第一章 起承転結の起。主人公、ヒロインと出会うの図。・その2

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「師匠?」


「はい、哲朗師匠! こんなところにすごい方がいらっしゃったんですね! どうして秘密にしてるんですか?」


「――まァ、なんとなく」


 俺は言葉を濁した。問題は賞金五千円である。うちの学校、事前に申請しないでバイトすると停学になってしまうのだ。俺に投稿を勧めた先輩も


「あんまり人に言うのはやめとけ。文化祭で演劇の脚本を書かされたりするぞ」


 と言っていた。そんなの冗談じゃないから黙っていたんだが。


 相変わらず、御堂はキラキラした目を俺にむけていた。


「なるほど。実力のある人は、自慢しないものなんですね。能ある鷹は爪を隠す。勉強になります」


「いや、べつに、そういうんじゃなくて。本当に大したもんじゃないから」


 これがどこかの公募で受賞した高校生ラノベ作家だとか、現役高校生声優とかだったら話はべつだろうし、世のなか広いから、そういう人間もどこかに存在するとは思うが、少なくても俺はそうじゃない。御堂は何か勘違いしているようだった。


「哲朗師匠、私、弟子入りします!」


 案の定だった。


「いやあの、弟子入りとか言われても」


「想像以上におもしろい反応するなー。驚いた」


 鴻上が感心したようにつぶやいた。誰のせいだと思ってるんだか。


「あの、俺は弟子入りとか、師匠とか、そんな立場の人間じゃないから」


「でも、雑誌に短編が載ってるじゃないですか。プロじゃないですか」


「いや、プロってわけじゃなくて。俺も御堂さんと同じ、普通のアマチュアで」


「御堂なんて呼ばないでください。静流でいいです」


「は?」


「御堂なんて、他人行儀じゃなくていいですから。ほら、ライトノベルでも、普通は下の名前で呼び合うみたいですから」


「――まァ、君がそう言うんなら、静流ってことで」


 なんか、断っても無駄な気がしてきた。


「ただ、俺のことは哲朗じゃなくて、上の名前で呼んでくれ。俺はそういうの好きじゃないから」


 お袋に怒鳴られてる気分でおもしろくないのである。


「ちょ、ちょっと。じゃ、あたしも由紀乃って呼べよ」


 横にいた鴻上が、妙なことを言ってきた。


「は?」


「だって、その娘よりもあたしが先輩じゃん? それなのに、その娘が下の名前で親密に呼び合ってて、あたしが上の名前って変じゃね?」


 何をこだわってるんだか。


「わかったよ。じゃ、おまえは由紀乃で、君は静流だな」


「はい、佐田師匠」


「いや、師匠はいらないから」


「いえいえ、私は師匠に弟子入りしたんですから」


 俺は師匠ということで確定したらしい。


「だから、これから、ライトノベルの書き方を教えてください、佐田師匠」


「え、えーと、教えてくださいって言われても。困ったな」


「どうすんだよ佐田?」


 鴻上――じゃなくて由紀乃が訊いてきた。


「どうすんだって、もとはといえばおまえが調子に乗ったから」


「あの、佐田師匠?」


「ああ、ごめんごめん」


 俺は御堂――じゃなくて静流に向き直った。


「あのな? 教えてほしいってことはわかった。で、まったく教えられないってわけじゃない。教えられることは教える。ネットで調べてもわかる程度のことだけどな」


「それでもかまいません」


「あと、弟子入りするなら、まず、ここは、文芸愛好会なんだから、入部っていうか、入会してもらわないと」


「あ、はい。それは、もちろん入会しますから」


「で、入会には、実は印鑑が必要なんだ」


「あ、そうなんですか」


「だから、まず、入会するには印鑑を持ってきてもらわないと困るんだよ」


「あの、知らなかったから、いま、持ってないんです。明日、持ってきますから」


「そうか。じゃ、そういうことで、今日のところは」


「わかりました」


 返事と同時に、静流が立ちあがった。


「明日、印鑑を持ってきますので。これから、みっちりご指導お願いします佐田師匠。それから由紀乃先輩も」


「あ、べつにいいけど」


「じゃ、今日は失礼します」


 頭を下げて言い、静流が部室をでていった。


「あの娘、あたしのことまで下の名前で呼んでたな」


 パタパタと退室した静流を見送って、由紀乃がつぶやいた。気がついたら五時である。


「俺たちも帰るか」


 それにしても、まるで読書ができなかったな。


「あのさ、どうすんだよこれから? あの娘、完全に勘違いしてるみたいじゃん」


 部室をでて下駄箱で靴を履き替えてたら、カバンをグルングルン振りまわしながら由紀乃が訊いてきた。


「マンガ読んで小説を読んで、それだけで、何もやってない、本物の駄弁り部だって知ったらガッカリするんじゃね?」


「誰のせいでこうなったと思ってるんだよ?」


「だって、マジで弟子入りするなんて思ってなかったし。ちょっとした冗談のつもりだったんだよ。つか、これから三人かー。失敗したな」


 由紀乃がグチグチ言いだした。


「ま、確かに、あの反応は俺も予想外だったしな」


 俺も少し考えた。


「やっぱり、プロ作家を目指してる下級生の希望を踏みつぶすわけにはいかないしな。これからは面倒くさくなりそうだ」


「相変わらず、誰にでも優しいんだな佐田って」


「困ってる人間には親切にするって決めてるんでな」


