[6-3]陰謀の実行者


 事が起きたのは、パレードの道程を半分ほど過ぎた頃。隊列が中央広場に到着し、国王が馬車から立ちあがって集い寄る人々へ手を振っていた時だった。

 騒ぎの始まりは、小さな爆発音。人々の悲鳴が上がり、群衆の一角が崩れる。


『魔法だ。陽動だろケド、放っとくと怪我人出そうだな……』

(誰かが魔法使ってるってこと?)

『いや、アレは、じゃね?』


 ゼオが心話テレパシーで話しかけてきたので、ラディンも心の中で聞き返す。仕掛け、ということは、魔法道具マジックツールか何かが使われたということだろうか。

 と、ふいに隣にいたリオネルが動いた。

 一部隊列を崩して騒ぎの収拾にあたる騎士たちと、パニックする市民を誘導する傭兵部隊の間を早足で通り抜け、リオネルが向かう先は国王のいる馬車。不安が一気に湧きおこり、ラディンは急いで彼の後を追う。


「リオネルさん!」

「ラディン、魔族ジェマに気をつけろ!」

「え、魔族ジェマ!?」


 思い切って呼び掛けた声に返ったのは、予想外の警告。馬車の側では既にルウィーニが杖を構えていたが、彼も何かに気づいたように目を見開き、大声で叫んだ。


「ゼオ! 防いでくれ!」

『無茶いうんじゃねーッ、マスター!』


 ラディンの肩の上で、子虎の姿が変化する。色に金刺繍きんししゅうの衣装、長い虎の尾、赤金の髪にきんいろの猫目。獣人族ナーウェアの幼児みたいな姿に変じたゼオが、ラディンの頭に手をつき、叫んだ。


「ラディン、【炎竜の結界フレイムドラゴン・サークル】だ!」

「え、あ――わかった!」


 ラディンに魔法は使えない。しかし今、脳裏に聴こえてくるのは間違いなく魔法語ルーンの詠唱だ。狂王の時には連携してくれなかったゼオが、自分を頼りにしている。こんな状況だけどそれが誇らしく、嬉しい。

 脳内にゼオが送り込んだ音声をなぞるように、魔法語ルーンを発声する。全身を熱が駆け抜け、赤い光があふれだして膨張してゆく。


 同時に響いた、ドゥン、という爆発音。

 地面が揺れた気がして一瞬よろめくが、そう感じたのはラディンだけだったらしい。


「大丈夫か、ラディン! ゼオ!」

「マスター余所見よそみしてんじゃねェ、魔族ジェマだ!」


 ゼオが吠え、リオネルが駆ける。ゼオがラディンを通し咄嗟とっさに張った結界は、炎と熱から騎士たちを守ったが、爆発による衝撃は防げなかった。吹き飛ばされ、あるいは地面に倒れた者たちも多い。

 国王とラスリードはルウィーニが守り切ったものの、馬車の周囲は隊列が崩れていた。

 リオネルはその間を縫って国王の側までたどり着き、ふいに現れ襲ってきた人影を抜き身の剣で斬り伏せる。


「なるほど、テレポートか。陛下、俺の後ろに退がっているように」

「ルウィーニ、彼らは《闇の竜》?」

「おそらくは。彼らは国際組織だからそういうこともあるだろうね」


 父と国王は会話する余裕があるようだ。リオネルは無言のまま淡々と、襲いくる男たちの相手をしている。

 彼はどっち側なのだろうか、状況が混沌としていてラディンには判断できない。とにかく襲撃者から国王を守るため、加勢に向かわねば。

 襲ってきた魔族ジェマたちは肉弾戦向きのようだ。人数も多くはない。大きな魔法は最初の一撃だけで、あとは魔法が飛んでくることはなかった。安堵あんどしかけたラディンの脳裏で、ふいにゼオの声が響く。


『クソッ、なるほどそっちかよ! ――ラディン、手ェ貸せ!』

(え、何!?)

『オレをマスターに向けて投げろ!』

(うぇ? わかった!)


 子虎に変じたゼオが頭から滑り落ちて、ラディンの手に収まる。彼が何をしようとしているのかわからないまま、ラディンは目視で父との距離を測った。

 重さのない精霊を投げてあの位置まで届くのか、予測もつかないが迷っている暇はない。


「――父ちゃん、やめろよ!?」


 耳に馴染んだ声が絶叫し、思わずラディンは手を止めて振り返る。

 立ち直りかけていた騎士たちを叩きのめし、ユーリャを群衆のほうに突き飛ばして、獣のような形相で駆けてくるのは――ユーリャの父親?


