第1話 間章 毎朝の日課と独り言。

間章 毎朝の日課と独り言。


「……朝か」

 いつも通りの朝早く、母が目を覚ますよりも早くに起きた僕は、いつもの日課をするためにベッドから起きる。

 普段着に着替えて外に出ると、家の裏庭に向かい、軽く準備運動をする。

 今日も身体に異常はない。いつも通りの動きができそうだ。

 そして僕は、父親に習った通りの型を繰り返す。

 全身に神経を集中させ、手を、足を、素早く繰り出す。転がり、跳び、全身のあらゆる筋肉を使うよう、動き続ける。

(いい動きだ。もっとやってみろ)

 ふいに頭に浮かんだ言葉をかき消すように、僕は独り言を呟く。

「これはただのトレーニング。身体の健康のために、やっているだけ」

 そう呟きながらも、身体は習った通りの動きを繰り返す。自分の手や、足が、素早く回り、突き出される。

誰に向けて?

「誰でもない。いや、誰にも向けない」

 握った拳を開き、閉じ、手刀の形に変え、それを流れるような動きとともに突き出す。鋭い踏み込みから足を回し、勢いよく蹴りを繰り出す。

 誰に当てるため?

「誰にも当てない。誰も、傷つけない!」

声と共に、自分の感情を乗せた拳で、裏庭に生えている木の幹を真っ直ぐ殴る。

ミシィッと、木の皮が破れる音がして、拳を離した先からパラパラと崩れ落ちる。

(おまえには才能がある。これからも続けるんだ英理矢!)

「黙ってよ、父さん」

 日課とはいえ、この動きをすると、ついつい父親の声が頭に浮かんできてしまう。

 忘れていたはずの、いや、忘れたかった思い出が溢れ出てしまう。

 だから僕は、そこで毎朝の日課のトレーニングをいったん中止して、目をつぶる。

 昔の記憶が出てこないように、聖書の言葉を頭の中で思い起こして、何度も何度も繰り返し呟く。

 そうして僕、播磨はりま英理矢えりやは、神に祈る。

 できることなら、父さんの言ったこの才能を活かすことが、これから先の僕の人生で、一度もありませんように、と。

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