[8-2]天才少年の機転
門限ギリギリまで遊び倒し、慌てて帰ってきた二人は、城に戻るなり待ち構えていた女官たちに捕まった。叱られるのかと思ったが、彼女らはユーリャが落ち込んでいたことくらいお見通しだったらしい。
街で食事を済ませてきたと伝えると、女官たちは安心したように微笑んで、すぐに使用人用の浴室へ案内してくれた。着替えを持っていないユーリャに服を一揃い貸し、夜中に困らないようにと使用人用の炊事場と手洗いを教えてくれたのは、できるだけ身分の高い者たちと鉢合わせしないようにという配慮だろう。
二人で大きな浴室を使わせてもらい、顔を洗って歯を磨いてから、ラディンが借りている部屋へと戻る。ベッドは一つしかないが二人用でもいいくらいの大きさなので、構わず一緒に潜り込んだ。誰かと一緒に眠るのはかなり久しぶりで妙な気分になったものの、すぐに眠気がやってきた。
ベッドの上で大した話もせず、二人は夢の世界へと引き込まれたのだった。
非番の朝は早起きする必要がない――はずだったのに、予想外の目覚ましが乱入してきて二度寝を見事に阻まれる。
「ラディィィン! 起きろーッ、朝だぜ! 早く早くぅ」
「うぇ、うん? フォクナー?」
強烈な目覚まし
うんうん
「なにごと?」
「ラディンたち、今日あいてるんだろ? ボクにつきあってよ」
「フォクに?」
「いいから、早く着がえて行くぜ!」
間延びした会話に
お祭りへの誘い……というより、暴走少年の保護者役として
部屋へ戻ると、いつのまにか特別衣装に着替えたフォクナーと、城から借りた軽装に着替えたユーリャが待っていた。ユーリャはまだ眠そうで、小さなあくびを繰り返している。
ラディンの姿を
「よし、急いでクレイグとジークを迎えに行こーぜ!」
つまり、要約すると。
昨日、事情を説明に行ったドレーヌから一緒に話を聞いたフォクナーは、彼なりに「隊長がやらかしてお祭りの間は家族と会えない」ということを理解したらしい。
そうなると、お祭りを楽しみに帝都まで出てきた子供たち二人とも、奥方が一人で見ることになる。しかし、隊長がやらかしたせいで奥方は落ち込んでおり、お祭りどころじゃなさそうだ。
意味がわからなくてむずかるジークと、何か悟ったみたいに聞き分けよく引きこもってしまったクレイグを見て、フォクナーはこのままではいけないと思ったらしい。それで奥方に、自分の冒険仲間を保護者として連れてくるから子供たちをお祭りに行かせてほしいと、頼み込んだのだ。
フォクナーの想定ではギアのつもりだったが、あいにく彼は本日当番に入っていた。
口うるさいシャーリーアは駄目、ルインとエリオーネは忙しそう、モニカはむしろ護衛される側……と考えたところで、ラディンが非番らしいという情報を聞きつけて、突撃してきたのだった。
「そんな、責任重大な」
「悪いヤツらみんな捕まえたって言ってたじゃん。ヘーキヘーキ」
「詳しい事情わかんなくても、家族でのお祭り見物がダメになったら落ち込むよなー」
心配しているのはラディンだけで、フォクナーはいつも通り謎の自信に満ちあふれているし、ユーリャは子供たちに深く同情している。もちろんラディンとて、その気持ちはわからないでもない。
警戒が緩められたとはいえ警備の兵や騎士たちは今日も持ち場についているだろうから、気をつけるべきは迷子くらいだろうか。
事情を
呼び鈴を鳴らせば、出てきたのは部屋着にストールを羽織った女性だった。リオネルの奥方だろう。
「迎えにきたよー、オクガタさま」
「ありがとう、フォクナー君。でも、本当に……任せていいのかしら」
「ヘーキだって。さ、行くぜー、クレイグ、ジーク」
なんだか、フォクナーがお兄さんっぽい。
特別衣装を着込んだ子供二人――オレンジと赤が基調の大きいほうはクレイグ、水色と白が基調の小さいほうはジーク――が、フォクナーに手を引かれておずおずと顔を出した。ラディンはユーリャと視線を交わし、側まで行くと屈んで手を差しだす。
クレイグの目元が
自分たちでは父親の、家族の代わりにはなれないが、この子たちが少しでも今日を楽しく過ごせるのなら。
「さ、手をつないでいこうか。何が食べたい? おれたち昨日は揚げパン食べたけど、すごく美味しかったな」
「あげパン……」
「おなかすいたの……」
そっと触れてきたクレイグの手を、ラディンはぎゅっと握ってあげた。フォクナーはジークの手を取って、停車中の馬車へと歩きだす。ラディンも追おうとしたが、ふと気になって奥方のほうを振り向いた。
「奥さんは、食事とれそうですか?」
「ええ、大丈夫よ。気にかけてくださってありがとう」
やつれた表情の理由は聞くまでもない。自分自身もつらいのに、昨夜は小さな二人をなだめたり慰めたりして過ごしたのだろう。
一人きりになってゆっくり休む時間が、今の彼女には必要かもしれない。
「二人におみやげ、持たせますね」
負担にならないようにと伝えた言葉に彼女は微笑んで頷いてくれた。あまり遅くならず、食事を持たせて帰すようにすれば、夜はゆっくり休めるだろうし、子供たちも遊び疲れて早く眠りにつくだろう。
二人増えて五人になった馬車はしばらく進み、中央大通りの付近に
「昼を過ぎた頃合いにここで待つようにするから、適当に戻ってきな」
「はい、ありがとうございます」
御者とそんな打ち合わせをして、
揚げパンを買い、串焼きは串を外して包んでもらい、瓶入りのミルクを三つ買って広場へ向かう。祭り用に
「さ、食べよっか」
「わぁー、あげパン!」
「ぼく、先にミルクのみたい。……ありがとうございます」
嬉しそうにお祭りごはんを頬張り、食べているうちにニコニコしてきた子供たちを眺めていれば、ついついラディンの頬も緩んでいく。しっかり朝食をとったら、小さな子でも楽しめそうな催し物を探してあげよう。
ジークの口を拭いてやったり、ミルクを瓶から軽いカップに移してやったりと、あれこれ世話を焼いているユーリャも楽しそうで、いい気分転換になったようだ。同じように子供たちにとっても、楽しい思い出として残ってくれればいいのだけれど。
それにしても、と視線を向けた先では、いつの間にゲットしたのかアップルパイをきっちり五等分に切り分けているフォクナーの姿がある。
天才魔法少年は魔法に限らず、本当の意味で天才なのかもしれない――と思ったラディンなのだった。
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