3-2 地図はどこに


 結局あれから三人とも夕食に酒にデザートまでおごってもらって、各自の部屋で一晩を過ごし、なんとなく成り行きで朝飯も一緒のテーブルで食べた。

 皆がそれぞれ一人旅で、種族は違ったが話していて楽しかったので、別れがたかったというのもある。


「リンドさんはこの国に住んでるんですか?」


 野菜サンドを頬張ほおばりながら尋ねるアルエスに、目玉焼きを突きながらリンドは得意げに胸を張る。


「いや、私はいわゆる旅人だ。特に目的地があるのではないが、目下の予定としてはここから南下し首都を見てから、くう大陸の諸国を巡っていくつもりだ」

「そなんだぁ。リンドさんもボクと似たカンジですねー」

「アルちゃんも出国すんの?」


 フリックが聞くと、アルエスは迷うように視線を泳がせた。


「行ってみたい国はあるんだけど、一人ではちょっと……だったり遠かったりで、まだ決めてなくって。少しシルヴァンに滞在しようかなって」

『ぼくは海の近くがいいシィ』


 アルエスの肩の辺りで、オーシャードのシィが主張する。怖がりのシィもこの二人には慣れたらしく、さっきからアルエスの周りをふよふよと回っている。


「海際ならシルヴァン住みやすいっかもなー。賑やかなのが苦手なら、ラーラスとかもいいけど、ちょい不便かも?」

「そういうフリックは、ライヴァンに住んでいるのか?」


 リンドに話を振られ、フリックはシィを指でつつきながら頬杖をついた。


「いろいろ便利だから今ンとこ滞在中だけど、基本は住所不定ってヤツ? あ、ちゃんと実家はあるぜー。今は誰も住んでないけど」


 ぴゅっと水鉄砲みたいに顔に水を掛けられてうひゃぁと飛びあがるフリックを見、アルエスがあははっと笑っている。

 リンドはテーブルに携帯用の地図を開いて、難しい顔で呟いた。


「首都までは案外と遠いのだな……」

「ライヴァンの首都って国の真ん中だから、港から遠くてちょっと不便だよねー」


 アルエスもリンドの地図を覗き込んで相槌あいづちを打つ。つられてフリックもそれを覗き込み、あーっと声を上げた。


「そういや、かなり最近に街道が整備されたはずなんだけど、最新の地図とかどこ行けば手に入るのかなー……」

「かなり変わっているのか?」


 リンドが真剣な目で聞き返すので、フリックはベルトポーチから自分の地図を出す。結構年季ねんきが入ったそれを開くと、細かな文字でたくさんの書き込みがされていた。


「案外マメなんだね、ウサギお兄さん」

「いやいやっ、ほら地図って新しくなるたび買ってると不経済じゃん?」


 覗き込むアルエスにあまり意味のない言い訳をしながら、彼はライヴァンのページを開きリンドのと見比べてうむっとうなる。


「おんなじだなー。いっそ出入国管理所で聞いてみた方がいいかもなっ」

「ふむ、そこはどう行けばいい?」


 地図でシルヴァンを探すリンドに、フリックは笑顔で立ちあがり言った。


「ここからそんなに遠くないから、案内するぜっ姫ちゃん」





 そしてやはり流れのまま三人一緒に港まで来て、管理所の待合室に掲げてある地図を三人一緒に見あげる。


「ずいぶん変わったな。道が変わったせいか、停留地点も違っている気が」

「んー、古い道も生きてるとは思うけど、馬車は走ってないかもなー……」


 胡散臭うさんくさげにこちらを見ている管理官と目が合ったらしく、アルエスがこそこそと耳打ちする。


「あの窓口で地図とか売ってないのかな?」

「聞いてみよっか」


 フリックがそう言って窓口の方へ行ったので、リンドとアルエスは近くの長椅子に腰掛け行き来する人の流れを眺めていた。昨日と違い、今日はずいぶんとゆるやかだ。


「アルエスは……その、なんというか、……魔族ジェマが苦手だったりするのか?」


 唐突に、リンドが小さな声でそう言ったので、どきりとしてアルエスは顔を上げる。リンドは壁の世界地図を見ていた。

 答えあぐねて彼女の横顔を見ていると、リンドは視線を引き戻し、自分を見ているアルエスの視線に焦ったように顔を赤くした。


「いや、その……変なことを聞いて済まない! ただ、歴史的にも魔族ジェマはいろいろ行なってきたし、気づかぬままに私の言動が誰かを傷つけていたらと、そんなことが心配になってだなっ、……正直に言ってくれて構わないのだが、言いたくなければ無理に聞こうとも思ってないから気にしないでくれッ」


 その慌てっぷりがちょっとおかしくて、アルエスはつい笑ってしまう。


「うん、ボクもリンドさん傷つけたらって思って、言えなかったの。……もうずいぶん前だけど、ボクとお母さんが住んでた村、竜にやられちゃったんだ。あんまり良く覚えてないけど、手が翼になってる竜だったと思う」

「竜……」


 茫然ぼうぜんと繰り返すリンドの様子に、アルエスは慌てて言いそえる。


「ボクずっとそれが魔族ジェマだって思ってたんだけどっ、……リンドさん見てたら、もしかして違ったのかも……なんて思えてきたんだ。だからそんなに気にしなくていいよぅ」

「……アルエスは、そんな嫌な思いがあるのに私に普通に接してくれていたんだな。私の方が全く無頓着むとんちゃくで……あぁ、なんと言っていいのか」


 涙ぐむリンドに、アルエスはえへっと笑いかける。


「リンドさんてば大袈裟おおげさだよぅ。……それに、ボクはこの世界でたくさんのことを学んで、立派な鱗族シェルクになりたいの。昔のこと思い出して、前に進めないんじゃないかって気持ちになることだって……時々はあるけど。でもだからって、先入観で決めつけたくないんだ」

「そうなのか。アルエスは心が寛容なのだな……! 私も、なにか力になれることがあればいいのだが。あぁでもこれから一緒に旅をするわけでもないし、役には立てないかな、残念だな……」

「そっか、サヨナラしたらまたいつ会えるか分かんないもんねー……」


 二人、しんみりした気分で世界地図を眺めていたら、フリックが神妙な顔で戻ってきた。


「残念ーっ、ここでは扱ってないってさっ。図書館にならあるかもだけど首都まで行かなきゃだし、でも首都までならオレ案内できるぜ? どうする姫ちゃん」

「図書館か……、でも書き写すことになるのなら、ここの地図を書き写せばいいだけだしな。他に扱ってる場所はないのだろうか」


 うーん、と三人で考え込んでいると、窓口で手続きを終えたらしい背の高い人間フェルヴァーが、証書を仕舞いながら地図の方に歩いていくのが目に留まった。親子連れだろうか、初等科学生くらいな少女と一緒に地図を見ながら話をしている。

 ぼんやりとそれを眺めていたらフリックが、ぽんと手を打った。


「そだ、帝都学院とかどうだろ。あの人間フェルヴァー見るからに学院関係者ぽいし、聞いてみるかなー」

「さっきはフリックが聞いてくれたから、今度は私が自分で行こう」


 リンドが言って立ちあがる。そしてまっすぐ二人のところへ行き声を掛けた。


「失礼、ちょっとうかがいたいことがあるのだが宜しいか」


 学者風の人間フェルヴァーが振り返ったので、フリックとアルエスも慌ててそちらへと向かう。




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