9.帝国の夜明け

[9-1]それぞれの旅立ち


 七日間の祭りが明けてすぐ、ギアはアルティメットと一緒に旅立っていった。ラディンは詳しく聞かなかったが、どうやら彼も王族――西大陸にある人間族フェルヴァー国家の第二王子だったという。道理で、国政に関する知識があり視点も施政者寄りなわけだ。

 出奔しゅっぽんに至るまでの経緯も聞かなかったが、彼がアルティメットとの結婚を視野に入れていることは聞いた。全部の決着がついたら一度ライヴァン帝国へ戻って、結婚式を挙げるつもりらしい。

 その日がいつになるか、今は予想もつかないが、ラディンはこれからも港町シルヴァンで暮らすつもりだ。きっと立ち会えるだろう。


 それから三日ほどして、ルインもエリオーネとケルフを連れて旅立った。聞いたところによると、グラスリード王国は今、継承問題と王妃の暴虐で国が荒れているのだという。王妃である継母から命を狙われていたルインは、父王に促されて大陸へ逃れていたのだが、いよいよ決着をつける覚悟ができたということだった。

 ルインは人狼ワーウルフ魔族ジェマだが、優しい。争いごとに向かない気質なのが心配ではあるが、そこはエリオーネとケルフだ。したたかに裏社会を生き抜いてきた二人なら、ルインの優しさを損なうことなく目的を遂げさせてくれるだろう。

 彼も、上手く事が運んだらエリオーネと婚約するつもりらしい。こちらもいつになるか予想はつかないが、気長に知らせを待とうと思う。


 同じ頃に、シャーリーアも王城を出ていった。元々、彼がライヴァンを訪れたのは、人間族フェルヴァーの国家がどういう風に成り立ち運営されているかに興味があったかららしい。

 期せずして国政の中枢を覗き見る機会に恵まれ、巻き込まれた感は強いが精霊王や種族王とまみえる機会も得て、旅の始めとしては十分すぎる成果だ。気になる国は他にもあるらしく、のんびり旅歩きながら次の目的地を決めるつもりらしい。

 ライヴァンにはまた来るつもりです、――そう言い残して出発したので、再会の折には他国の面白い話でも聞かせてもらおうと思う。


 六種族ではない――つまり人族ひとではないモニカの今後は、本人もエリオーネもだいぶ頭を悩ませたが、ルウィーニの提案でひとまず帝都学院に通うこととなった。

 魔族ジェマでなければ、人間族フェルヴァーは他種族に親切だ。魔物であるとはいえ見た目がほぼ鱗族シェルクと変わらないモニカなら、少しの工夫で上手くやっていけるに違いない。

 万が一のトラブルを想定して、学院の教師たちには周知しておくことになるが、そこはルウィーニが手を回してくれるだろう。


 学院関係の出来事で、嬉しい驚きもあった。白月の森で別れた狼の獣人族ナーウェアパティロが、姉と一緒にライヴァン帝都学院へ入学してきたのだ。

 村を発展させるため他国の知見や教養が必要だ、と主張したのはパティロらしい。姉のほうは弟が心配なのと、人間族フェルヴァーの国家――要するに都会――への憧れが高じて、一緒に入学すると言いだしたそうだ。

 王城を訪れた二人をフェトゥースは心から歓迎し、ラディンとフォクナーもパティロと抱き合って再会を喜んだ。

 これを機にとルウィーニが、ラディンとフォクナーにも学院入学を強く勧めてきたが、二人は断った。ラディンはシルヴァンに戻ると決めていたからだが、フォクナーにも何か目的があるのだろう。

 天才少年の思惑を大人たちが知ることになるのは、さらにその三日後のことだ。





 帝星祭ていせいさいが終わって七日後のこと。王城も街も後片付けを終え、人々が日常に戻りつつある頃、リオネル・シャルリエが主要港を含むシルヴァン地域の領主として正式に任命された。

 王城に留め置かれた名目は領主職の研修であり、叛逆はんぎゃくに加担した罪状は彼の来歴に記されない。ルウィーニがフェトゥース国王を抱き込んで詳細を揉み消したのだと察せなくもないが、それで今後ライヴァンに不利益が生じることはないだろう。


 リオネルは、誠実な人物だ。

 当初の話では研修のためひと月は家に戻れないと聞いていたのに、彼は家族のため睡眠時間を削って学び、足りない知識は週一ペースで王城に通うことで補うと申し出たらしい。家族を想う必死さに、ルウィーニが動かされないはずがなかった。

