7.真相述懐と処断

[7-1]騎士団勾留所での対談


 母の姿を見ないと思ったら、爆発で怪我した騎士たちの手当てに飛び回っていたようだ。

 今は人になっているとはいえ、治癒系統が豊富な光魔法を使いこなす母は、こういう局面でとても頼もしい。重傷者はいたが、落命した者がいなかったのは不幸中の幸いだった。


 一時は騒然となった広場も、国王とルウィーニが無事な姿を見せれば混乱は収束してゆく。リオネル、ガイドウ両名を含んだ襲撃者たちは拘束され、騎士たちによって王城へと連れていかれた。

 珍しく落ち着かない様子の父をおもんばかったのか、ゼオも小虎の姿でリオネルの頭に乗ったまま行ってしまった。


 予想していたこととはいえ、国王の表情には疲労が濃い。

 残りの道程はあと少しで、襲撃者や反対派の尋問と処断は城に帰還してからの話になる。


「ユーリャ、……大丈夫?」


 ラディンは隊列に背を向けて、広場の隅にうずくまっていた友の元へと向かう。

 父も母も魔法のエキスパートだし、叔父の鬼か獣みたいな剣さばきなら国王の護衛は十分だ。それより、ショックを受けているだろう友のことが気にかかる。

 ユーリャは走ってきたラディンを見てヨロヨロと立ちあがり、今にも泣きだしそうな顔でくしゃりと笑った。


「うん、平気。ケガも、してないし」

「ユーリャすごいよ。お父さんから何も……聞いてなかったんだろ?」

「………うん」


 なぐさめるのも、めるのも、何か違う気がした。すごいと思ったのは本心からだ。自分だったら、あんなふうに思い切りよく父親を蹴倒せはしない。


「ラディン、事情は聞いてみないとわからないのだし、ね。身内ならなおさら、問いただす権利はあるだろうよ。一緒に城へ連れてきなさい」

「父さん。……うん、わかった」


 祭りの前から浮かびあがっていた、主要港シルヴァンの事情、《闇の竜》の狼藉ろうぜき、父が察したリオネルの本心。想像の及ぶこともあるし、わからないこともある。親子とはいえ、ユーリャだってきっと同じだろう。

 行こう、と手を差しだしたらユーリャは一瞬、瞳に光を揺らし、それから吹きだした。


「子供じゃないんだから、ちゃんと歩けるって! 大丈夫、ありがとラディン。オレ、父ちゃんに会って本心聞きだしてやる」

「うん、そうしようよ」


 こんな衝撃的なことがあったのに、笑って自分で歩けるユーリャは強いと思った。

 そして、彼がこの陰謀と無関係で本当に良かったと、思ったのだった。





 残りの道程はトラブルなく進み、無事に城門へと帰還する。大きく開かれた壮麗な門を飾り立てられた隊列が通っていく様子は、遠目から見れば感動的な光景だろう。

 気丈にも騎士たちをねぎらい、挨拶の言葉を掛けようとしたフェトゥース国王は、エティアのドクターストップによって強引に城内へと連れ去られていった。

 母は現国王をいたく気に入っているらしい。属性が光で一緒だからかな、とラディンは見送りながらぼんやり考えた。ルウィーニがラディンとユーリャの元に近づいてくる。


魔族ジェマの襲撃者は魔法の使用できない牢に拘禁したけど、リオネルとガイドウ氏は騎士団の詰所に勾留しているよ。今から話を聞きにいくから、二人も来るかい?」

「うん」

「行きます」


 少年たちの即断に、ルウィーニは表情を和ませ頷いた。


「それぞれ別々に尋問するから、時間はかかると思うけどね。今日で反乱の芽は一掃できただろうし、明日のことは心配しなくていいよ。さあ、行こうか」


 帰還してまだ間もないとはいえ、父にとっては若い時代を過ごした王城実家だ。ラディンには広すぎる内部の作りも、父はすっかり把握はあくしているらしい。すれ違う人々と挨拶を交わしつつ、柱廊を通り抜け、大きな庭を横切って、騎士団が詰めている敷地へと向かう。

