[7-3]騎士から領主へ
あー、なるほど。
父の言葉を聞いて真っ先にラディンが思ったのは、そんな納得感だった。
ルウィーニとドレーヌは意見が一致しているのかしたり顔で微笑んでいるし、ゼオは知らん顔を決め込んでいる。ガイドウ氏は興味なさそうだし、ユーリャはよくわかっていない様子だ。ラディン自身はおそらく、
ただ一人、リオネル当人だけが驚きに目を瞠り、言葉を失っているようだった。
「……オゥ、公爵さんよ。それは、処罰なのか?」
興味はなくとも妙だと思ったのだろう、ガイドウ氏がもっともな疑問を口にする。公爵、というのは《闇の竜》から聞いたのだろうか。
今はもう公爵ではないが、父はこれからライヴァンの政治中枢に深く関わるつもりなのだと実感した。でなければ、ここでこんな提案がすんなり出てくるはずがない。
「前に少し話したことだけど、改めて説明をしておこうかな。実はね、ジェスレイは慰霊祭をもって騎士団長を引退し、ドレーヌ殿が後を引き継ぐことになったよ。当面はラスリードに補佐をしてもらう形でね。そして俺は、
特に口を挟む者はいない。ドレーヌはもう知っているのだろうし、ラディンもそうなるだろうと予測していたからだ。
自分の立場を明確にしてから、ルウィーニは疑問の答えを口にする。
「処罰か否か、
現実はジェスレイもフェトゥースも、任命にあたう人物を見定められなかったのだろう。シャルリエ家はシルヴァンに長く根ざした名家だが、爵位を持つ貴族ではなく、政治に関わる立場でもない。シルヴァンに十年住んだラディンでも、印象に薄いくらいだった。
しかしここ数年、海賊の脅威は期せずして、シルヴァンという地域に強いネットワークを作り上げたようだ。
地域の有力者たちが育てた
尋ねたガイドウ氏は納得しかねているようだが、リオネルもルウィーニの意図に気づいたのだろう。若干青ざめた顔を向け、震える唇を開いて言った。
「一介の騎士である私に、領主職など務まるはずがありません」
途端――父の瞳がギラリと輝いたように、思えた。言質を取ったとでも言わんばかりに、髭に覆われた口角が上がる。
「そうだろうね。仕える者から治める者へ、大きすぎる変化だ。でも、
「それは…………」
リオネルの訴えを返し、突きつける言葉に、彼はうろたえたようだ。父は確かに「実現可能かは置いておく」と言ったはずなのだけれど、辞退は許さぬという構えで臨んでいるのはどういうことだろう。
――でも、フェト様だったら許しちゃうか。
じっくり考えなくても、彼ならよしと言うに違いなく、ならば結論は出たようなものだ。
「父さん、シルヴァンの人たちに、処罰はあるの?」
動揺しているリオネルには、少し気持ちを落ち着けるための時間が必要だろう。ならば今のうちに気になっていることを聞いておこうと、ラディンは父に声をかける。
シルヴァンの町はラディンにとっても、両親がいない十年間を過ごした大切な故郷だ。
馴染みの店や食堂もあるし、イルバートを通じて自警団の働きも知ることができたし、精力的に働いて町の発展に貢献してきた商人たちの頑張りも知っている。だから聞かずにはおれなかったのだ。
ルウィーニはラディンを見て優しく笑み、リオネルのほうをちらりと見てから言った。
「まだ国王の承認を得たわけじゃないけどね、王家が主要港に制裁を加える、ってことにはならないだろうよ。シルヴァン側の実行者だったリオネルは、国王や俺を含め誰も傷つけていないし、ガイドウ氏は……まあ、きみはしばらく服役することになるだろうけど、雇い主が《闇の竜》だったわけだし、ね。俺としては、リオネルに領主権を与えて現地の反感をなだめてもらいつつ、政権側との仲介をして欲しいのさ」
「でも、あの場には騎士の人たちも一般人もいて目撃者がいるわけだけど……大丈夫なの?」
「理由づけならどうにでもね。計画を止められなかった背後には《闇の竜》との取り引きもあったんだし。リオネル当人に叛意がないのは、おまえとゼオで証言できるだろう?」
「あぁ、なるほど」
父の考えていることがだいたいわかって、ラディンも納得する。リオネルに国王を害する意志はなく、やむを得ぬ事情に
精霊は嘘をつくことなどできない。
