4.黒曜姫

4-1 大帝国の女王陛下


 穏やかな日差しの下、紅茶をおともにつかのまの休息を取っていた女王は、ふいと目を上げ首を傾げた。


「どうした? 黒曜こくよう


 長椅子に足を組んで座り本を読んでいた白髪はくはつと紅い双眸の魔族ジェマが、視線は本に落としたままで尋ねる。彼女はカップを置いて立ち上がった。


「ちょっと失礼いたしますわ、灰竜かいりゅうさま。魔族ジェマ転移テレポートも時々厄介なものですわね」


 ふんわり微笑んで足早に去る彼女を、見送り。白い魔族ジェマも本を閉じて立ちあがる。


「久々に面白い波乱がありそうだな。確かに、魔法の前には警備も鍵も形無かたなしだ」


 ゆるく笑んで、彼もまた女王の去った方向へ歩き出す。




 +++




「皆、大丈夫か? 慣れない者は転移の魔法で酔いを起こすというが……私はまだ未熟だから、不快な思いをさせたのではないか?」

「全然だいじょうぶです」


 リンドの心配は杞憂きゆうで済んだようだ。四人ともそれほど酔うことはなく、リンド自身も魔法力をほとんど消費せずに済んだ。ゼオの言った『補助』とはこのことなのだろうか。


「うっわー……、ごめ、オレってば小心者だからココロの準備できてないよーっ」

「すごいキレイな庭だねー」


 会話ともつかない言葉を交わしつつ、フリックもアルエスも無論ルベルも、観光客よろしく辺りをせわしなく見回している。セロアが動じていないのも相変わらずで、ゼオはまだ剣に変化したままだ。

 リンドが一行を連れて出たのは、王宮の外門から内門まで続く敷地の途中くらいだ。通称、中庭と呼ばれる場所になる。いきなり城内、というわけにはいかないからだ。


「ふ、不審者かーッ! ……ってリンド様!?」


 当然ながら異常を察して駆けつけた警備兵が、拍子抜けしたような声を上げる。

 リンドは笑顔で彼らに手を振って言った。


「旅先で出来た友人を城に招いたのだ! 不審者ではないから心配はいらないぞ」

「ゴメン怪しくて。あははー」


 自称小心者のウサギは、場を和ませようとしたのだろうか。そう言ってぱたりと長い耳を立てた。

 ちょうど斜め後方に位置していたセロアが、ぎょっとしたのか無言でそれを注視する。


「な、なんだその耳っ!?」

「うおー、立ってるぞっ!」


 意表を突かれた警備兵たちの間にどよめきが走る。リンドも目を丸くして、ぴこぴこ動く茶色の耳を見つめた。


獣人族ナーウェアの耳って、面白い動きをするのだな……」

「ははっ。ほら、垂直ーっ」


 ぴょんと真上に向けて耳を立てたら、再び兵たちの間にどよめきと喝采かっさいが巻き起こる。双方のノリの良さにつられてか、アルエスが横で笑いだした。


「ウサギお兄さんっ、面白すぎ……!」

「フリックくん、そのお耳さわってもいいですかっ?」


 ルベルにまで真顔で詰め寄られ、フリックは頭をきながら笑って答えた。


「今はほら……取り込んでるし、あとでなールベルちゃん」

「そうだ、まずは城の者たちに事情を説明しないと」


 リンドが我に返って言ったので、警備兵たちも残念がりつつ持ち場に戻っていった。ルベルが心配そうに見あげる。


「リンドちゃん、ホントにだいじょぶですか?」

「ああ、心配するな。ここの者たちはみな優しくていい方ばかりだからな」


 得意げにリンドが答えた、ちょうどその時。


「そうですわね。でも、約束もなしで王宮内へのご招待は感心できなくってよ、リンド」


 やんわりたしなめた上品な声に、皆の視線がそちらへと向かう。リンドの表情がぱっと明るくなった。


「姫さま! お元気そうで何よりです!」


 そこに立っていたのは、リンドより歳下に見える少女だった。波打つ豊かな黒髪と、紫水晶アメジストの双眸に、黒を基調としたドレス……そして水晶の飾られたティアラと。

 彼女はリンドの呼びかけにふんわり微笑んだ。


「あなたが旅宣言をしてから、また一月と経っておりませんもの。リンドこそどうしましたの? まさか帰還ではないですわよね?」

「ひめさまって……、もしかして女王様っ!?」


 皆の心理を代弁するかのようにフリックが声を上げ、彼女はその不躾ぶしつけな言に不思議そうな表情で首を傾げる。


「一体どういう経過で王城観光ツアーが組まれたのか、事情を説明してくださいませね?」

「姫さま、それは私がっ」


 くように言いかけたリンドをさえぎって、セロアが前に進み出た。


「リンドさん、私が説明します。とは言え、ひとまず場所と時間を改めるべきですよね」

「そうですわね。ここでは互いの自己紹介もままなりませんわ。応接間を一室空けさせて、用意ができ次第迎えを出しますわね。それまで申し訳ないですが、客間かリンドのお部屋で休んでいていただけまして? 城内散策も大いに結構ですけれど、まだ連絡が行き届いておりませんし、不審者として捕らえられてはいけませんもの」

「了解致しました。後ほど改めて伺いますが、不躾な訪問にもかかわらずお時間を割いてくださり、感謝致します」


 セロアの返答を聞いて、女王は再びふわりと微笑んだ。





「ゼオは人型にならないのか?」


 ひとまずは、と通された客間で、リンドは剣に向かって声をかける。耳に届く返答はなかったが、リンドには何か聴こえたらしい。


「……目立つからこのままでいいと、言ってる。なんだ、そんなのはみな同じことだし、気にしなくてもいいのに」

「案外、会っちゃマズイ相手とかいるんじゃねー?」


 フリックが茶化すように言って笑ったら、途端に彼の鼻先でパンッと空気が弾けた。驚いたウサギの耳が跳ねる。


「図星かよっ」

「ゼオくん精霊だから、国境関係ないって言ってました」

「そうなのか? ……考えてみれば、我々魔族ジェマもテレポートが使えるようになってしまえば、あまり国境は関係ないな」


 ルベルとリンド、会話の風向きが微妙に危険だが本人たちに他意はない。そうこうしているうちに、部屋の扉が穏やかにノックされた。


「失礼いたします、お待たせいたしました。姫様が、準備が整ったと仰っておりますが……皆様でいらっしゃいますか?」


 女中に尋ねられ腰を浮かすリンドとルベルを再び制して、セロアが立ち上がる。


「私一人で伺います。ルベルちゃん、もしリンドさんが良いようなら、お城の中を見せていただいてはどうですか?」


 穏やかだが、有無を言わせぬ強さがあった。少女は黙ってセロアを見あげたが、やがてこくりと頷きリンドに目を移す。


「リンドちゃんはご都合大丈夫ですか?」

「ああ。ならば少し、城内散策に行ってみようか。私が一緒なら怪しまれることもないだろう」

「ええ、そうしてください。あと、ゼオも一緒にお願いしますね」


 剣から返事はなかったが、リンドはそれを抱えて立ち上がる。アルエスが彼女を見あげて言った。


「リンドちゃん、ボクも一緒していい?」

「もちろんだ。フリックはどうするんだ?」


 問われたウサギは、うーんと頭を掻いて答える。


「オレは、どうしよっかなー。なんか疲れちゃったし落ち着かないから、ここで休んでるぜっ」

「えぇ? ウサギお兄さん大丈夫ー?」


 アルエスに心配そうに覗き込まれ、フリックははははっと笑った。


「大丈夫だってー。ささ、いってらっさい」




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