[5-2]夜空の華へと願う


 帝都の中央広場は、各種催し物の準備で大わらわだ。鮮やかな衣装を身にまとった人々が忙しなく行き交う様子は、見ているだけでも心躍るものがある。

 見せ物や大道芸などは明日からだが、食べ物の屋台は前夜祭……正確には前夜祭が始まる前から開いていた。祭りの準備をする人々が利用できるように、という配慮だろう。


 大衆食堂や喫茶店も通常通りにやっているのだが、お祭り気分を味わいたくて、ラディンとユーリャは屋台を回りながら串焼きや揚げパンなどを買い込み、中央広場の近くにある緑地公園へと向かった。

 人工林や大きな池があるだけの、広くて施設などの建物がない公園は、夜の花火を観るのに絶好の場所だ。何組かの家族連れがシートを敷いてくつろいでいたり、大きな鳥が池で泳いでいたりするくらいで、混雑していないのもいい。

 池の側にしつらえてある長ベンチに座って、まずは腹ごしらえをすることにした。


「へぇー、こういう広場ってどの国にもあるんだな」

「そうなのかな? おれは他国に行ったことないから詳しくないけど……ユウはいろんな国を回ってきたんだよね」


 ラディンはライヴァン帝国以外の国に行ったことがない。貴石の塔関連で訪れた白月の森も、ひたすら樹海を行き来しただけで都市に寄ったわけではなかった。あの森はどの国家の領土だったのだろう。

 先日まで父が住んでいたという監獄島バイファルも、どこにある島でどうすれば渡れるものなのか今も知らないのだった。


「ん……、そうだなぁ。お隣のティスティル帝国と、西大陸のゼルス王国とかは、ちょっと滞在期間長かったけど。でも、傭兵の仕事って今は護衛業がほとんどだから、国から国への移動についてくのが多くって、あんまり観光はしてないなー」


 ユーリャはしみじみと答えて、エメラルドの目を空へ向ける。

 世界は広く、国風や気候も様々だ。仕事ゆえの短期間滞在だったとしても、実際に訪れたという体験はきっと印象深いものに違いないと思う。

 だが、定住しないというのは不安定な生活だということでもある。生きていれば元気な時ばかりではいられず、出会う人たちだっていい人ばかりとは限らないのだ。

 同い年の自分にも想像できないような苦労や経験だってあっただろう。


「ユウたちは、どこかに定住する気はないの?」

「オレは定住してもいいんだけどさ、父ちゃんが一箇所に留まれないタチでさー……。父ちゃん一人にしておくのも心配だし」

「そっかー」


 ユーリャもラディンも十六歳。帝都や主要港などの大きな都市なら、仕事を見つけて一人で生活できる年齢だ。でも、確かにユーリャの父は根っからの自由人といった雰囲気で、定職につくとかイメージできない。

 母親については聞いたことがないけれど、家で待っているということもないようだから、きっと過去に何かあったのだろう。


「でもでも、そんな父ちゃんが今回……って言うか、今泊まってる宿の姉ちゃんオーナーのことは気にしてんだよね。だから《闇竜》が狙ってくるうちは、帝都に留まるかも」

「そうなの? そういえば、身売り強要されてたよな」


 陰謀阻止とあわせて《闇の竜》のモグラ叩きもする予定だが、それはユーリャには話せない。あの時はゆっくり話す余裕もなかったが、彼女とユーリャの父はただの知り合い以上の関係なのだろうか。


「そそ。だから見過ごせなくて。オレもよく知らないけど、あの宿って父ちゃんの古い友人が始めたんだってさ。だから、夜逃げしたのが父ちゃんの友人……じゃないかなぁ」

「ああ、なるほどね」


 詮索せんさくするつもりはなかったが、特に伏せておくべき話でもなかったらしい。

 でもそれでなるほど、に落ちた。旧友が経営する宿に泊まろうと訪れてみたら、旧友は夜逃げ、その娘が《闇の竜》に悩まされていたというわけだ。それは、放って置けるはずがない。

 お祭りが終わったら父に事情を話して、一緒に捜してもらうのもありかもしれないな。

 思いついたことをそっと心に仕舞う。少なくとも帝星祭が終わるまではユーリャの父が彼女を護衛するだろうし、《闇の竜》も目立つ動きは控えるだろう。


「さてっと、花火はここでるとして、もう少し街を巡って来ようぜ! どこでどんな見せ物があるかも、今のうちにチェックしないと」

「そうだね。じゃ、行こっか」


 食べ終わったゴミをまとめてバッグに押し込み、ラディンとユーリャは立ちあがる。緑地公園は環境維持のため、屋台や露店は入れない。その分、訪れる人も少なく、花火鑑賞だけするならいい穴場なのだ。

