8.黎明の前に
[8-1]明日また歩きだすために
リオネルとガイドウの聴取が終わり、ルウィーニと騎士たちによって城へ連れて行かれ、ドレーヌがリオネルの家族に事情を説明するため傭兵部隊の駐留区画へ出かけて――、ラディンがユーリャと一緒に騎士団詰所を出た頃には、もう日が沈みかけていた。
父に、城側へ話を通しておくから今晩はユーリャも城に泊まるといいと言われた。本人はひどく恐縮して断りたがったのだが、ラディンが引き留め一緒の部屋に泊まることにして、話をまとめたのだった。
王城の敷地内とはいえ、騎士団区画から主城まではそこそこ距離がある。祭りはまだ三日目、明日の割り当ては入っていない。
「なんか、どっと疲れたね」
「うん、疲れたよなー。美味しいモノ食べて早く寝たい」
利権と思惑が渦巻く大人たちの世界は、ラディンとユーリャには少し刺激が強かった。
城の食堂へ向かえば夕飯にありつけるだろうけど、こんな時はシルヴァンの大衆食堂を懐かしく思う。夜になればひたすら騒がしい酒場兼食事処だが、喧騒に身を浸していると自分の境遇について一時でも忘れられる気がしたのだ。
上着のポケットに手を突っ込んでとぼとぼと歩いていたユーリャが、ふと思いついたように振り向いた。
「なぁ、ラディン! お祭りの屋台まだ開いてるだろうし、行こーぜ」
「いいね、それ。おれ今ちょっと肉食べたい気分だし、行こうか」
ちょっと散策して食べ歩くしかできなさそうだが、使用人門であれば門限は遅い。感謝パーティーのお陰で顔パスなラディンなら、少し遅くなっても締め出されはしないだろう。
万が一、時間を過ぎてしまったとしても、ユーリャが泊まっている宿に行けばいいだけだ……しかし確実に釈明を求められるだろうし、できれば今日は避けたい。
「ユウ、明日の予定は?」
「警備のほうは入ってないから、気分転換にお祭り巡ろうかなって」
「じゃ、おれも一緒しようかな」
「ラディンも休み? じゃ、それで!」
話しながら使用人門へ向かい、衛士に許可証を見せて戸を開けてもらう。城門をぐるり囲む堀にかかった橋を渡れば、舗装された道が幻想的に明るい街へと続いている。
日が暮れてすぐの時間は、街人たちにとっても夕食時だ。
肉や野菜や炒め物を挟んだ揚げパン、湯気が立つスープ、お祭り特製のお菓子など、選びきれないほどいろいろな屋台が通りの両脇にひしめいている。一口大の肉と野菜を串に刺して焼いている店を見つけ、二人はまずそこから攻略することにした。
こんがり焼かれて脂がにじむ肉にかぶりつけば、口の中いっぱいに肉汁があふれてゆく。
「うまッ! で、ネギが苦ッ!」
「あっつ、でも美味しい! もう一本食べようかな」
好き勝手な感想を言い合いながらあっという間に平らげ、二人は次の屋台へと向かう。使い捨ての器に入れられたコーンスープを買い、近くのベンチに座ってふうふうと冷ましながら口をつけた。
「あー、生き返る!」
「ユウそれ、おじさんっぽい。でもわかるー」
美味しいものを口にして、温かいものを胃に入れる。それだけでも、疲れ切っていた精神が満たされ癒やされてゆく。
どちらも猫舌ではないのですぐにスープを飲み干してしまい、適度に働かされた胃袋がぐうぐうと空腹を訴えだした。
「うーん、パンにする?」
「揚げパン美味そうだけど、
悩んだ末に両方とも買って食べたら、さすがにお腹もいっぱいになってきた。棒に巻かれた
特別衣装を身につけて駆け回る子供たちと、追いかける大人たち。
今日だけは、夜ふかしを許されている子供も多いだろう。
しばらくそうやって、二人無言で過ぎゆく人々を眺めていた。
あとのことは大人たちに任せてのんびり過ごす……でも、いいのだろうけど。
「ラディンはさ、お祭り終わったらシルヴァンに帰るんだよな」
思いだしたように、ユーリャがぽつんと言った。いや、ずっと口に出す機会を探していたのかもしれない。
今、友人の心を占めている不安が何なのか、ラディンは
「おれ、ずっとシルヴァンに住んでたから、帝都はイマイチ馴染めなくってさ」
「わかる。ここって『ザ、都会!』って感じするもんなー。……でも、父ちゃんが出てくるまでは、やっぱり帝都に住むしかないだろうなって、今ちょっと思ってる」
「ん、そうだよね」
少なくとも五年以上の月日を父との二人旅で生きてきたユーリャだ。
シルヴァンなら紹介できそうな住処も仕事も思いつくが、帝都ではラディンもまったく伝手がない。
「泊まるための宿じゃなくて、住む家を借りるには……どうしたらいいんだろ。そもそも、未成年で家借りられる?」
「シルヴァンなら職についてれば大丈夫だけど、帝都はどうかなぁ」
「住所不定で職探しって、そっちも全然アテがないや」
二人とも、この先の展望はそれで終わってしまう。城に忍び込んで捕まった《闇の竜》の少年――ケルフのことが、ふと頭をよぎった。こんなふうに路頭に迷い、裏家業へと引き込まれていくものなのかもしれない。
「シルヴァンに来る?」
何となく思いつきで誘ってみたら、ユーリャはエメラルドの両眼を瞬かせ、へらりと力なく笑った。
「それもいいかも? 父ちゃんの刑期決まったら、考えてみよっかな」
「シルヴァンなら住む場所が決まるまでうちに泊められるし、港町だから労働系が多いけど仕事も探しやすいよ。面会の時とか、出所の迎えとか、ちょっと遠くて不便だけど」
「数ヶ月で出られるってことはないだろしさ、……移動は、慣れてるから平気だし」
気づけば舐め尽くして残った飴の棒を、ユーリャは器用に近くのゴミ箱へ投げ込んだ。ベタつく指先をぺろりと舐めてから、ため息とともにベンチの上で膝を抱える。
膝の間に頭をカクンと突っ伏して、くぐもった声で呟いた。
「父ちゃんの、大馬鹿」
「……うん」
「母ちゃんが死んじゃってから、二人っきりの家族なのにさ」
「……そうだったんだ」
「下手したら、取り押さえられたときに首
「……そうだね」
ぐすぐす、と
人目をはばからず号泣できるほど子供ではなく、ぜんぶ飲み込んで笑えるほど大人でもない。中途半端な年頃の自分たちは、無言でただ寄り添いあってるくらいがちょうどいい。
たった一人の肉親が、
失敗しても成功しても、命を奪われる可能性は高かった。ガイドウ氏当人が自覚しているかはわからないが、ユーリャは改めてその可能性を思い、深く傷ついたのだ。確かに、こんな気持ちのまま城になんて行けるはずがない。
手当たり次第に美味しそうな物を食べ歩いて、甘いお菓子を食べて、少しだけ心の内を吐き出して。隣にいることで、少しは慰めになれただろうか。
もうしばらくこうして時間をつぶしたら、二人で城に戻ってあったかい湯に浸かり、今日は何もせずに寝てしまおう。
そうして気持ちに区切りをつけたら、きっと元気に明日を迎えられるだろうから。
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