとして、それが?」


 確認したら、静流が笑顔でうなずいた。


「はい。サーバナイトの設定資料です」


「中二ノートってわけか」


 由紀乃が茶化すみたいに言ったが、静流の笑顔は変わらなかった。


「はい。私の大好きな設定なんです」


「――あ、そう」


 由紀乃が期待外れの顔をした。からかうつもりで言ったのに、かえって嬉しそうにされて拍子抜けしたらしい。つか、中二設定ノートなんて、普通は読まれたら恥ずかしがるものだと思ってたんだが、喜んで持ってくる人間も世のなかにはいるのか。


「それで、あの、佐田師匠。昨日のお話にあったキャラクターなんですけど」


 さっそく静流が切りだした。


「私、考えたんですけど、主人公は魔法少女にしようと思うんです。ファンタジー世界だから、やっぱり魔法を使う主人公がいいんじゃないかと思って」


「はいストップ」


 俺は虎の巻を開いた。


「佐田師匠、それ、なんですか?」


「これは、プロ作家が、あっちこっちの出版社に出入りして聞いてきたアドバイスの虎の巻だ」


 それにしても、念のため、昨日のうちに軽く目を通しておいたのが幸いした。


「これは、ある作家さんが二〇一四年に言ったセリフなんだけどな。編集部に、何出しても『舞台を学園しろ』『主人公は男以外ダメ』『主人公以外の主要キャラを女にしろ』『ラブを入れろ』ばかり。だそうだ」


「――え?」


 静流が、少し残念そうな顔をした。


「じゃ、主人公は男じゃなくちゃいけないんですか?」


「ま、とりあえず、そうするのが賢明だな」


 実際問題、主人公が女子ってのは、ライトノベル業界では、あるにはあるものの、そう多くはない。


「あのさ」


 横で聞いていた由紀乃が手をあげた。


「そりゃ、ライトノベルは少年マンガっぽいってのはわかるよ? で、少年マンガなら主人公は男じゃん? それもわかる。でも、だからって、絶対に男じゃなくちゃいけないってわけでもないんじゃね? テンプレって飽きられるし。例外的に、主人公が女でもいいんじゃん? そういうのって、珍しがられるから目を惹くんじゃね?」


「もちろん、そういうオリジナリティが悪いとは言わない。むしろ必要だとは俺も思う」


 俺もそれは認めた。


「ただ、静流の場合は、今回、はじめてライトノベルを書くんだ。最初なんだからテンプレでいいんだよ。テンプレってのは、言い換えれば王道だし、様式美でもある。まず、基本中の基本である、型を修得することが、いまの静流には必要なんだ」


 あらためて、俺は虎の巻を開いた。


「これは、歌舞伎役者の市川猿之助丈先生の意見だ。『型破りというのは、既にある型を勉強し、良いところは採り、時代に合わせて変えるべきところは変える。本来の型を知って学んで認めて、だからこそ型破りなんです。型を勉強もしない認めもしない、知りもしないで勝手なことをやるのは、それは型破りではなくて、型なしです。そういうことをすると、形無しになっちゃうんです』」


 朗読してから顔をあげると、静流も由紀乃も妙な顔をしていた。俺の言っていることがよくわからないらしい。


「つまりだな、たとえばボクシングで言うと、何キロも何十キロも走りこんで、サンドバッグを叩き続けて、ジャブもストレートも試合の駆け引きもすべて習得した人間だからこそ、パワーファイターとかスピードスタートかフリッカー使いとかよそ見とかカエルパンチとか、そういうオリジナリティのある闘い方ができるようになるんだ。そういうのを無視して、いきなりボクシングの試合中に蹴りをだしてオリジナリティだって言ったら反則負けになるだろ? ――確か、SF作家の山本弘先生も、何かの本で同じようなことを言ってたな。料理の基本を踏まえた人間が、いままでにない組み合わせを考えだして創作料理をつくるのはいいが、包丁を握ったこともないド素人が、せっかくの素材に無茶苦茶なことをしても、それは料理とは呼べないって」