 三日目のパレード以外は見回りのスケジュールがゆるゆるなので、今のうちに回りたい場所を見つけておけば時間の節約にもなるだろう。




 ***




 日暮れとともに、帝国十二巡りの星祭り、通称『帝星祭』の前夜祭が始まる。

 星祭りの名称にふさわしく、街の至る所に星をした小型ランタンが飾られており、夜の色が濃くなるにつれて街は人工的な光に包まれてゆく。

 ランタンの窓には色ガラスが使われていて、街中に吊るされた色とりどりの星灯りに浮かびあがる景色は幻想的で美しい。


 昼の帝都を一巡りして食べ物と飲み物を買い込んだ二人は、花火が始まる時間より早めに緑地公園へと向かった。昼より人が増えてはいるものの混み合うほどではない。

 地上の星も入り口の辺りに吊るされている程度なので、芝生にシートを敷いて座ってしまえば、街の灯りも喧騒もここからは遠く感じた。


「わぁ、ここだと普通の星も見えるな!」

「ほんとだ。公園の中はあんまり光源ないもんね」


 獣人族ナーウェア妖精族セイエスなら暗くとも夜目が利くらしいのだが、ラディンもユーリャも人間族フェルヴァーなので、真っ暗闇では何も見えない。手持ち用のランタンをそれぞれが持って来てシートの端に置き、視界を確保している。

 散々歩き回ってだいぶ疲れたし、花火が始まるまで動くつもりはなかった。シートに腰を下ろし、靴を脱いで足を投げ出せば、芝草のひやりとした感触が足首をくすぐる。

 季節はこれから秋に向かい、深まってゆくのだ。頰や首筋をなでる風に冷たさは感じないが、夜らしい湿った涼しさが秋の始まりを思わせた。


「あ、流れ星!?」


 シートに背中をつけて仰向けになったユーリャが、一声あげて夜空を指さす。銀砂を散りばめた闇の天空を、光の筋が走りぬけて消えた。

 流星には願いを叶える力があると言われるので、星も精霊のような存在ものなのだろうか。そうだとしても、地上と天空ではあまりに離れすぎていて、大声で叫んだとしても届くとは思えないけれど。

 太陽や月や星々が、本当のところ何ものなのか、どんな姿をしているのかを、ラディンは知らない。

 精霊王の統括者でさえ地上にある館に住んでいるというのに、鳥も幻獣もたどり着けない空の果てにはいったい何があるのだろう。


「……なぁ、ラディン、聞いてる?」

「え、あ、ごめん! 星見てた」


 らしくない思考に沈みきっていたようだ。隣で呼びかける友の声で我に返り、視点を地上へ引き戻す。

 ユーリャはひっくり返ったままけらけらと笑い、両手のひらを空へ突き出すようにして、言った。


「だからー、また来年も一緒にお祭り見ようって! オレ、流れ星が消える前に言えたから、たぶん叶うよ」


 約束する相手が自分でいいのか、という思いが湧くと同時に、気づいてしまったことがあって、ラディンは返す言葉が思いつかなかった。

 自由気ままな旅というものは、楽しくはあるだろうけど――つながりを持てないということ。しがらみは、絆でもある。帰る場所を持たないというのは、待っていてくれる人がいないということでもあるだろう。

 父は、十年離れていても父親として甘えてくれることを誇りに思うと、言っていた。

 明日をも知れぬ日々の中にあって、待っていてくれる誰かがいるというのは、想像以上に心強いものだろうか。


「うん、おれも、またユウと一緒にお祭りを見たいな」


 ふいに、闇空にあざやかな光の花が咲いた。中心から放射状に広がって夜を呑み込み、溶けるように消えてゆく魔法の光。ユーリャが転がったまま歓声をあげる。


「すげー、思ったよりでっかい! ラディンも仰向けになってみろって、建物も木の影もない空だけのほうが絶対ッ綺麗に見えるから!」

「わかるんだけど、なんか落ち着かないんだよね」


 腹をさらして仰臥ぎょうがすることに危機感を覚えるとか、野の獣か。と、自分に突っ込みながら、ラディンも友にならってシートに背中をつけ寝転がる。

 視界一面を漆黒と銀砂が埋め尽くし、そこへあざやかな光が弾けて広がり、残滓ざんしをきらめかせながら溶けてゆく。

 もっと大きな音が鳴ると思っていた。

 中央広場や王城付近なら、歓声と喧騒でもっとにぎやいだのかもしれないが、ただ静かに咲いて散ってゆく魔法光の大輪は幻想的で儚く、胸の奥を押しつぶすほどに美しい。


「オレさ、……大人になったら、家を建てたいって思ってたんだよね。住むなら、ライヴァン。帝都でもシルヴァンでも、どっちでもいいけど、オレの国はここだぜ! って言える場所がほしくって」

「うん、なんかわかる。おれも最近になってやっと……ここが『自分の国』なんだって、思えるようになったから」


 つながりが持てないのは、寂しい。自分の国を愛せないのは、悲しい。

 そうじゃない人もいるだろうし、ユーリャの父やギアのような生き方も、当人が満足できるのなら、きっと楽しいのだろう。

 根をおろしたいというユーリャの願いは、自分の気質とも近い。

 シルヴァンという街を愛し、そのためにより良い道を探ろうとしているリオネルも、自分や友の願いと通じる気質こころを持っているように思う。


「頑張ろうな、ラディン。帝星祭の警備」

「うん、頑張ろう。おれたちでこの国を守るって、胸を張れるように」


 二人で、闇夜を染める大輪の輝きを寝転がって眺めながら、短く言い交わす。

 夜空の華へ想いを手向けるラディンの胸中では、一つの決意が形になり始めていた。


 


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