[9-2]ラディンの目指す道
馬車で丸二日をかけ、帝都ライジスから主要港シルヴァンへ。
ラディンとユーリャは町の入り口で降ろしてもらい、馬車はリオネルとフォクナーを乗せてシャルリエ邸へ向かって行った。手を振り見送ってから、二人は一度、ラディンの後見人フェールザン氏のもとへと向かう。
先立って父が事情を伝えたらしく、彼は必要な書類をひとまとめにしてくれていた。
厚い封筒を受け取り、二人は次に住宅
主要港なだけあり、シルヴァンは人の出入りが激しい町である。港の付近には労働者のための集合住宅もあり、短期滞在者のために素泊まり用の格安宿屋も多い。
このままフェールザン氏の家に住まわせてもらうのでも良かったが、二人は自分たちで家を借り仕事を探すことに決めたのだった。そのための初期資金は、父が用意してくれる。
ラディンは、今後リオネルが指揮することになるだろう港湾警備隊で働くつもりだ。ユーリャは商業系の仕事を希望していて、住む場所が決まり最低限の荷物を運び入れたら、商工会の職業斡旋所に行ってみるらしい。
集合住宅の一角にある小さな一軒家を借り、諸々の手続きを終えた頃には、夕刻に差し掛かっていた。寝具も食器もない家で夜は過ごせないため、その晩は近隣の宿に泊まる。
一階で食事を済ませ、風呂をもらって、二人は早々と床に就いた。目まぐるしい一日だったので、あっという間に睡魔がやってくる。
毛布をかぶってこれからのことを
***
早起きし、朝食を食べてから、二人は連れ立って借りた家へと向かう。
午前のうちは業者が部屋を掃除し家具を運び込むのを見届けて、昼前に再度街へと繰り出した。今日は、ユーリャとは別行動だ。
ラディンが向かうのは、『
街全体の厳戒態勢とやらは解けている様子だったが、帝星祭で起きたことがここ港町にどう伝わっているか気になるところだ。
商家を含む反対派との話し合いはリオネルがするだろうから、ラディンの出る幕はないが、自警団に所属するイルバートなら何か聞いているかもしれない。
時刻はちょうどお昼時。店内は人で賑わっており、オルファもイルバートも忙しそうだった。お昼がまだだったので日替わりランチを頼み、食事をしながら時間を潰す。
昼の混雑時間は短いのであっという間に客の波は引き、バイト店員たちが空いた席を片付け始めた。
そろそろいいかな、と思い、ラディンは席を立ってカウンターに声を掛けてみる。
「こんにちは、イルバート」
「ん? ラディン、来てたのか!」
見覚えのあるつり目青年が奥から顔を出し、驚いたように瞬きして声をあげた。紺色のシンプルなエプロンがよく似合っており、つい顔がにやけてしまう。
「うん、昨日シルヴァンに帰ってきたんだ。イルバート、すっかりサマになってるじゃん」
「からかうんじゃねぇよ! そっちこそ、魔王討伐に祭典の警備にと、大活躍だったみてぇじゃねえか」
「魔王討伐!?」
聞き覚えのない単語に思わずおうむ返しする。イルバートは紫の両眼を細めてニヤニヤ笑いながら、カウンターから出てきて言った。
「
「やっぱりその辺は広まってるんだ。魔王なんて、結構脚色入ってそうだけど」
「そりゃなー。俺ら一般民には詳しいことはわからねぇし、でも、国の危機を乗り切るため前の公爵と今の国王が和解したっていう話は、みんな喜んでたぜ。これで、国も主要港の治安に注意向けるだろうって」
「そっか、良かった」
聞いたところ、イルバートはシルヴァン商家と陰謀の関係性については知らされていないようだ。どこまで話したものかと悩みつつ、無難な受け答えをしていると、奥から青い髪の女性が出てきた。オルファだ。
「いらっしゃい、ラディン。ちょうどお客さんもいなくなったし、夕方まで店を閉めるから、奥でゆっくり話さない?」
「オルファさん、お久しぶりです。いいんですか?」
「洗い物と片付けはバイトの子たちがやってくれるから。いつも、夕方までは閉めて休憩するから大丈夫よ」
「じゃ、お邪魔します」
イルバートがバイト店員たちに伝えに行き、オルファは入り口にクローズの札を下げて鍵をかけてから、ラディンを応接間まで案内してくれた。彼女がソファを勧めて焼き菓子を出し、お茶を
こうしてみるとすっかり夫婦のようだ。確かまだ結婚式は挙げていないはずだが、近いうちに挙式するつもりかもしれない。
「ささ、テキトーに摘んでくれよな。しかし意外だったぜ、ラディン一人で来るなんてさ」
「ありがとう、いただきます。実は、その辺の話もイルバートに報告しようと思って」
香り高い紅茶に甘い焼き菓子はよく合う。一度は引き裂かれかけた二人がこうして寄り添っている
ギアとアルティメット、ルインとエリオーネ、シャーリーア、モニカとパティロ、そしてフォクナー。
話は流れのままに新領主の話になり、イルバートは「ほぁ」と驚きのようなため息のような声を漏らした。
「あの暴走チビ野郎、シルヴァンに来やがったのか……。シャルリエ卿、迷惑してんじゃねぇのか?」
「イルバート、子供なんてそんなものよ? わたしたちだってそのうち……ねぇ」
「え、あぁぁ!? そのうちって、まだ先だろ式も挙げてねえんだしッ!」
ふふふ、と
「リオネルさん……シャルリエ卿が、主要港シルヴァンの領主として任命されたって話は聞いた?」
「あ、えぁ、おぅ。商工会も港湾警備も自警団連中も、通達受けてえらい喜んでたぜ。港湾警備の元同僚が言うには、暗殺の企みから国王陛下を守り抜いた功績だって……」
なるほど、そう言うことになっているのか。
ラディンは納得し、真実を胸の奥に仕舞い込む。商工会が真相を知っているかは別としても、リオネルは表向き英雄として公布されたのだ。
真面目な彼のことだから
「うん、リオネルさん凄かったんだよ。フォクナーはすっかり憧れてべったりだし、おれも、あの人の元で働きたいなって思ってさ。だから港湾警備隊におれのこと紹介してもらいたいんだけど、どうかな?」
「港湾警備隊って実質、対海賊部隊みたいなもんだぜ? 子供には……っつっても、魔王と戦ったラディンなら大丈夫か」
魔王って。と思いつつも、訂正にあまり意味はない気がして、ラディンは突っ込むのをやめた。
正確な記録は、いずれ父が歴史の記録としてまとめるだろう。フェトゥース国王や父が外交を頑張ってティスティル帝国との関係も改善されれば、一般市民の
イルバートが紙とペンを持ってきて、手慣れたふうに手紙を書いている。
その様子を見守りながら、ラディンはふくよかに香る紅茶を含み、ゆっくり味わいながら飲み込んだ。
ようやく、自分の故郷へ帰ってきた気がした。
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