[9-3]そうして日々は過ぎ


 それから数ヶ月が過ぎて、港町シルヴァンの中央区画で領主邸宅の落成らくせい式が行われた。

 領主自身の強い要望により、行われたのは簡素な式とお披露目のみだったが、地域住民が大喜びしてお祭り状態だったのは言うまでもないだろう。


 港湾こうわん警備隊は再編され、派遣された騎士団からなる湾岸保安部隊、武装船に乗って海賊などと戦う海上選抜部隊、地域の巡回警備を行う警邏隊とにわけられた。

 さすがは主要港、操舵に長けた者は多く、対海賊となれば地域住民の士気も上がる。ラディンは海上部隊を希望し、リオネルには散々渋られたが結局は押し通した。

 フォクナーは今のところ素直に、シャルリエ家にいて年下の息子ジークの遊び相手をしているらしい。


 シルヴァン商工会との話し合いは平和裏に終わったのだという。彼らが今も裏と通じているのかは不明だが、領主がリオネルなら協力的な立場でいてくれるだろう、ということだ。

 裏で動いている大人たちの事情はラディンの知るところではないが、ルウィーニがまめにリオネルと手紙のやりとりをしているらしく――フォクナーのお陰でリオネル側からも手紙を送りやすいのだとか――順調に事が運んでいるなら安心だ。


 ユーリャは、異国雑貨や手作り小物などを扱う店で働くことが決まったらしい。ユーリャ自身も手が器用で、店主を師匠と仰ぎつつ小物作りを学ぶつもりだという。

 彼の父は刑期が三年に決まったと、王城からの通達があった。

 長いのか短いのかイマイチ判断できない二人だが、出所が近くなれば連絡が来るだろう。


 そうして日々は流れてゆき――、




 二十六歳になったラディンは今、リオネルと武装船に乗って海賊たちと戦っている。

 普段は穏やかだが生真面目な印象の強いリオネル=シャルリエは、海賊の討伐に関しても人任せにはしなかった。必ず部隊の先頭に立ち、剣を抜いて戦う。領主というより将軍のようだと領民たちには噂されているらしい。


 ここ数年で、シルヴァン近海の海賊はだいぶ駆逐くちくされた。しかし、他国領に行かれてしまえば深追いすることもできない。

 最近ルウィーニは、国交を回復したティスティル帝国と海上保安に関し共同戦線を張れるよう調整を進めているらしい。実現すれば、もっと広範囲に討伐が可能になるだろう。


 日頃から節度と礼節を重んじながらも、海戦に際しては鬼のごとく振る舞う。そんなリオネルは、部下たちからも領民からも厚い信頼を得ている。しかし、反抗期に突入した下の息子ジークとは最近うまくいっていないらしく、悩みの種であるらしい。

 病弱だった奥方が昨年、病状を悪化させて亡くなったのも、関係あるかもしれない。

 だからといって、仕事に私情を持ち込まないのがリオネルという人物だった。

 今回の討伐も、彼の剣筋に危なげなところは全くない。海上部隊の面々もだいぶ手慣れたもので、船舶を拿捕だほし海賊たちを無力化するのに、そう時間はかからなかった。あとは海賊船を港までいていき、しかるべき処置を行なうだけだ。


 軍の武装船に戻る前に、囚われている被害者たちを救出しなくてはいけない。

 船倉や船室を手分けしてくまなく探し、怪我をしている者は救護室に、それ以外の元気な者は武装船の食堂に連れて行く。水や食料を制限されて衰弱していることも多く、怯えきった者もいるからだ。

 そうして船内を調査し終えて、ラディンが自船へ戻ろうとした時だった。


「ラディン、……どうしようか、この子」


 戸惑いの色を滲ませたリオネルの声に振り返る。

 返り血で汚れた上着を脱ぎ捨てたリオネルが、両手で何かもふもふした白い塊を抱えていた。もぞもぞと、かすかに動いているようにも見える。


「それ何ですか、動物?」

「わからん。狐の子供のように見えるんだが、毛色は白いし尻尾がたくさんあるんだ。……精霊だろうか?」


 困惑した顔で尋ねられ、ラディンもそれを覗き込んで首を傾げた。丸まってぷるぷる震えている胴体は忙しく上下しており、呼吸しているのがわかる。つまり、精霊ではない。

 ひどく怯えているのだろう、毛が乱れた部分は首なのか、擦りむけて所々毛が禿げていた。きつい首輪をされていたのかもしれない。


「精霊ではないです。魔物かな? まだ小さいっぽいですよね」

「魔物か……。水や食料は、必要だろうな。何を食べるんだろう、うーん……」

「よくわかんないですけど、動物系で子供ならとりあえずミルクでいいんじゃないですか? 食堂に行けば、ミルクやチーズくらいありそうですよ」

「ん、そうだな」


 話している間も、リオネルの指は優しく白毛の生き物を撫でていた。丸まって震えていた魔獣の子供っぽいものが、身じろぎして、そっと頭を上げる。

 ふわふわと大きめの三角耳、黒い鼻、綺麗な青色の目。リオネルがいう通り、魔獣というより子狐そのものの顔で、その生き物は小さく「ケーン」と鳴いた。


 響いた声は、子狐にしてはどこかぎこちなかった。





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