4-6 風がもたらす白昼夢
今さらながら、ルベルはちょっと機嫌が悪いらしい。
兄と
そうは思うもののルベルはすっかり黙り込んでしまったし、顔を上げて自分を見ようともしてくれないので、話しかけるタイミングを見出せない。
「ルベルちゃん、二人ともあれだけ好きに言い合ってるくらいだもん、逆に心配ないよぅ」
アルエスが眉尻を下げため息をついてリンドを見た。その困惑を見て、リンドもどうしていいか分からず首を振る。と、その時。
「りぃちゃ、わーいっ」
何か小さなイキモノが物凄い勢いで駆けてきて、ぽぅんとリンドに抱きついた。よろめきつつも反射的に受け止めた彼女は、両目を大きく見開き満面の笑顔になる。
「スゥ! なんだどうした、久し振りだなっ!?」
「わぁっ、可愛いー!」
覗き込んだアルエスの顔にも同様の笑顔。ルベルがきょとんと顔を上げた。リンドの腕の中、空と同じ色の大きな目で彼女を見上げて。小さな子どもがにっこにこと笑っている。
「スゥね、しぇるぅといっしょにきたのー」
舌ったらずにそう言って小さな指を差すその先には、
「久し振りです、リンドさん。数日ほどお世話になりますね」
「
「ええ。まだ会ってないですか?」
静かに尋ねられ、リンドは首を振る。そして思い出したように慌てて言った。
「アルエス、ルベル、……この方はシェルシャさまと言って、姫さまと
「へぇ、よろしくっスーシアくん」
アルエスが笑顔で頭をなでると、スーシアも嬉しそうに笑う。ルベルはシェルシャを見上げて首を傾げた。
「スーシアくんのパパとママはどうしたですか?」
「スゥのご両親は、出稼ぎ中なんだよ。二人が
ルベルが、大きな両目を瞬かせる。
「スーシアくんは、寂しくないんですか?」
真剣に尋ね掛けられて、シェルシャは微笑んだ。リンドにとって
「寂しいだろうね。でも、二度と会えないわけじゃないし、約束があるから……大丈夫なんだよ」
「……約束」
呟くように、ルベルはその言葉を繰り返す。
「……約束、信じて……待てますか?」
すがるような一言だった。シェルシャは少女の前にしゃがんでその顔を見上げ、優しく問い返す。
「君も、信じてるよね?」
――不意に。
ぽろりと、ルベルの目から涙が零れた。凍りついたように立ち
スーシアを抱いたリンドが表情を歪ませ、アルエスは口元に手をやって、どちらも痛みを堪えるような顔で見ている。言葉を発したら、何かが壊れてしまいそうだ。
「シェルシャさ……、知っ、……る、ですか」
聞き取りにくい小さな震え声で、ルベルが問う。シェルシャは表情を崩さず頷いた。
「気になってしまって、【
こく、とルベルは頷いて、手の甲で涙を
「ルベルは、パパに……逢いに、……監獄島に、行くん……です」
震える声を抑え、ひとことひとこと強く声にして、少女は手のひらを握りしめる。濡れた
「約束は……っ、ないけど、……信じても、いいですか?」
シェルシャが微笑む。
「大丈夫だよ。絶対逢える」
――ざ、と。
二人の間を風が通り過ぎた。
「自分でもバカだと思うけど、気に食わないんだから仕方ないじゃないですか」
黒髪の
「こんな大層な仕掛け、誰が仕掛けたんでしょうね。……壊し方すら解明できないなんて」
「解く事も壊す事もできないが、
白い
「だが、ゲート自体が失われれば、もう二度と魔法陣を再構築することはできない。それでいいのかサイヴァ。気に入らないのなら、使わなければいいだけだろう」
「オレは、オレだけじゃなく、この先この国で生きる誰かが、あの島に送られんのが我慢ならないんですよ」
サイヴァと呼ばれた黒髪の
「使える物は
「だから、バカな自覚はあるって言ってるじゃないですか!」
表情も変えず淡々と宣告され、サイヴァは
「サイヴァ、……送る側でなくとも、人を迎えたり、捜したりにも行けなくなるってことだよ。それでもいいの?」
「……ん。だって、お手軽な手段はあっちゃなんねーと思うよ」
人懐っこい黒い瞳が彼を見、そして笑う。
「
「どうかな。でも、サイヴァらしいね」
「僕はサイヴァのそういうところが、いいところだと思うけど」
「寄るなシェルシャ。馬鹿は感染するんだ」
心底嫌そうに白い
「そうしたら逆に、
一瞬言葉を失って、白い
「おまえには手遅れだろう」
「それなら、今さら感染しませんよ」
すかさず切り返され、返す言葉もなくカミルが押し黙る。サイヴァが、あははと笑った。
「馬鹿ですみませんカミル様。でもいいんです、建国するオレの代から追放者を出さなけりゃ、迎えに行く必要も生じないはずだから」
「開き直りは成長の
血色の双眸が伏せられ。囁くような宣告が、白い
「サイヴァ、おまえが
「はい、お願いします」
金属を
唱えられる
「『太古の術を
――夢は夜に見るものだ。
白昼夢と呼ぶにはあまりにリアルな幻に、ルベルとアルエスとリンドはしばし
「……スゥ、僕の記憶を拾ったね」
風が吹き抜けるような、シェルシャの囁き。目の前に立つ彼は幻よりもずっと大人びていて、髪が長く背も高い。
「ひいおじいさま……?」
リンドがぽつんと呟いた。スゥは彼女の腕の中で無邪気に首を傾げる。
「重要機密の
穏やかな
「監獄島へ渡るには、どこかの主要港で船を入手して、自力で海を越えなきゃいけない。それでも、君は行くんだよね」
こくりと、強くルベルは頷く。その決意を見て、シェルシャは柔らかく笑んだ。
「エールに代えて僕からヒントをあげる。押して開かぬ扉は引いてごらん。いつの時代も、道を
「……はい」
濡れた両眼を精一杯見開いて、ルベルは頷いた。
「そろそろ僕は行くよ。黒曜様に挨拶して来ないと。スゥ、リンドさんと一緒にいる?」
「あぃ!」
スーシアの元気な返事を聞いて、シェルシャはリンドに瞳を向けて尋ねた。
「リンドさんは迷惑ではないですか?」
「はい、私は大丈夫です!」
「それじゃ、少し遊んであげてください」
そう言って軽く頭を下げて、シェルシャは柱廊を三人と逆方向へ戻って行った。スーシアがその後ろ姿に機嫌よく手を振っている。
ルベルは黙って、遠ざかる
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