『ラディン、早くしろ!』

「あッ、はい!」


 ゼオにえられ、ラディンは慌てて子虎を両手で振りかぶる。ユーリャの父――ガイドウが長剣を抜き、一切迷わぬ足取りでルウィーニへ迫るのを見た。父は、驚いたように目を見開いている。

 父さんを助けないと、そのためにゼオを投げないと――!?

 混乱した思考のままラディンは思い切ってゼオをぶん投げ、すぐさま地面を蹴って駆けた。子虎ゼオは空中で燃える剣に変じ、ルウィーニが杖を放ってそれを掴む。


 がぃぃん、と嫌な音が響き、折れた剣先が宙を飛んだ。炎剣によって得物を折られ体勢を崩したガイドウを、ルウィーニは火球を投げつけ跳ね飛ばす。

 焦り顔の父が向かう先に、抜き身の剣を国王に向けるリオネルの姿が見えた。

 駆けつけたものの、ラディンはどう動くべきかわからない。ガイドウが立ってこちらに向かおうとするのをユーリャが飛び蹴りで阻止した様子が、視界の端をよぎる。


「リオネル、……本気なのか!?」

「我が叛意はんいを疑問に思われるのであれば、どうぞ主要港シルヴァンへの慈悲を!」


 ルウィーニの問いに短く返し、リオネルが踏み込んだ。

 国王に向けて鋭く突き出された刃をルウィーニが割り込み弾くも、先のように剣を折るには至らない。元より剣が不得手な父が隊長クラスのリオネルに勝てるはずがなかった。すぐさま武器ゼオを弾き飛ばされ、その隙にリオネルは国王へと向かう。

 その先に立ちはだかるのは、左手に剣を携えたラスリードだ。


「陛下、お覚悟を!」

「させるか、馬鹿野郎!」


 怒号を響かせリオネルの剣を受け止めたラスリードが、猛獣の気迫で力任せに彼を跳ね飛ばした。叔父が剣技に長けた王だというのは聞いていたが、左手のみ――利き腕でなくともここまで強いとは。

 体勢を立て直す隙も与えず、殺気をたぎらせ迫るラスリードを前にして、リオネルの後ろ姿からふいに緊張感が失せた。

 今の今まで息もできず応酬を見つめていたラディンの脳裏に、悪い予感が閃く。


「駄目だ、叔父さん――!」


 ラディンが叫んだのと同時、リオネルとラスリードの間で赤光が弾けた。

 短い悲鳴をあげてラスリードが剣を取り落とし、迎えるように剣を構えていたリオネルが、動きを止める。二人の間に立つのは、幼子姿のゼオだった。


「馬鹿はおまえだ、ラスリード!」


 駆けてきたルウィーニが珍しく怒りもあらわに弟を怒鳴りつけ、その勢いのままにリオネルから剣を奪い取った。たかぶる気分を抑えるように一つ息をつき、小さなゼオを抱えあげて彼にぐいと押し付ける。

 困惑した顔で子虎精霊ちびゼオを受け取ったリオネルは、ルウィーニから目をそらし言った。


「ラスリード様は、間違っておられないでしょう。これからの新時代、叛意はんいを持つ者は見つけ次第粛清しゅくせいせねばなりません」

「……リオネルさん、それ、……よね」


 真意を暴くなど、自分には過ぎた役割だとラディンは思う。でも、いつもなら父以外には近づこうとしないゼオが大人しく彼に抱かれているのだ。

 表層意識を読める中位精霊の彼は、今リオネルの内側で複雑に渦巻く葛藤を聴いているのだろう。建前を述べ罪を被ろうとする彼の真意は、どこにあるのだろうか。


「むう、なぜ私がルゥイに罵倒ばとうされねばならないのだ。フェトゥースの命を狙う者を返り討ちにして何が悪い」

「叔父さんはちょっと黙ってて」


 話がややこしくなると判断してラディンがそっと苦言をていするが、ルウィーニは父にしては珍しい怖い目でラスリードを睨み、低い声で言った。


「おまえがそう単純に乗せられるから、向こうの作戦に組み込まれるんだ、馬鹿者。彼が狙ったのは国王ではない。俺かおまえの手によって、自らが討たれること――だ」


 ゼオを抱えたままその頭を撫でていたリオネルは、一瞬びくりと肩を震わせた。俯いたまま何も言わない彼に、ルウィーニはやはり怒った目を向け、低く尋ねる。


「それが、《闇の竜》との取り引きと王への忠誠をはかりにかけ、君が選んだ結論。……そうだろう? シャルリエ卿」




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