4-2 兄と妹


 中庭をぐるりと囲むように続く柱廊を三人で歩きながら、リンドは嬉しそうに目につくものを手当たり次第説明していく。


 植木は綺麗に整えられ、花壇には、色別で絵を描くように大小様々な花が咲き乱れていた。中央のひときわ目立つ場所に据えられた噴水は黒い水晶でできており、きらきらと陽光を散らしながら水を噴き上げている。

 ほかにも庭の各所に置かれた様々な色の水晶細工が、光の加減でできる不思議な模様を芝生に落としていた。


 目を惹きつける華やかさは、ライヴァン王宮と比べ物にならない。はじめは神妙な顔つきで歩いていたルベルも、だんだんと表情が明るくなり、そのうち好奇心が湧いてきたのかリンドにあれこれ尋ねるまでになっていた。

 そんなこんなで、はしゃぎつつ庭を巡る三人を目に留めた、人影ふたつ。


「あれ? リンドちゃんじゃないか。おまえとの勝負に勝って旅に出たのがつい先日、じゃなかったっけ? アルル」


 優顔やさがおで金髪の方が不思議そうに、傍らの蒼髪で背の高い方に話しかける。アルルと呼ばれた彼は、そちらを見て答えた。


「リンドはテレポートが使えるんだ。たまには顔を見せに来いって言ってあるし、別に不思議はないだろ。リンドの友達かな? ちょっと挨拶してくる。先に行ってろレウ」


 平静を装ってはいるが嬉しさを隠しきれていない。言うなり、返事も待たずそちらに向かってしまった相棒を見送って、残された彼は微妙な表情で眉をひそめた。


「アルル、嬉し過ぎで気が動転してるのかもしれないけど、気になる気配があるんだよねー……」


 既にはるか彼方かなたの当人に届かないのは承知で呟くと、彼もまた後を追うようにそちらへ向かう。




「リンド! 随分早い里帰りじゃないか!?」


 親しみを込めて呼びかけると、リンドは振り向き、明るい表情で手を振った。


「兄さまっ! 里帰りではなく、友人を招いたのです!」

「へぇ、旅立ってまだ幾らも経たないのに、もう友達ができるなんてさすがだな」


 妹の傍らには、大きな瞳で見上げるオレンジ髪の人間族フェルヴァーの少女と、はにかみ笑いでぺこりと頭を下げた水色髪の鱗族シェルクの少女。


「そんなことはないです! みな優しく接してくれて、リンドは幸せ者です」


 旅立った時と変わらぬ全開の笑顔は、見る者の心を明るく照らす大輪の花だ。口に出さないだけで、実はかなりの寂しさを感じていた兄としては、表情がゆるむのも仕方がないことだろう。


「こちらがルベル、こちらがアルエスです、兄さま。……この方は私の兄だ。優しくてしっかり者で、頼りになる兄上なのだ」


 リンドがうきうきと紹介してくれたので、彼は柔らかな微笑みを二人に向ける。


「よろしく、俺はリンドの兄でアルトゥールというんだ。妹と仲良くしてくれてありがとう。ゆっくりと滞在して、楽しんでいってほしいな。――リンド、その剣は?」


 ふとそこで、妹が抱え持つ不思議な意匠細工の剣に気がついた。リンドの得物えものはエストックであり、見るからに魔法製のそれに見覚えはなく、妹の持ち物だとも思えない。


「魔法剣のようだけど。……誰かに貰ったのかい?」

「いいえ兄さま、これはちょっとした預かりものです」


 リンドの返答はますます解せなくて、アルトゥールは首を傾げる。問いただしたい気持ちもあるが、純粋な興味も強く感じていた。


「へぇ、ちょっと見せてくれないか? リンド」


 剣を扱う者が美しい剣に惹きつけられるのは自然なことだ。それに彼らの部族・水晶竜クリスタルワームは、美しい物が好きだという気質を生まれながらに持っている。

 が、リンドは剣を抱きしめて困ったように笑った。


「兄さまっ……、あいにくなのですが、持ち主から他者に手渡さぬよう言いつけられているのです。なんでも、意志を持つ剣だとかで……」


 リンドの挙動を見咎みとがめて、アルトゥールの目が険しくなる。


「リンド。おまえは昔から、嘘をつくのが苦手……というよりできなかったよね。隠し事をする時は目を合わせないようにする癖も。兄に言えないような事なのかい?」

「そ、そんなことはありません! でもっ、……ぁぁ、どうしてなんだゼオ」

「……ゼオ?」


 リンドの答えの半分は兄に向けてではなかった。ますます疑わしげに妹を見るアルトゥールと、どうやら剣と心話しているらしいリンドを、不思議そうに眺めていたルベルが唐突に言った。