あの場でリオネルの心がどう動き、何を願ったかは、一緒にいたゼオに筒抜けだった。
今さらながら本人も気づいたのだろう。観念したような深いため息がリオネルの口から漏れ、頭を一振りして顔を上げた彼はルウィーニを見て、苦笑に近く微笑んだ。
「わかりました。本当に国王陛下の承認が降りたなら、ですが、領主の責務を引き受けようと存じます。何もかもが不勉強で一から手探りするしかありませんが、死ぬつもりだったこの命、愛する故郷のために使い尽くすほうがはるかに建設的でしょうから」
「覚悟を決めてくれて嬉しいよ。……というわけで、このあとの流れだけれどね」
嬉々としてルウィーニが話したのは、こうだ。
ガイドウ氏は騎士たちへの傷害の件で王城の収監施設に入れられ、しばらく服役することになる。リオネルは王城へ行き、国王に申し開きをしなくてはいけない。監視と護衛を兼ねてルウィーニが付き添うので、その間にドレーヌがリオネルの家族に事情を説明するのだという。
領主の件はほぼ確実に国王の承認が降りるから、リオネルにはしばらく王城に滞在し、その間に諸々の手続きを終わらせる。全部が済んだら希望者を募って一師団を作り、リオネルとともに主要港へ遣わして業務をサポートさせるらしい。
一師団分の兵力を伴わせるのは海賊討伐を見越してだろうし、当面はリオネルを監視する、という意味もあるだろう。
加えて、詳細は未定だがシャルリエ家の財産をいくらか取り上げることになりそうだ、との話だった。罰金というか、賠償金というか、名目はそれだが、現実は港町の復興に私財を充てろということらしい。
リオネルは、一つ一つを頷きながら真剣な顔で聞いていた。それを眺めつつ、ラディンは考える。
自分の決意を伝えるなら、ここがいいタイミングかもしれない。
話の腰を折ることはせず、ラディンは父の話がリオネルの合意で終わるのを待ってから、一息つこうとコーヒーを口にした父にそっと声掛けた。
「父さん。おれ、リオネルさんと一緒にシルヴァンに帰ろうと思う」
「それは構わないが……ラディン、その心は?」
そんな大仰なものでもないんだけど、と思いながらも、ラディンは思ったままを口にする。
「シルヴァンはおれにとっても、大事な故郷だから。お世話になった人もいるし、これからが大変なら、おれも何かしたいと思って。あと、父さんの息子としてリオネルさんの力にもなりたいんだ」
「ふぅむ。……だ、そうだよ、リオネル。どうかな?」
「どうかと、言われましても……。ラディンは、父君と一緒に住まなくってもいいのか?」
面白がる様子の父と、困惑するリオネル。父が政務に関わるつもりだということは前から気づいていたので、ラディンとしては構わないのだが――少し考えて、答える。
「父さんが宰相としてすべきことをするのなら、おれも自分にできることを、したいと思って。おれに政治はわからないけど、帝都の父さんと連携しつつ、リオネルさんが一人で無茶したり、抱え込んだりしないよう支えたいんだ。駄目かな?」
「駄目、ではない。むしろ助かる、だが、でも……」
「俺もいい考えだと思うよ、リオネル。ラディンは考え深い子だから、感情に任せて言ってるのではないだろうさ。俺としては寂しいけれど、……したいようにさせてやりたいと思ってるよ」
父も、きっと察していたのだろう。ラディンが故郷として想いを向ける場所は帝都でもなく王城でもなく、港町シルヴァンなのだということを。
会えなくなるわけではないから。自分も父も自由の身で、隔たっているとはいえ同じ国に住んでいるのだ。
「リオネルさん、おれにも手伝わせてください」
はたから見れば監視に見えるのかもしれないが、構わない。短い期間とはいえ一緒の務めに携わり、ラディン自身が彼が信用できる人物だとわかっている。
駄目押しのようなラディンの申し出に、リオネルはだいぶ悩んで口を閉ざしていたが、結局あきらめたように口を開いて。
「わかった。ただし、国王陛下の承認が降りたら、だ」
と、非常に彼らしい答えを返したのだった。
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