4-3 親子って


「……どういうつもりだ」


 妹と少女二人を見送りながら、右手は既に剣の柄に掛けたアルトゥールがゼオを睨む。ゼオは腕を組んで、炎混じりの息を吐き出した。


「安心しろ、オレァてめーは大嫌ェさ、番犬トカゲ」


 言った後で機嫌良さげににやりと笑う。アルトゥールが眉を寄せそれをめつける。


「あの娘はおまえの飼い主か、ドラ猫」

「いや? お嬢とオレァなんの契約関係もねえさ。見たまんま無謀な家出娘のお目付け役、ってトコかね」

「家出なら、さっさと連れ戻して国に帰りやがれ不法侵入猫め。人間族フェルヴァーであの歳はまだまだ子どもだろうが」


 吐き捨てるように言われ、ゼオは瞳を巡らし彼を見た。


「じゃあなんで、おまえはリンドを連れ戻さねェのさ」


 途端、射殺いころされそうな殺気が飛んできた。


「気安く名前を呼ぶんじゃねえ」

「へいへい。……で、なんでよ?」


 動揺しないゼオに苛々いらいらしながらも、アルトゥールは律儀りちぎに答える。


「リンドは明確な意志と目的を持って旅に出ると言ったんだ。心配はあっても、賢い子だしそれなりに強い。なら、応援してやるのが家族ってもンだろ? ……失敬、精霊に家族の絆は理解できないんだったか」


 ひとこと余計なのは敵意の表れだろうが、ゼオは機嫌を損ねた様子もない。


「――お嬢も同じさ」

「あんな子どもが? 何の目的で」


 怒りを興味にすり替えられたアルトゥールが、少しだけ鎮まった瞳で虎の精霊を見た。ゼオはへん、と鼻で笑う。


水晶竜クリスタルワームの部族は感情移入が激しいんだったな。だから聞かねェ方がいいと思うぜ」

「なんなんだ飼猫のクセに知ったような口ききやがって。ムカつく野郎だな」

「前言撤回だ。やっぱオレ、おまえは気に入った気がするゎ」


 完全にからかわれている。アルトゥールは全身の毛を逆立てた獣の勢いで怒鳴り返した。


「もういっぺん言ってみろ……! いや、もしまたそんなふざけた台詞を口にしたら、精霊だろうとライヴァン王宮関係者だろうと遠慮なしに叩ッ斬ってやる!」

「姫さんの手前、それはマズイだろーが」

うるさい! 馴れ馴れしく懐くな。俺はおまえを一片だって信用してねえんだこの不審猫」


 ぶれない敵意に嘆息しつつ、ゼオは視線を明後日に傾けて前髪を搔き上げる。


「あのさ。……ライヴァンの国王は盆暗ぼんくらだから、そんなにカリカリすることねーって」

「――は? おまえ失礼なヤツだな。飼い主の主君だろうが」


 呆れたように言われる。ゼオはにいと笑った。


「や。スキキライで言えァ、オレはこっちの姫さんのがあっちより好きだぜ? そのそもあのガキがもちっとマトモにコト運んでりゃ、今オレここに来てねーての」

「……精霊のクセに何言ってやがンだ色ボケ猫」

「うっせー。人の好みにケチ付けんな、軟派ナンパトカゲ」


 そういうことでは無いと分かっていても、アルトゥールは突っ込まずにはいられなかったようだ。――と。


「なんだ。すっかり灼虎くんと仲良くなったんだねアルル」


 不意に、場違いな調子でのほんとした声が掛けられ、アルトゥールが眉をつり上げて声の主を睨む。


「仲がいいわけないだろ! 勝手な状況解釈するんじゃねえ、レウ」

「あー、なんだっけ? 久し振りだな甘味大王」


 灼虎に変な覚え方をされていた甘味好きの彼は、はは、と変な顔で笑った。


「その呼び方はないだろ灼虎くん。俺はレーウェル、レウでもウェルでも呼び易いように呼んで欲しいな。君は名前があるんだっけ?」


 三人は以前、女王のお忍び旅行の際にライヴァン市街で会ったことがある。アルトゥールがゼオを刺客と勘違いして喧嘩を吹っかけ、レーウェルと女王で止めたという顛末てんまつだ。


「オレはゼオだ。テキトーによろしくなレウ」

「おまえもこんなハデ猫相手に律儀に名乗ってんじゃねえ」


 飛び火して来た言い掛かりに、レーウェルは苦笑した。


「アルル、姫様との約束だろ? ちゃんとゼオくんに謝ったのか?」


 途端アルトゥールが沈黙し、ゼオが目を丸くする。


「ナニ?」

「なんだ、まだ謝ってないのか」

「煩い! こんな見るからに怪しげなナリで、どう分析したって不審者だろうが」


 元はアルトゥールの勘違いから勃発ぼっぱつしたいさかいだった。生真面目な女王は先日の一件を気に掛けていたのだろう。とはいえ当人に謝意がないのだから是非もない。


「ぁー……いらねーいらねェ、心のこもってねー謝辞とかうぜーだけだし。前のを借りとしても足りねェくれえの面倒、掛ける予定だし」

「だから目的は何なんだ?」


 ゼオの投げやりな態度と不穏な発言に不機嫌度が急上昇するアルトゥールを、肩を叩いてなだめながら、レーウェルがそうそう、と頷く。


「なにやら君たち、ただのリンドちゃんの友達……ってわけではないみたいだね。黒曜様と今改まって話してるフェルヴァーの学者さん、何年か前までライヴァンから留学して来てた、フォンルージュ君だろう?」

「あー、隠居?  だから学園に知り合いあるって言ってたンか」

「隠居?」


 レーウェルが聞き返したが、アルトゥールが気色けしきばんでそれをさえぎる。


「どういう面倒をうちの国に持ち込む気だ!? 迷惑猫」


 詰め寄るアルトゥールの形相に若干引きつつ、ゼオは困ったように頭を掻いた。


「オレから説明してもいーンだけど、メンドーだしお嬢にまた怒られそうだし。でもここの姫さんって結構手強てごわィよな」

「あァ? それは侮辱か!? そのつもりなら許さねえ」

「違ェーって! うぁー……ったく、なんでヒトってこうもメンドーなのよな」


 視線を空に向け、虎の精霊はボゥっと炎の息を吐き出した。高く澄んだ紺碧こんぺきの空と、その青が透けるほどに薄く、細く流れる雲の跡。きんいろの目をすがめ、その色合いにだれかの面影を重ね合わせる。


「トカゲに言われンのもしゃくだけどよ。オレは精霊だから、親子兄弟の繋がりってよく解んねーのァ事実なんだが」


 一息つき、思いを巡らす。続けた言葉にため息が混じった。


「お嬢は、バイファルに残留しちまった父親に会いに行くんだと。――で、ライヴァン王宮で旅渡券が発行できねェ理由があって、だから協力してくれる国探して全国巡りの覚悟なんだと。親子ってそんなもンなのかね」

「うわぁー、それ、本気なのかい?」

「本気だろ? じゃなきゃオレがここに来る必要もなかったっての」


 レーウェルは驚いたように言って、同意を求めるようにアルトゥールを見たが、彼は何かを考え込むみたいに黙り込んでしまった。




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