 隣のユーリャは緊張しているのか、途中ひと言も喋らなかった。ラディン自身もまったく同じだったけれど。

 警備に立つ兵に声を掛けて、詰所に向かう。入り口に見知った女性騎士の姿があった。正装姿のドレーヌが、こちらを見て表情を緩める。


「お待ちしておりました、ルウィーニ殿。準備は出来ております」

「ありがとう、フィナンシェ卿。おそらく荒事にはならないだろうから、騎士団の者たちには外してもらってもいいかな?」

「本来でしたら難しいですが、……まあ、ルウィーニ殿なら大丈夫でしょう」


 ドレーヌは頷き、詰所の中へと三人を招き入れた。案内されたのは、堅牢な鉄扉が印象的な部屋。中に入ると、事務用のような造りの机とローテーブル、向かい合わせにソファが置いてあって、手錠を掛けられたリオネルが座っている。

 彼は入ってきた四人を見て慌てたように立ち上がり、黙って深く頭を下げた。ルウィーニとドレーヌが視線を交わし、彼女は頷いて部屋を出ていく。ルウィーニがゆっくりとリオネルの側まで行き、肩に手を置いて言った。


「頭を上げなさい、リオネル。……ところで、きみの家族は?」


 一瞬身体を震わせたリオネルは、ゆっくりと顔を上げてルウィーニを見た。けれどもすぐに視線を落とし、抑えた声で答える。


「家族には、フォクナーと一緒に城門付近でパレードを見るよう言いつけてあります。次男がまだ幼いので長時間の立見は無理だから、出城を見たあとは近くの食堂で休憩するよう、妻には伝えてますので、おそらくは……」

「なるほど。なら、広場の騒ぎは目撃していないだろうね。見ていたら、きっと心を痛めただろうと思うよ」

「理解、しております」


 リオネルと父は体格面ではさほど違わないのだが、項垂れてポツポツと喋るリオネルはひどく小さく見えた。ラディンはユーリャを誘ってソファの端に腰掛ける。

 ルウィーニは黙ったままリオネルの腕を取り、手に持っていた何か――銀色の鍵で手錠を外してしまった。目を開いて慌てる彼を「まあまあ」となだめて、座るよう促す。


「どうせ、きみが叛意はんいなんて持ってないことはわかっているんだ。この期に及んで建前は聞きたくないよ。本当のところを、話してくれるね?」


 父がちらと視線を走らせた場所に、熱気の塊がゆらりと顕現した。一瞬で現れた子虎ゼオの姿を見て、リオネルも観念したように重い息をつく。


「ルウィーニ様には全てお見通しなのですね。……はい、お察しの通り、私は《闇の竜》と取り引きをし、あの広場で陛下を殺害することに……なっておりました」

「ふぅむ。まあ、まず座りなさい。長い話になるだろうからね。ラディン、四人分のコーヒーをれてくれるかな?」


 ちょっと強引にリオネルを座らせ、父がこちらに声を掛けた。頷いて立ちあがるラディンと同じタイミングで、ユーリャも席を立つ。


「オレはお茶のほうがいいから自分で淹れるよ!」

「うん、おれもお茶にしようかな。……リオネルさんは?」


 父は無類のコーヒー好きだが、ラディンは別にそこまでではない。流れのままにリオネルにも尋ねると、彼は驚いた表情で顔を上げてから、ほんの少しだけれど微笑んだ。


「俺は、コーヒーでいいよ。ありがとう、ラディン」

「了解です」


 取調べのために使われるのだろう部屋は、外からの音も入らず、内装も殺風景だ。雑談ははばかられたので、ラディンとユーリャは目でなんとなく確認し合いながら、二人の話に注意を向けていた。

