[6-2]母と灼虎の攻防戦


 ルウィーニの見立て通り、一日目と二日目は大きなトラブルに見舞われることなく無事に過ぎた。

 非番の時には街の催し物を見に行ったり、屋台を巡ったりもできるほどだった。


 二日目には広場にミニサーカスが来て、ラディンはユーリャと一緒に観に行った。

 火蜥蜴サラマンドラがぐるりと取り付いた大きな輪を炎翼えんよく鳥が潜り抜けて見せたり、小型の雲鯨クラウディアがステージ上を飛び回りながら潮を吹いて虹を作ったり、翼を持った青い狼が巨大なボールの上で踊って見せたり。

 パフォーマンス自体は派手なものではないが、どの出し物も出演しているのが精霊という、ある意味では唯一無二のサーカスだった。

 楽しげに演じる色とりどりの精霊たちに子供たちが歓声を送り、それを受けて精霊たちもますます上機嫌に技を披露する。隣で見ていたユーリャも大興奮だったのは、ラディンにとって意外だったけれど嬉しいことだった。


 祭りはあっという間に過ぎてゆき、ついに三日目――パレードの当日がやってきた。

 パレードは城の前から始まり、帝都内の決められたコースをぐるりと一周し、城に戻って終了だ。本来なら国王と王妃が特別性の飾り馬車に乗り、その周りを騎士団が隊列を組んで囲み、さらに楽隊を従えて街の中をねり歩く。

 しかし現国王フェトゥースは独身のため、昨年までは一人で馬車に乗っていたらしい。


「なんだか寂しげだから、わたしとルゥイで挟んで引き立ててあげましょ! って言ったんだけど、やめなさいって、ルゥイが」

「それは……うん、やめてあげてね母さん」


 警備のため朝早く王城に来ていたラディンは、祭り三日目にして母が帰還していたことを知った。

 十年前とおそらく全く変わらぬ若さを保ったままのエティアローゼは、レモン色のカジュアルドレスにオレンジ色のショールを合わせて、まるで少女のように着飾っている。化粧でもすれば少しは大人びて見えるだろうに、元精霊にはそういうお洒落感覚がないらしい。


「どうしてよぅ。緋色のルゥイと金色のわたしで、おめでたい色になると思うのだけど! だめ?」

「それは……うーん、段取りの話はおれもよくわからないけど、母さんがフェト様の隣に座っていたら、一般の皆さんが絶対に誤解すると思うし、大騒ぎになっちゃうと思うよ?」

稀代きだいの魔術師と光精霊の祝福を受けた、救国の英雄王! いいじゃない、話題かっさらっちゃえば!」

「たぶん、そういう話題にはならないんじゃないかな……」


 考えてみれば、もともと寿命の概念がない精霊だった母に、人間の感覚を理解してもらうのは難しいのかもしれない。傍目はためには絶世の美少女にしか見えないエティアと、結婚適齢期を踏み越えそうな美貌の青年王がパレード馬車で並べば、普通の感覚なら王に婚約者ができたと期待する。

 父でありエティアの夫であるルウィーニは四十歳を過ぎたばかりだが、髭面と白髪のせいで外観はもっと歳上に見える。息子の自分から見てもちぐはぐな夫婦なのに、何も知らない一般市民が夫婦とわかるわけないのだ。


「エティア、いつまでも駄々こねてマスター困らせてんじゃねェよ」

「なによぅゼオ! ルゥイは困ってなんかいないわよ」

「今年の主役は盆暗ぼんくら国王とラスリードなんだろ? アンタが出る幕ねーだろが」

「あなたこそ、精霊のくせにフェトゥースを悪くいうなんて良くないわ! それにラスは真っ黒でフェトゥースが霞んじゃうから、だめでしょ!?」

「ソコは政治的思惑だっつってんだろーが、ああもう、アンタ光精霊のクセに頭悪ィよな!?」


 いつの間に来たのか、ゼオが部屋の中にいた。父はたぶん今、国王と最終打ち合わせだろう。ギアは一足先に持ち場へ向かっていて、ラディンはリオネル待ちなのだが……こんな重要機密っぽい話をギャンギャンと叫んでいていいのだろうか。


「ねえ、母さん。おれもゼオもそこに口出しする立場じゃないからさ、父さんがダメって言ったならあきらめ――」

「もうっ、わたしはあなたを人の悪口を言う子に育てた覚えはありません! 反省しなさいっ!」


 ラディンの苦言をさえぎって、エティアの怒りが文字通り炸裂した。目が眩むほどの閃光がラディンの視界を白くき、あまりのことに思考までが真っ白になる。


『う、うぉぉい、エティアてめー、このっ!』

「ちょっと母さん! 大事なパレードの前なんだから抑えて抑えてっ」

「離しなさい、ラディン! ゼオはまだりてないわ!」


 母の怒りの閃光弾シャイニングフォースを食らわされたゼオが、子虎の姿になっていた。威嚇いかくするように全身の毛を逆立ててえているが、愛らしいだけでちっとも怖くない。