 家に帰ったあとで確認したが、これは「トンデモ本?違う、SFだ!」にある記述だった。それはいいんだが、相変わらず、由紀乃は難しい顔をして俺を見ている。


「もっと簡単に説明できる?」


「友情、努力、勝利の基本を無視して、友情、努力、敗北なんて話を書いてもだめだってこと」


「あ、それならわかります」


「ふうむ」


 静流がうなずき、由紀乃が考えこんだ。


「それって、つまり、まずは形から入れってことじゃね?」


「ま、いい意味で、そういうことになるな。ごたごた考えずに、とにかく形を覚える。習うより慣れろとも言うし。これは芸事の基本だ」


 肯定して、俺は静流に向き直った。


「というわけで、とりあえず、主人公は男ということで。これが基本の型だから」


「はい、わかりました」


 静流がおとなしくうなずいた。こっちは素直で助かる。


「じゃ、あの、主人公は男ってことで」


「ほかはどうするんじゃんよ? 学園とか女キャラとかラブってのは?」


「あ、それもありましたですね」


 由紀乃の質問に静流が少し考えた。


「サーバナイトは異世界でファンタジーだから、学園ものにはできないですね。どうしよう」


「そこは、ファンタジーで学園ものにすればいいんだ。魔法学校とか」


「あ、そうか。そうですね。あと、女キャラとラブは、なんとかできるかな。考えます」


「じゃ、主人公は男で、あと、ヒロインがひとり。これで決定じゃん」


「それから、第三キャラだな」


 納得しかけた静流と由紀乃に俺がつけたした。


「「第三キャラ?」」


 ふたりしてハモって聞いてきた。視線をそらして、虎の巻をめくる。


「えーとだな。これはFっていう文庫で、一九九八年から二〇〇四年の間に聞いた話らしいんだけど。『メインキャラはボケとツッコミのふたりだけでなく、三人目を入れてください。ボケその2でもツッコミその2でも、その他の仲裁役でもいいから。メインがAとBのふたりだと、会話がAとBふたりの間だけの一種類になってしまいますが、A、B、Cの三人だと、AとBの会話、BとCの会話、CとAの会話と、会話のバリエーションが一気に増えます』だそうだ」


 虎の巻を朗読して、俺はふたりを見た。ふたりは、何か考えるような顔をしている。


「あ、そうか。そう言われたら、そうじゃん。ひとり増えただけで、会話のパターンって増えるんだな。気がつかなかった」


「ですね」


 少しして、ふたりとも納得したような顔をした。今度はわかりやすかったらしい。


「じゃ、あれじゃね? 主人公が男で、恋人役のヒロインがいて、あと、恋敵のライバルがいて、それで熱血するって言う、少年マンガのパターンで行けばいいんじゃね?」


「なるほど、じゃ、登場人物は、その三人で」


「ただ、恋敵のライバルだと、そいつも男になっちゃうな。主人公以外の主要キャラを女にするのは無理じゃね?」


「はいストップ」


 ここでも俺は制止の声をかけた。虎の巻をめくる。


「その虎の巻、なんでも書いてあるんだな」


 由紀乃が感心したように言った。実際、いろいろ書いてあるんだこれが。


「これは二〇〇〇年ごろ、Aっていう出版社があって、そこで聞いた話らしいんだけど。『ダーティペア・コンセプトと言われている考えがあります。ボーイッシュな女の子と大和撫子な女の子の両方をだせば、どちらかにはファンがつくはず。うまくすれば二倍売れるというものです』だそうだ」


 言って俺は由紀乃と静流を見た。


「だから、ライトノベルを書く基本として、男の主人公ひとりに対して、ボーイッシュとか大和撫子とか、とにかくタイプの違うヒロインをふたりか、それ以上だす。で、そのふたりが主人公に恋をしているという形が基本だと俺は思う」


 もちろん例外もあるだろうが、まずは形を修得しなくてはならない。


「あれ? でも、サーバナイトってアクションなんだろ? 恋愛なんか書いてどうするんじゃんよ?」


「アクションはアクションとして書くけど、それを踏まえた上で、さらにラブコメやラブロマンスは書いてもいいんだよ」


 由紀乃の質問に俺はこたえた。


「ほら、ハリウッドのアクション映画でも、たいていはラブロマンスやラブコメディが入ってるだろ? それと同じだよ」


「ランボーラブコメ入ってねーじゃん」


「そりゃ、例外だってある。俺が言ってるのは一般論だ。――そうだな。食べ物にたとえると、恋愛っていうのは、何にでも合う万能調味料みたいなものなんだ。飯を食ってて、塩分が足りないときは醤油をかけるだろ? それと同じだよ。ライトノベルにも恋愛要素はかけておいて損はない」