「でも、ものには限度があるんじゃね?」


「じゃ、去年のあのとき、俺が助けなくてもよかったのか?」


「それは――」


 俺と由紀乃が知り合うきっかけを口にしたら、由紀乃が困ったみたいな顔をした。


「まァ、あれは感謝してるけどさ」


「それと同じだ。助けられる人間は助けないとな」


「そうやって、誰それかまわずいい顔してて、後で面倒くさいことになっても知らないよ。バレンタインにチョコもらいすぎて下痢便だして死ね」


 無茶苦茶なことを言ってから、由紀乃が俺をほうをむいた。


「それより、入部に印鑑って必要だったんだ。じゃ、あたしも持ってくるから」


「は?」


「だから、あたしも入部するって言ってるんだよ。あ、入部じゃなくて入会か」


「なんで?」


「――なんでって、だって」


 由紀乃が詰まった。


「だって、あの娘が正式入会したら、あたしはなんなんだって話になるじゃん。それにあの娘、一年だし。あたし、二年なんだからさ」


「わかった。じゃ、入会の書類は用意しておく。印鑑はいらないから。サインだけでいい」


「は?」


 由紀乃が意外そうな顔をした。


「じゃ、なんで静流に印鑑が必要だなんて言ったんだよ?」


「時間稼ぎだ。ライトノベルを書く秘訣を今日中になんとかする」


「どうやって?」


「本職に極意を教わるんだ」




 その日の夜。


>なるほど。話はわかりました。でも、サーダくんも大変なんですね。


 チャットで話していた相手が言ってきた。ちなみにサーダは俺のハンドルネームである。


 相手は、ライトノベル系で検索した、あるサイトで知り合ったプロ作家だった。べつにすごい話じゃない。冗談抜きで、ちょっとネットで遊んでれば、こういう知り合いのひとりやふたりはできる。オフ会で会ったこともあるが、同じ本を何冊も持ってきて


「絶番になった本を五掛けで買ったんですけど、家に置いてても仕方がないから持って行っちゃってください」


 なんて言っていた。本屋で本を買うときに引き抜かれる、二つ折りの紙――注文カードとか売り上げカードと言うらしい――がはさまったままだったので驚いた記憶がある。




>そういうわけで、ライトノベルを書くコツを教えてほしいんですけど。


>そういうのは、チャットで調べるだけでも、かなりのレベルのものがわかると思いますよ。ハウツー本もたくさん売ってますし。


>もちろん、そういうのも使うつもりです。ただ、それでも教えてほしいんです。その一年も、教えてほしいって言ってたし。ほら、そういうのって、同じセリフでも、アマチュアよりプロが言うと説得力あるじゃないですか。あの娘、俺をラノベの達人かなんかと勘違いしてるみたいで。それで助けてほしいんです。


>ま、そういうことなら、べつにかまいませんけど。ちょうど、趣味でつくった、虎の巻みたいなまとめがありますから。内容はかなり古いので、どこまで信用できるかは私にも疑問ですけど。メールアドレスを教えてくれますか? 教えてくれたら、ファイルの添付で送れます。


>はい。ちょっと待っててくださいね。


 俺はメルアドをチャットに書きこんだ。


>了解です。じゃ、送りますから。


>助かります。


 で、少し待っていたらメールがきた。ファイルの添付を開く。


「――こりゃ、たまげるほどあるな」


 俺は驚いた。あちこちの出版社で聞いた話が年代付きで書いてある。なんか、もらったアドバイスを無差別に書きまくった記録らしい。すごいな。なかには一九八〇年代に聞いた話まで書いてあるぞ。さすがにこれは役に立たなそうだが。


「えーと、何々? 『サルでも描けるまんが教室』より。少年マンガにつきものなのはパンチラである。転じて、ライトノベルにもラッキースケベはつきものである。少なくてもあって損をするものではない、か」


 ずいぶんと極端なことを書いているようだが、思い返してみると、それほど間違っているわけでもなさそうだった。「あかほりさとる先生は、ギャグのつもりでエッチシーンを書いていると雑誌のコラムに書いていた」「日本で一番売れているパンチラ少年漫画は『ドラえもん』である」なんて書いてあるんだから反論できない。このファイル、文庫見開き編集にしたら四〇ページを超えていた。俺が書いた短編より長い。冒頭に


「すべてが役に立つとは言わないが、一個か二個は使えるものがあると思われ」


 なんてある。ま、これだけ書いてれば、少しは役に立つこともあるだろう。何より、本物の出版社が言ってきたアドバイスをプロ作家がまとめたものだ。説得力の一点で、これを上回るものはない。


>ありがとうございます。これでなんとかなりそうです。


 礼を言ったら、すぐに返事がきた。


>強調しますけど、そのアドバイス、「ラノベ新人賞各レベルごとの内情と傾向」あたりで検索すれば、誰でもわかる内容ですから。特別なものでもありませんからね。今回送ったのは、それの、さらに加筆修正版ですが、大した差はありませんので。


>それでも十分です。じゃ、失礼します。


 俺はチャットを打ち切り、虎の巻を印刷した。山折りにして、ホッチキスで綴じて、小冊子の形に――この厚みは無理だな。小型のダブルクリップなんて気の利いたものもない。


 学校に大型のホッチキスがあったと思うから、それで閉じるか。


 あとは、明日が勝負だった。

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