 もう一発繰り出しそうな母を必死に抑えていたら、部屋の扉が開いてタイミングよくルウィーニが入ってきた。

 滅多なことで動じない父も、部屋の中で起きていた修羅場は予想外だったらしい。


「え、ちょ、待て待て、なんだいこれは。ゼオ、えぇぇ……?」

「ルゥイ! 聞いて! ゼオってばひどいのよ!」

『光魔法に弱い炎精霊へ純魔力の閃光攻撃シャイニングフォースくらわすソッチがヒドイだろ!』


 エティアとゼオに詰め寄られ、困惑し切った顔でルウィーニがラディンを見る。詳しく説明してあげたかったが、正直ラディンにもこの事態は意味がわからない。

 苦笑を返す気力もわかなかったので、ラディンは黙って首を横に振り、事態の収集を父に丸投げした。





「ははは……。まあ、ゼオには連絡役をしてもらうつもりだったからね。しかしエティアは容赦ないなぁ」

「精霊は人を愛さなくてはいけないの。自分が気に入らないからって悪く言ってはいけません!」


 愛が深いゆえにルウィーニと愛し合ってラディンの母親となったエティアだ。だからといってゼオが人を愛していないとは思わないが、余計なことを言ってますますこじれさせてもいけないので、本音は胸に秘めておく。

 事の発端だった『フェトゥースの隣に誰が座るか』は、ルウィーニとエティアが馬に乗り、国王の馬車と並走する、という話で落ち着いたようだ。

 ラスリードが馬車にご一緒するのは政治的パフォーマンスの意味があるので外せないが、祝賀的な雰囲気を壊さぬよう白っぽい式典服を着ればいい、と言われて納得したらしい。全く人騒がせな母だ、とラディンは密かにため息をつく。


 母とゼオが揉めている間に国王と叔父の準備はすっかり終わり、父は女官に呼ばれて慌ただしく出て行った。母も一緒に行ってしまったので、ラディンは今ゼオと二人で、リオネルの到着を待っている。

 最初の予定では実体化を解いたゼオがラディンの側に隠れていて、いざという時にルウィーニからの指示を伝達する、という予定だったのだが。さっきの攻撃魔法で魔力をごっそり削ぎ落とされてしまったゼオは、姿を消せなくなったらしい。


「ゼオは、城で休んどく?」

『幼体でも伝達はできるから問題ねーっての。……目立つけど、さ』

「……そうだね」


 精霊だから人混みで潰される危険はないにしても、なんとなく不便だ。どうしたものかと思っていると、子虎姿のゼオがひょいと跳び上がり、ラディンの肩に乗っかった。


『すっげー不本意だけど、今回はコレで我慢してやる』

「ゼオがいいなら、おれはいいけど」


 ゼオは父さんが大好きだから、ちゃんと期待に応えて役立ちたいんだろうな。

 と思った途端、ゼオが明らかに不機嫌になった。


『……うるッせェ』

「あ、ごめん」


 口に出さずとも、思ったことはゼオ本人に筒抜けだったらしい。子虎はねたようによその方向を向いて、ラディンと目を合わせてくれない。

 精霊は物理的な質量を持つ存在ではないので肩の上で動かれても重みや違和感はないが、いつもなら先端で燃えている尻尾の炎が消えているのは気になった。


『大丈夫だってーの。いちお、短時間ならデカくなれンだからさ』

「うん、わかったけど……無茶はしないでよ」

『おーよ』


 人目を気にしつつコソコソ話していたら、部屋の扉がノックされた。入ってきたのは待ち人、リオネルだ。


「待たせたな、ラディン。……と、ゼオ殿?」

『おゥよ。ただのマスターとの連絡役だぜ』

「お疲れ様です、リオネルさん。こっちの準備は一応、できてます」


 ゼオはリオネルとも顔合わせは済んでいたらしい。あれこれ説明する自信がなかったラディンは内心ほっとした。

 リオネルも表情を和ませ、頷く。


「パレードの警備は我々にとって一番大切な局面だから、念を入れるのは良いことだ。いざという時にルウィーニ様と連携が取れるのも、安心だな。……では、いこうか、ラディン」

「はい」


 リオネルとラディンの役割は、パレードの進みに合わせて警備地点を巡回し、トラブルがあれば現場の警備隊と連携して対処に当たることだ。元々はリオネルと騎士団の誰かに割り当てられるところを、ルウィーニがラディンを推薦したらしい。

 つまり父は、道中のどこかで何かが起きると読んだのだろう。


 リオネル自身に事を起こす気があるのか、ラディンにはわからない。彼が任務に対しいだく思いは真摯しんしで前向きで、そこに叛逆はんぎゃくの意志はないように思うのだ。

 真実の瞳トゥリアル・アイズが見通すのは偽られた言動のみであり、誰かの真意も、未来の出来事も見ることはできない。

 だから、本当の正念場はここからだ。

 



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