「そうだったんですか」


 静流が感心したようにうなずいた。


「わかりました。じゃ、何か考えます」


 と言う静流とはべつに、


「あーそうだ。だから、深夜アニメって女がやたらと多いんだな」


 由紀乃が納得した顔をした。


「タイプの違う女がふたりいたら、どっちかにファンがつく。ふたりで二倍売れるって言うんなら、五人いれば、五倍売れるからな。そういう理屈でつくってあるのか。ていうか、それって金儲け主義一辺倒じゃん」


「そりゃ、出版者は金儲け目的で小説を売ってるからな。慈善事業でやってるわけじゃないし」


「あ、ちょ、ちょっと待ってください」


 俺と由紀乃の話を聞いていた静流が手をあげた。


「あの、いまの話だと、深夜アニメになるライトノベルって、ヒロインが五人くらいでてくるんですよね?」


「そうだけど?」


 静流はライトノベルを読んでないと言うが、深夜アニメも見ていないらしい。――本当に、なんでプロ作家を目指そうとしてるんだろうな、と俺は少し考えた。


「それで、あの、ラブも入れなくちゃいけないんですよね? それだと、五人のヒロインが主人公に恋をするんですけど。じゃ、主人公は五人と浮気するんですか?」


「あーそうはならないんだ」


 俺は手を左右に振った。


「鈍感主人公とか、難聴主人公って言葉があってな。そういう話の場合、主人公はヒロインの好意に気づかなかったり、重要な告白は、なんでか独り言みたいな小声だったりして、主人公には聞こえないものなんだ」


「そうだったんですか」


「あ、だから深夜アニメって、そういうパターンになるのか」


 こっちは深夜アニメも見ている由紀乃の言葉だった。


「どれもこれも、大同小異って言うの? なんでそういうパターンばっかりなんだと思ってたら、売りたくて大量に女だして、それで、ひとりに決めると話がおわっちゃうから、恋愛関係だと主人公がヘタレになるのか」


