[7-2]傭兵の事情と騎士の覚悟
リオネルとの話はまだ終わっていなかったが、父が考えていたより真相は込み入っていたようだ。
少しの思案ののち、ルウィーニは騎士団の休憩所にいたドレーヌを呼び戻して同席を頼むと、自ら
がっしりした体格、無精髭、赤い短髪、見るからに傭兵といった風情のガイドウ氏は、ルウィーニよりも歳下だという。
「何だよ、奴らとの取り引きについてはもう、騎士団の連中に話しただろ」
勾留中だというのに不貞腐れたような態度で
様子を見ていたリオネルが小さく吹き出したのをラディンは見る。
「父ちゃん! 悪ぶったフリしたってどうせ全部ワレてんだから、吐けよ! 洗いざらい! ミオラさんがどうしたってんだよ!」
「
「うるっさーい! ラス様を殺せばオーナーの父ちゃん返すとか言われたんだろー!? ふざけんなっ、悪いヤツらの言いなりになって上手くいくと思ってんのかよっ、ミオラさん狙ってんのは闇竜の偉いヤツなんだぜ!」
「待て待て、おいユーリャ! おまえ何でそんなこと知ってん……ぐぉあ!?」
最後に
一瞬の間に、最重要情報が幾つか飛び交った気がした。ユーリャはまだうめいている父親を無視してソファに座り直し、はぁーッと深くため息をついた。
「……ユーリャ、闇竜の偉い奴って?」
「んー、もう話していいよね、リオネルさん」
「そうだな。すまない、おそらく彼らは俺が闇竜側だと吹き込んで、ガイドウ氏に別件の取り引きを持ちかけたんだろう」
そういえばユーリャと再会した日、宿の彼女は、ガイドウ氏がリオネルに《闇の竜》について相談していると言っていたな、と思い出す。
ようやく立ち直ったガイドウ氏を空いている椅子に座らせたルウィーニは、その足で二人分のコーヒー――ドレーヌとガイドウの分だろう――を淹れ始めた。リオネルがそちらをチラ見してから、続きを話しだす。
「話によると、彼女は闇竜幹部の一人に執着されていて、父親が行方をくらましてからは強行的なやり方が一層ひどくなったのだとか。それで彼女を警護しつつ、父親の行方についても調査をしていたのだけど……」
「あの馬鹿は《闇の竜》に捕まったって聞いたぜ。借金返す目処が立たなけりゃ、海賊に売られちまうんだってさ」
「んなわけないだろ、馬鹿父ちゃん!」
「なっ、親父に向かって馬鹿とはなんだユーリャ! 闇竜はアイツの国民証だって見せつけてきたんだぞ!?」
「それで、調査の結果はどうだったんだい?」
「はい。……彼女の父は
「な、なんでアンタがそこまでわかるんだよ!」
さっきまで怒りで赤らんでいたガイドウ氏の顔色が、一瞬で青ざめた。黙って聞いていたドレーヌが「ああ」と得心したように呟きをこぼし、ラディンもそれで理解する。
「そっか、海賊……捕まえたもんね」
「ああ。君たちが捕らえてくれたシルヴァンの海賊一味に、彼女の父が含まれていたらしい。服役中なのですぐには会えないが、刑期が満了する時期を調べさせて、今日か明日の警護担当が彼女に調査結果を伝える予定だったんだ」
「マジ……か……アイツら俺を騙しやがって!」
「あんな奴らの見え見えな嘘に乗っかった父ちゃんが悪いっ」
服役中とはいえ無事であると聞いて安心したのだろう、ガイドウ氏はまた顔を真っ赤にして怒りだし、ユーリャに
「ルウィーニ様。私に政治の善し悪しは語れません。しかし、我がシャルリエ家が代々守ってきた主要港シルヴァンを、私は愛していますし……誇りに思ってもいます。エイゼル様の治世時代には、シルヴァン港に寄りつく海賊船は一隻もなかったと聞き及んでおります」
父は二杯目のコーヒーを手に、真剣な表情でリオネルの話を聞いていた。静かになったガイドウ氏が聞いているかは不明だが、ユーリャも黙ってリオネルの言葉に耳を傾けているようだった。
権力欲ではなく、憂国の情に突き動かされ、
祭りの前にユエラから聞いた、ルードウェル先王の話を思い出す。今の父にもリオネルの話は、胸に重く響くだろうと思う。
「この度ラディン君たちが海賊を捕らえてくれたことは、大きな意味がありました。たった一隻……されど一隻まるごとの完全な根絶です。ただそれだけのことが、この三年ずっと、できずにいたのです」
「そういえばギアが、王城のほうで手を回してくれないから、商人たちが冒険者雇ったって言ってたね」
ギアと出会ったあの日、酒場で彼が苛立たしげに呟いていたことを思いだす。
彼の怒りは、リオネルを突き動かしたものと本質的には同じだ。自国の領土であり主要港でもある町が海賊に
軍を動かせというのではない。
手練れの
あの海賊討伐は出たとこ勝負の無茶な作戦だったが、エリオーネの
港町に資金的な余力があれば、冒険者や傭兵を雇うという選択肢をもっと早く選ぶこともできただろうに、あの報酬はすべて町の商家が身銭を切って集めたものだった。それを思えば、ギアが国王からの褒美を断ろうとしたのも、金銭を町のために使って欲しいと申し出たのも、重みをともなって迫る気がした。
「……すまなかった」
ルウィーニが、深い息を吐くように言って、リオネルに向き直る。しばし流れた沈黙は、二人が互いの目から真意を読みとろうとした時間かもしれない。先に口を開いたのは、リオネルだった。
「子を想う父親であれば、ルウィーニ様。貴方にも私の覚悟はおわかりいただけるかと。身命を
床に待機していた
『で、マスターはどうしたいんだよ。今の話、
「うーん……。俺は、フェトゥース国王を盆暗だとは思ってないんだけどね。それはそれとして、そうだなぁ」
同室にドレーヌもいるというのに、相変わらず遠慮がない。彼女のほうも精霊の言を気にする様子はなかったが。
でも確かにゼオの言う通り、フェトゥースはなるべくして王座を継いだ王ではなく、知識も人脈もまだまだ発展途上なのだ。ロッシェまでもがいなくなってしまった今、数年は内政に手一杯なのが想像できるし、父も隣国との外交復興で手が回らないのは見えている。
ラディンだって、旧王統の系譜に連なるとはいえ知識や人脈は皆無だし。
「ルウィーニ殿、現実性はさて置いて、貴公はどういう形が最良だと考えておられるのです?」
ふいに、成り行きを見守っていたらしいドレーヌが問いを投げた。炎を閉じ込めたような両目は、静かな声音に反して強い期待を映している。
ルウィーニは顔を上げて彼女を見、リオネルに目を向けて口元に笑みを浮かべた。
「そうだね。実現可能かは置いておくとして、俺自身が思ったことをそのまま述べてみるよ。リオネル=シャルリエ卿。きみに、主要港シルヴァンの領主権を与えるのはどうだろうか。願いを奏上して死ぬ覚悟があったのなら、身命を賭して現政権からシルヴァンの利権をもぎ取ってみるのも、悪くないんじゃないかな?」
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