3.旅人中継地・港町シルヴァン
3-1 港へ向かって
「お嬢。コレ、マスターから預かってきたぜ」
馬車に乗る直前ゼオが手渡したのは、刃の付け根に赤い魔法石が埋め込まれたショートスピアだった。目立たぬようにか先端に布を巻きつけ、目印だから持ってろと言う。
これを目当てに気配を
「シルヴァンに着いたら、ティスティル帝国への入国手続きを取らなきゃないですね。ルベルちゃんは、身分証明持ってますか?」
ゼオがどうするつもりなのかは聞かなかったが、精霊だけに国境に関係なく行き来ができるのかもしれない。後で聞いてみようと考える。
家出なルベルに期待はしていなかったが、少女はリュックの中をかき回して、手帳のようなものを取り出しセロアに渡した。
「はい、これです」
「帝都学院在籍証……?」
見慣れた印章の手帳は、自分が持っているものと同種だ。これは学院の卒業生に与えられる身分証なのだが。
「ルベルちゃん、学院に入ってたんですか?」
「ううん、先生から借りてきました」
言われて確認すれば確かに、ルウィーニの名前と履修科目が記されている。彼はルベルの後見人なので、ルベルの身元を証明し責任を持つ立場にある――が。
「これ、ルゥイさんに預けられたんですか?」
セロアの
「引き出しから持ってきちゃいました。先生、どこに行っても顔パスだから、これ必要ないんですもん」
二人の間に、変な沈黙が落ちる。ガタゴトと規則正しく揺れる馬車の音だけが、のどかにその間を通り抜けてゆく。
ルベルがうかがうように、上目遣いでセロアを見た。
「……セロアさん、怒っちゃったです?」
賢者はにこりと笑顔を向ける。
「怒ってないですよ?」
そして再び、沈黙が落ちた。ルベルは落ち着かない様子で膝を抱え、窓の外を流れて過ぎる景色にちらちらと視線をさまよわせる。
「……ルベルちゃん」
「は、はいっ」
声を掛けたら、少女は
「シルヴァンに着いたら、ゼオに言って返しましょうか」
ルベルは大きな目を瞬かせ、それからこっくり頷いた。
シルヴァンは、ライヴァン帝国の主要港である。そして、〈銀河〉竜帝国––––通称ティスティル帝国への定期船が出る唯一の港でもある。
元々、
その
エイゼルの死とその後に起きたクーデターによる王統交代は、両国間の間に緊張状態をもたらした。しかし五年前の前王統と現国王の和解に伴い、ライヴァンとティスティルの関係もだいぶ修復されたとか。
そういう背景もあり、出入国に関わる審査や手続きが数年前と比べてかなり緩和されたのは、旅人には嬉しい変化だ。
ティスティル帝国は国境が隣接した文字通りの隣国であるため、陸路で行くこともできるが、所要時間や難易度が船で行く場合よりずっと大きくなる。
旅費や安全の面でも
「それならゼオくんひとり、走っていけばいいんですっ!」
「あぁ? ならそうしてやらァ。向こうで合流できなくても知らねーからなッ!?」
「ルベルだって、そんなわがまま言うヒト知らないです! 勝手にはぐれて迷子なっちゃってくださいっ」
「
町の入り口で無事に合流できたものの、二人はさっきからずっとこの調子で言い合っている。
ゼオは船に乗りたくないし、ルベルは時間を掛けたくない。どちらの気持ちもよく分かるが、喧嘩は不毛なのでどうしたものか、とセロアは思案していた。
「二人とも元気ですね。でも、ここでケンカはちょっと目立つと思いますよ」
「もうっ、セロアさん、ゼオくんなんて置いて行っちゃっていいですか?」
無茶なことを言って見あげてくるルベルの頭をなでつつ、セロアは苦笑した。
「最短ルートでどれだけの差があるのか、調べてみましょうね」
「えー……」
ルベルは不満そうだが、どちらにしても手続きは必要だ。連れ立って港の方へ向かう二人に、ゼオは特に何を言うでもなくついて来た。
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