「そうそう」


 うなずきながら俺も感心した。萌え豚アニメなんて言葉もあるけど、商業として、ちゃんと考えられてるんだな。分析するまで俺も気がつかなかった。


「とにかく、主人公が男で、ヒロインがふたりか、それ以上は理に適ってるんだ。だから、それでキャラクターを考えるように」


「わかりました」


 静流がうなずいた。その場で考えるように首をかしげる。


「えーとですね。サーバナイトは、ドラゴンと人間の混血が存在する世界なんです。ドラゴニアンって名前で、角が生えてて、魔力もすごく強いんですけど」


「あー、昨日も言ってたな」


「だから、ヒロインのひとりをドラゴニアンにすると、もうひとりのヒロインと差別化できると思うんです」


「なるほど。それ、いいかもしれないな」


 俺はうなずいた。ライトノベルはビジュアルも関係してくるからな。角のあるドラゴニアンはいいかもしれない。


「じゃ、もうひとりのヒロインは人間にするのか?」


「それは――」


 何気なく聞いた由紀乃に、静流が少し考えた。


「佐田師匠、どうしましょうか?」


「あ、それは、俺が決めることじゃない」


「え」


「なんだかんだ言って、俺は静流にアドバイスをするだけの人間だ。マンガの原作を考える立場じゃない。キャラクターは、話を書く人間が決めないと」


「――そうでした」


 静流がうなずいた。


「じゃ、私が考えないと。えーと」


「それくらいのアドバイスなら、あたしでもできるんじゃね?」


 由紀乃が言ってきた。


「だって、ファンタジーじゃん? エルフとかケモミミだせばいいんじゃね?」


 あっさりと言ってきた。俺は、静流に、自分で考えさせたかったんだが。静流が不思議そうに目をむける。


「由紀乃先輩、ケモミミってなんですか?」


「狼男の女版とか、そういう奴だよ。獣の耳でケモミミ」


「あ、なるほど。そうか。それがいいですね、ケモミミ」


 静流もあっさり同意した。


「じゃ、ヒロインふたりは、ドラゴニアンと、あと、エルフかケモミミってことで」


 なんか、簡単に決まってしまった。ま、静流がそれでいいって言うんなら、それでいいんだろう。


「じゃ、ヒロインはこれで差別化ができたな。それから、順番が逆になったけど、主人公を決めないと」


「主人公ですか」


 あらためて静流が考えこんだ。


「やっぱり、ヒロインがドラゴニアンとエルフかケモミミなんだから、主人公は人間がいいと思います」


「それは、俺もそれでいいと思う。主人公が人間なら、読者も感情移入しやすいだろうし」


「で、やっぱり強いのか?」


 由紀乃が訊いてきた。


「ほら、ファンタジーなんだろ? で、アクションって言ってたじゃん昨日。だったら、主人公が殴り合いでヘタレじゃ話にならないし、ドラゴニアンとか、なんかヒロインもスゲーし。主人公、俺ツエー系じゃないとまずいんじゃね?」


「俺ツエー系ってなんですか?」


 また静流が訊いてきた。


「主人公が無茶苦茶強い話だよ。ほら、アクションもので、主人公が苦しむと、読んでてスカッとしないじゃん? 主人公は強くてナンボだから」


「あ、なるほど」


「て言うか、静流も少しはネットで少し勉強するといいじゃね? ライトノベルを書こうってんだから、調べられるものは調べておいて損はしないじゃん?」


「はい。そうします」


 静流がうなずいた。俺だけじゃなくて由紀乃も創作の達人だと思っているらしい。変に疑問を持って質問してくれないのはありがたかった。


「じゃ、主人公は俺ツエー系ということで」


「となると、主人公には中二的な能力でも付加させるか」


「やっぱ、そうなるよな」


 由紀乃が言い、これに関しては、静流も嬉しそうにした。


「中二という言葉は昨日も使ってましたですね。それは私も知ってます」


「あ、それは話が早い。じゃ、それで行くか」


 地味な訓練で強くなるというのはリアルの常識だが、そういうのは読者が共感しない。俺は虎の巻を開いた。


「これは一九八〇年代後半ごろ、漫画家の高橋留美子先生が言っていた意見なんだけどな。『少年漫画の主人公は、読者があこがれる対象で、青年漫画の主人公は、読者が共感できるものにするといいと思います』だそうだ。だから、静流が書こうとしている話の読者を何歳くらいするかで書き方は変わると思うけど、このへんは意識するように」


「わかりました」


 静流がうなずいた。


「つまり、主人公は、最初は普通の男の子で、それで読者に感情移入させて、何者かに、何かの資格で選ばれて、急に強くなる中二設定ってことでいいですね?」


「合格!」


 俺は軽く手を叩いた。時計を見る。そろそろいい時刻だった。


「じゃ、今日はこれで終了だけど、最後におさらいだ。静流が書くサーバナイトは、異世界ファンタジーで、主人公が悪い奴をやっつけるアクションもの。主人公は男で中二設定。ヒロインはふたりで、ひとりはドラゴニアン。もうひとりはエルフかケモミミだな」


「はい! ありがとうございました、佐田師匠」


 静流が元気に返事をした。そりゃいいんだが。俺は内心、額の汗をぬぐった。とりあえず、本日のところは、俺がラノベの達人ってことでごまかしが効いたようである。


 その日の夜。


>というわけで、うまく指導できました。ありがとうございます。


 ネットのチャットでプロ作家に礼を言ったら、こんな返事がきた。


>主人公が人間で、ヒロインがドラゴニアンとケモミミって、それは外見的な特徴と設定でしかないですよね? ライトノベルはキャラクター小説なんだから、性格等、内面も考えないと、ただの設定資料集でおわっちゃう気がするんですけど?


「――あ。そうだった」




 本日のおさらい。


・「『舞台を学園しろ』『主人公は男以外ダメ』『主人公以外の主要キャラを女にしろ』『ラブを入れろ』」(読み人知らず)


・「まずは形から入れ。習うより慣れろ。型破りは型を覚えてからだ」(市川猿之助丈先生。要約)


・「メインキャラは三人以上」(出版社F。要約)


・「ダーティペア・コンセプト。ヒロインは複数」(出版社A。要約)

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