[8-3]慰霊の儀と祭の終わり


 ちびっこ二人を詰所に送り届け、夕飯用に屋台で買い込んだ食べ物を奥方に渡して、ラディン、ユーリャ、フォクナーの三人は少し早いが王城へと帰ることにした。


 明日から二日間は慰霊いれいり行われることになっており、ラディンは五日目の編成に、ユーリャは六日目の編成に組み込まれている。

 七日目は二人とも非番だが、シャルリエ家母子は七日目の朝早くに馬車でシルヴァンへ帰る予定だと言っていた。なので、明日明後日に付き添える誰かを探そうというわけだ。


 残念ながらギアは、二日とも役目があるらしい。誰に声掛けようかと三人でウロウロしていたら、なぜか厨房ちゅうぼうの手伝いをしていたシャーリーアに見つかった。

 フォクナーが挙動不審な動きをしたため怪しまれて問い詰められ、ったんだの末に、五日目と六日目はシャーリーアと非番のどちらかが付き添うことになったのだった。

 フォクナーは不満げだったが、これで良かったように思う。

 シャーリーアなら、子供にはちょっと難しい慰霊式でも上手く興味を引きつけてくれるだろうから。




 慰霊式、といっても、狂王との決戦時にサイドゥラの跡地は不死鳥フェニックスにより焼き尽くされ、浄化されて、魔法職の者らの手で既に鎮魂の儀式が済まされている。

 なので、式典を行なうのは「起きた悲劇を語り継ぐ」という意味合いが強い。


 この式のため招集された吟遊詩人が、もの悲しい歌に乗せて歴史を歌い語ってゆく。

 歌物語にありがちな脚色はあるものの、内容が正邪を問うものにならないよう父が監修したのだろう。敵を討つという意味合いではなく、哀しき運命に終止符ピリオドを打つという形で物語はまとめられていた。

 魔族ジェマ側からすれば、事実でないと思える部分はあるかもしれない。

 人間族フェルヴァーであるラディンには魔族ジェマ側がこの式典をどう受け止めるか予想できないが、今は、これでいいのだろうと思う。こういうものは目的や背景に合わせて、時代とともに変化していくのだろうから。


 語り部たちの歌が終わり、ルウィーニが広場の壇上に現れる。挨拶を述べ、この歴史的な悲劇を後世まで語り継ぐとの誓いを告げ、杖を振るって炎精霊らしい鳥を召喚した。おごそかな雰囲気の中で金羽と火の粉がきらめき、集まった人々の上に散ってゆく。

 稀代きだい傑物けつぶつと呼ばれる魔術師の祈りに合わせて、炎精霊――おそらく炎翼鳥えんよくちょうと呼ばれる炎中位精霊――は羽ばたきながら空へと消えてゆき、祈りに和する人々によって静寂が広がっていった。

 大人にとっても、子供たちにとっても、きっと印象深い式典になったことだろう。


 広い帝都を何箇所か決めて巡り、二日間かけて慰霊式の意義を人々に周知するのが最終的な目標だ。これによって居合わせた者たちは、フェトゥースが行なった救国の働きと、ルウィーニが帰還し現政権と和解した事実を知るだろう。

 ライヴァン帝国の新たな時代が幕を開けのだと、国民に、そして他国の民にも知ってもらうのだ。この黎明れいめいをしるしづけるものとして、今年の帝星祭は広く長く言い伝えられるだろう。




 ***




 慰霊式に関しては特に大きなトラブルもなく、七日目の朝には、シャルリエ家母子は騎士団の馬車に乗り、港町シルヴァンへ帰って行った。ユーリャとフォクナーを伴って見送ったあと、街へ向かうという二人と別れて、ラディンは一人王城へと帰ってくる。

 警備の仕事もあり、事件も防ぎ、祭り自体も存分に楽しんだ。最終日は街人たちも後片づけに入るし、他国からの訪問客も早々と帰ってゆく。ラディンとしてはお腹いっぱい胸いっぱいで、一足先に余韻に浸ろうというわけだ。


 城の中庭も業者が入って片付けをしている。人間族フェルヴァーだけでなく獣人族ナーウェアも混じって忙しく動き回る様子をぼんやり眺めていたら、庭を横切って通過しようとしていたルインに気づいた。エリオーネも一緒だ。

 声を掛けようかどうしようと迷っているうちに、エリオーネのほうが気づいたようで、ルインをつついてこちらにやってくる。


「ラディン、ちょうど良かったわ! シルヴァンのほう、ちゃんと決着つけてきたわよ」

「え? どういうこと?」


 開口一番に地元の話が出ると思わず、思いっきり不躾ぶしつけな返答になってしまったが、エリオーネは気にしなかったようだ。庭の隅にある休憩用の椅子まで少年二人を引っ張っていくと、座るよう促して自分も腰掛ける。


「そもそも、首謀者……ってか何ていうか、中心になってたのはシルヴァンのオクティール家って話だったでしょ。こっちで失敗した途端あっちが消されたら、困るじゃない? だから、ルインとあたしでシルヴァンに行ってたのよ」

「あ、そっか。ごめん、全然頭になかった……」


 言われてみれば、こっちを阻止しただけで安心できるものではなかったのだ。そもそも、リオネルが途中で計画を中止できなかったのだって、港町のほうに《闇の竜》が睨みを効かせていたからなのだろうし。