 子虎がルウィーニの膝へ飛び乗ると、父はかれをひと撫でしてから質問を再開する。


「闇竜との取り引きは、きみ自身が主体で?」

「いえ。主要港シルヴァンの商業ギルドが主体となって取り引きを行い、商業ギルドを取りまとめるオクティール家から各名家へ圧力がかけられたという流れです。ちょうど帝星祭の警備担当として帝都に呼ばれていたこともあり、私が帝都側の実行役として選ばれました」

「なるほどね……。きみ自身は、同意の上だったのかい?」

「話が上がった当時は、私もそれしか方法がないと信じておりました。現国王を廃し、ラスリード様を復位させれば、……辣腕らつわん名高いルウィーニ様を監獄島から呼び戻せるだろう、と」


 二人の話を邪魔しないよう、ラディンはそっとテーブルにコーヒーを置いた。父が一瞬こちらに視線を向けて、にこりと笑ってくれたので、少し安心してソファの端へと腰掛ける。

 反乱の動機に関しては、先に予想を立てていた通りだった。暗殺の計画が進行している最中に、フェトゥースがルウィーニを監獄島から呼び戻したというわけだ。

 そこで陰謀は中止すれば良かったのに、何が彼をそのまま突き進むよう駆り立てたのだろう。いや、逆か。

 計画が中止できないほどまで進んでしまったために、彼はせめて最悪の結末だけでも回避しようとしたのかもしれない。そう思えば、連日リオネルが兵の配置や編成に心を砕いていた様子も、に落ちるような気がした。


「なるほど。……ガイドウ氏とも、示し合わせていたのかい?」


 ユーリャが一瞬、身を固くし、話す二人をそろっとうかがい見た。リオネルは一度瞬きしてから、首を横に振る。


「いえ、私は知りませんでした。彼は傭兵部隊の中でも特に腕が立つ人物だったのと、当人の希望もあり、広場に割り当てたのですが……もしかしたら、私が失敗した時のためにと送り込まれていたのかもしれません」

『ちげーよ。アイツの狙いは、国王じゃねェぜ』


 発言したのは子虎のゼオで、驚いた様子のルウィーニとリオネルが同時に目を向けた。


「どういうことだい、ゼオ」

『マスター、自分で言ってただろ。現国王反対派はマスターを国王にしたかったんだよ。だから、ラスが邪魔だったんだっての』

「ああ、そうか。彼は《闇の竜》がラスを暗殺するため送り込んだ――ってことだね。でも、彼はどこで《闇の竜》とつながったんだろう」

『アイツ、心の声がダダ漏れだったぜ。すまないミオラ、あの馬鹿親父を取り戻してやれなくて、ってさ』


 隣のユーリャがひゅっと息を吸い込んだ。思わず見れば、友は悩ましげに眉を寄せ、頭を振って、唸るように呟いた。


「ミオラはオーナー……オレたちが借りた宿の姉ちゃんだ。そっかぁ、そゆことか。この、自分だって立派に馬鹿親父じゃんかよ、父ちゃん!」

「宿のオーナーさんの父親、って、ガイドウさんのふるい友人だっけ。《闇の竜》に借金を作って夜逃げ……、あっ」


 はたと思い当たって声を上げるラディンを、父が怪訝けげんそうに見て、首を傾げる。

 真相はガイドウ氏に聞くしかないが、ユーリャはほぼ確信しているふうだった。ハアァ、と憂鬱ゆううつなため息を吐きだしてから、ルウィーニに向き直る。


「オレの馬鹿父ちゃんが、迷惑をかけて済みません! たぶん父ちゃんは、闇竜の奴らに捕まっちゃった友人を取り戻すため、アイツらの取り引きに乗っかったんだと思います」




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※港町シルヴァンの事情については、「[3-2]反対派の元締めは」にて触れられています。

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