 つくづく、運命というのは皮肉なものだと思う。多くの葛藤かっとうや悔しさを押し込めて決意しただろう「家族を置いて死地に向かう」彼の選択は、あっさりと阻止された。事実は消えないし、妻子が彼の行動をどう受け止めたか今の時点では見えてこない。

 それでも、もう彼は二度と家族以外の誰にも忠誠と命を差しだすことはないだろう。


 一度はあきらめ手放した絆が戻ってきたのだ。

 捨てるつもりだったその価値を、彼は心底痛感したに違いない。今や彼にとって妻と二人の息子は、国よりも主君よりも大切な存在になったのだ。


「まぁ……それはそれとして、彼は堅実に領主の務めを果たしてくれると思うよ」


 ここ十日ほどのリオネルの猛勉強ぶりを見ていた――というより教える側だった父は、少し疲れた表情で笑う。一日一日が過ぎるにつれ、リオネルは何かに駆り立てられるような様子で研修をこなしていったらしい。

 事件のあと、彼は家族に会っていない。

 離れている時間に比例し家族の心が遠ざかるのではと、不安だったのかもしれない。


「リオネルさんなら、上手くやれると思うな。おれも、一緒の馬車でシルヴァンに帰るよ」

「うん、そうか。……ラディン、本当にシルヴァンに行くのかい? パティロ君も来たことだし、帝都学院で勉学に励むのも――」

「だから、おれは学校には行かないって」


 こんな話の流れでそういうことを聞いてくるのはずるい。ラディンは話を長引かせないようきっぱり断ってから、父に笑顔を向けて言い添える。


「おれはシルヴァンで、主要港で、父さんの助けになるようリオネルさんを手伝うからさ。離れてても、父さんはおれの自慢の父親なんだから、おれも恥じない息子でありたい」

「……そうか、うん。おまえならやれるさ。おまえは、俺の自慢の息子なんだからね」

「うん、ありがと」


 今度は父が涙ぐみそうな雰囲気になったのを察して、ラディンは湿っぽくならないうちにと会話を切りあげた。

 城門の付近ではすでに騎士団の馬車が待機しており、今月最後の面会を終えたユーリャと準備を終えたリオネルが待っているはずだ。二人を待たせては悪いし、父の話に受け答えしていると永遠に終わらない気がする。


「ラディン、向こうで困ったことがあればいつでもに声を掛けるんだよ」

「うん、わかってる!」


 なぜ暖炉かというと、灼虎ゼオに聞こえるからだというのだが、ゼオは迷惑じゃないのだろうか。便利なのも確かなので、必要に迫られた時は頼るつもりではあるけれど。

 見送る父に大きく手を振って、ラディンは城門へ向かって駆けだした。

 寂しさもあるが、今は期待感のほうが大きい。城の敷地を通り抜けて門衛に身分証を見せ、城門に入ろうとしたところで、門の陰から小さな人影が飛びだした。フォクナーだ。


「うわ!? びっくりした、フォクなんでここに?」

「ボクもシルヴァンへ行こうと思ってさ! ジークに魔法おしえてやるって、約束してるんだゼ!」

「約束? いつの間に……」


 見れば、荷物と杖をしっかり抱えて、フォクナーなりの旅支度はばっちりだ。どうやら、わかっていてついて来るつもりらしいとわかる。


「手紙だよぉ、手紙! ジークはまだ手紙かけないから、クレイグとだけど」

「え、じゃ、向こうもフォクが同行するのはわかってるってこと?」

「トーゼン!」


 そういえば、手紙を鳥に変えて送る【風便りウィンドメール】の魔法は初歩の風魔法だった。

 親も後見人もいないフォクナーは、国に保護を求めれば衣食住をきちんと世話してもらえるだろうに、そういうものに頼るつもりなく自分で行きたい場所を決めてしまうんだな、と考えて笑いがこぼれる。

 それは、自由に踊る風のような生き方だ。

 まだほんの十歳でこうなのだから、将来は一体どんな大人になることやら。


「わかった。リオネルさんは驚くかもだけど……、駄目とは言わないんじゃないかな?」

「タイチョーはボクにゾッコンだからね!」

「はは、そうだね」


 相変わらず、妙な語彙ごいをどこから覚えてくるのか。そう思って苦笑する。

 リオネルもシャルリエ家の奥方や子供たちも、これからが大変だろう。仕える者から治める者へ、騎士から領主へ。子供たちにとっては、将来選べる道がほぼ決められてしまったようなものだ。

 活動的でポジティブなフォクナーの存在は、彼ら家族の助けとなるだろうか。

 びっくりするだろうリオネルの顔を思い浮かべて、ラディンはもう一度忍び笑いを噛み殺した。



 

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