 ラディンが行ったところで何かできるものでもないが、地元のことなのに任せっきりにしてしまったことを申し訳なく思う。

 エリオーネは「それはいいのよ」と言い添えて、話を続ける。


「シルヴァン商工会も、元国王サマに逃げられた時点である程度は想定していたんでしょ。ルインのテレポートで行った祭りの初日にはもう、街と港全体が自警団と港湾警備隊まで巻き込んで、厳戒態勢だったわ。商工会に話が通じるかは怪しかったから、自警団のほうから話を進めて、あたしが所属してるギルドと連携させて……」


 彼女によれば《闇の竜》は組織として大きいとはいえ、ライヴァン全域を牽制けんせいできるほどではない。地域単位で見れば――例えばシルヴァンなら、エリオーネが所属している《夜蝶に呪われし夢ナイトメアドリーマー》という万屋よろずや闇組織のほうが、ずっと大きな影響力を持っている。

 エリオーネとケルフがシルヴァンに待機して根回し工作をし、帝都に待機して国王暗殺阻止を見届けたルインがテレポートでシルヴァンへ知らせて、闇組織と自警団がシルヴァンに潜んでいた《闇の竜》工作員を押さえた、ということだった。


「すごいな、エリオーネ、さすがだね」

「うふふ、貰った報酬の分はきっちり働くわよぉ。とはいっても、商工会との交渉はできなかったんだけどね。そこは、あんたの親父サマと新領主サマに任せるわ」

「うん、父さんもそのつもりだと思う」


 貰った報酬、というからには、父はエリオーネを通して正式に、その《夜蝶に呪われし夢ナイトメアドリーマー》へ依頼を持ちかけたのだろう。ということは、エリオーネもルインも今年のお祭りをあまり見れなかったのだろうか。

 やっぱり申し訳ないことをした、と思ったが、エリオーネの隣に立つルインの表情は晴れやかだ。


「忙しかったけど、なんかこう……すごく勉強になったよ」

「ま、あんたの国は魔族ジェマ同士の争いだから、今回みたいに楽にはいかないだろうけど。陰謀を制すなら裏を上手く使えっていうのは、同じね」

「ボクにできるかな……」

「あたしがいるんだから、どうにだってするわよ」


 ルインとエリオーネ、二人が何の話をしているのかつかみきれず、ラディンは首を傾げた。国王暗殺の陰謀を阻止するため、ずっとタッグを組んで働いていた二人は、ラディンの知らない間にずいぶんと仲を深めたようだが――。


「ルインはお祭りが終わったら、エリオーネと一緒に故郷へ帰る……ってこと?」

「ふぇっ!? い、一緒にって言うか! ボクの国で起きてる陰謀を暴くために協力してもらうだけだよ! それだけッ」

「あんたの態度が挙動不審よ」


 急に慌てだした、実は王子様な魔族ジェマ少年をエリオーネは呆れた目で一瞥いちべつする。けれどそこに軽蔑けいべつや冷たさはなく、彼女の鋭い紫色の両目には優しささえ灯っているように思えた。

 ラディンには詳細のわからない陰謀に追われて、ルインはここまで亡命していたのかもしれない。


「事情はわからないけど、上手くいくといいね」

「う、うん! ボク頑張って国を取り戻して、父上を助け出すよ! そうしたら改めて、王太子として……ライヴァン帝国に、外遊に来たいと思ってるので、その時はラディンも……会いに来てくれる?」

「うん、もちろんだけど。ルインって、結構すごい事情を抱えてたんだね」


 最初に会った時、ニーサスに迫るイルバートにバケツの水をぶっ掛けて喧嘩を止めようとしていた姿を思いだす。世間知らずで危なっかしくも、優しい子という印象だった。

 ここに来てライヴァン帝国の中枢を間近で観察し、彼自身に得られるものがあったなら、良かった。


「へへ……、実はそうだったの」

「まったくもう、ヘラヘラ笑って話すことじゃないでしょ。ラディン、そういうわけで祭りが終わったら、あたしはルインに付き合ってグラスリードに行ってくるわ。上手くいったら報酬もがっぽり稼げそうだしね!」

「エリオーネはそういうとこ、本当にブレないよね」


 ふふ、と妖艶ようえんに微笑んで、エリオーネがルインをひじでつついて促した。ルインはわたわたと姿勢を正す。


「本当はいろいろ報告したいけど、上手くいってからで! ボクも頑張るから、ラディンもシルヴァンの復興事業頑張ってね。イルバートさんとオルファさんにもよろしく」

「ま、あたしがついてて失敗なんて未来はあり得ないわね。上手くいったら正式に招待状送るから、楽しみにしてて?」

「うん、え? うん、頑張るけど、え?」


 話についていけず混乱するラディンにひらりと手を振り、エリオーネは身を翻す。城のほうへと駆け戻る彼女をルインが慌てて追いかけようとして、立ち止まり、振り返った。


「ぜんぶ上手くいったら、ボク、彼女と婚約しようと思って!」


 そして、ラディンの返答を待たずに走っていく。

 しばらく茫然ぼうぜんと二人の後ろ姿を見送っていたラディンだったが、つい、思わず、声に出してつぶやいていた。


「そういう暗示フラグめいたことは、口に出さないほうが」


 とは思いつつも。

 幸運の女王様エリオーネを味方につけたルインが失敗する未来なんてものは、やっぱりラディンにも想像できないのだった。




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