「ゼオくんは、灼虎しゃっこさんです。トラと人と剣に変われる中位精霊さんなんです」

「……灼虎?」


 わずか、アルトゥールの声が低くなる。彼は足早にリンドに詰め寄ると、腕を伸ばして彼女の持つ剣をつかんだ。


「リンド、そんな危険な物は俺に寄越よこしなさい」

「どうしたんですか兄さま……? え? いや、ダメと言われてもどうすれば……」


 兄と剣の板挟みで焦るリンドと、剣を取り上げようと手のひらに力を込めるアルトゥールの、眼前。


『あぁったく、このオレが珍しく気ィ使ったってのに、バラすなよお嬢ッ』


 剣が紅く輝き、変幻し、大きな緋色の虎が現れた。そして再び姿を変えて人型になる。


「なっ……、おまえ、ライヴァンの灼虎かッ!」

「おぅよ。久し振りだなーちくしょーテメーに会いに来たんじゃねェや」

「当たり前だ! 貴様っドラ猫風情でうちの王城に何の用だ!?」


 投げやりな言いようのゼオにアルトゥールが、今にも抜刀しそうな殺気をまとって詰問きつもんする。茫然ぼうぜんと見るリンドとアルエス、相変わらず目を丸くして眺めているルベルのことは、もはや視界外だ。

 ゼオは、うぁー、とうなって少女三人に視線を向けた。


「悪ィな、こちらさんとはオレ、一応面識あるのよ。別に運命の再会とかじゃねーから、気にせず先行ってくれていいぜ」

「そうなのか……? いやだが、お互いひどく殺気立って心配になるのだが!? 兄さま、彼らは私が連れて来たのですっ」


 ゼオは軽い調子だが、兄は怒りをみなぎらせたまま微笑んでいて尋常ではない。


「そちらの二人はいいんだよ、リンド。だがこいつ……この精霊、よりによってリンドの腕に抱かれて城内見物とはッ――確信犯だな!?」

「うっせーシスコン」

「なんだとドラネコ」


 うろたえるリンドの横で今にもつかみ合いとか始めそうだ。睨み合う二人の間に、それまで黙って見ていたルベルがやにわに割り込む。

 腰に手を当て眉を怒ったようにつり上げて、母親が子どもを叱る時のような口調でルベルは言った。


「ゼオくんっ! いくら精霊でも家族のキズナをバカにしたらダメですっ! お世話かけてるんだから、ノラ猫じゃなく高級にゃんこのフリしてくださいっ!」

「――は?」


 ゼオの気抜けしたような返事に、少女の眉がさらにつり上がる。


「お返事はハイって先生に習いませんでしたかっ」

「ぁー……、ハイハイ」

「クダ巻かないっ!」


 びしりと細い指を突きつけられ、はーぃとゼオは小声で言って頭を掻いた。次いでルベルは、今度はリンドの兄に向き直る。


「アルトゥールくんっ! ゼオくんはただのトラじゃなくて、ゼロ=オーレリディラオっていう世界で唯一の、先生がつけてくれた名前があるんだから、ちゃんと名前で呼んでくださいっ!」

「は、……――ぃ?」


 まさか矛先が自分に向くとは思わず。勢いに気圧けおされて中途半端な返事で凍りついたアルトゥールを見あげ、ルベルはそこで表情を改めてぺこりと頭を下げた。


「ご迷惑はわかってるんです。ライヴァンのフェトさまにも言わないで来たから、フェトさまや先生はなにも悪くないです。ゼオくんだってルベルのわがままに巻き込まれてるだけなんです。だから、ゼオくんを怒んないでくださいっ」

「――いや、俺は別に、怒ったわけじゃ」


 困惑したアルトゥールは助けを求めるように視線を泳がせ、妹を見た。が、出逢って半日も経たないリンドにも当然どうしていいか分からず、アルエスと顔を見合わせるしかない。

 ゼオが、ぼゥと炎を吐き出して、言った。


「お嬢、ほら、異文化コミュニケーションってヤツだ」

「そうなのか?」


 リンドに真顔で問われ、ルベルにも疑わしげに見あげられ、しかしゼオはしれっと頷く。


「あァ、いわゆる愛情表現」


 一瞬でアルトゥールの殺気濃度が上がったが、ゼオは気づかぬ振りだ。ルベルがむぅっと不満げに眉を寄せた。


「ウソついてますか? ゼオくん」

「ついてねーよ。オレらァ積もる話があるから、三人で仲良く散歩行ってこい」


 精霊は性質として、嘘がつけない。にぃと笑って言い切るゼオをそれ以上詰問することもできず、ルベルは不承不承というふうに頷く。


「じゃ、ちゃんと仲良くしてくださいっ。ケンカしたらダメです!」

「あーオッケーオッケー。取っ組みあっててもスキンシップな、オッケ? ……リンド、よ行けって」


 促されたリンドも釈然としない風でゼオと兄を見あげていたが。


「さ、虎のお兄ちゃんがそう言うんだからリンドちゃん行こ? 邪魔しちゃ悪いよぅ」


 アルエスがそう言って腕を引いたので、仕方なくゼオは置いたまま、三人はまた柱廊を歩き出したのだった。




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