5.帝星祭前夜

[5-1]特別衣装を身につけて


 調整された配置図と編成表を父に頼まれた書類と一緒に受け取り、ラディンとギアはその足で現地を確認に回った。

 基本的には三人一緒で行動し、状況によってはフォクナーを中継拠点などの安全な場所に待機させる。市井の警備は陣頭指揮が取りづらいため、各所に配置されたグループのリーダーが臨機応変に対応する、ということだ。


 普段より厳戒警備だといっても、住民や観光客の増加数は圧倒的に多い。トラブルや事故が起きたときに迅速な対応をするため、宿屋や食堂、店舗には積極的に声をかけて認知してもらう。官民一体で祭りを成功させるという意識がこの時期の帝都には満ちている。

 前夜祭の割り当てがユーリャと一緒だったのは嬉しい驚きだった。見回りしながらにはなるが、念願の『一緒に祭りを見る』という夢が果たせそうだ。

 偶然にしては出来すぎているので、年少の二人が楽しめるようリオネルが配慮してくれたのかもしれない。


 ついでに足を運んで、ユーリャとも顔を合わせておく。前夜祭の話をしたら彼も喜んで、一緒に花火を見ようと約束した。今日は父親も一緒で、彼は豪快に笑いながらラディンの頭をぐしゃぐしゃ撫で回し、ギアと強引に肩を組んで楽しげだった。

 気になっていたので聞いてみれば、借金取りはあきらめたのか最近は来ていないらしい。


 そうして、祭りまでの日々はあっという間に過ぎていく。

 トラブルが生じることもあったが、大抵は見回り部隊で解決できるものだった。《闇の竜》も当日に備えて息を潜めているのか、見回りの中で遭遇する機会はなかった。

 久しぶりの『普通の仕事』に気分が上がっているラディンは、ついつい陰謀への警戒を忘れてしまう。物事は順調で、リオネルは誠実な人物に思えた。時々は街人たちの準備を手伝ったりしつつ、あっという間に日は過ぎてゆき。


 待ちに待った帝星祭ていせいさいの前日がやってきたのだった。




 ***




 日暮れを待たずして、帝都は祭りへの期待に賑わっている。色とりどりの旗が飾られた露店が街道や広場に立ち並び、派手な衣装を身につけた人々が忙しそうに歩き回る。

 見ているだけでわくわくする光景だ。


 明日の朝には開幕の式典があるものの、国王陛下が市街まで出てくるのは三日目のパレードのみ。《闇の竜》にしても反対派にしても、事を起こすならその時だろう。つまり、今日から二日目までは比較的安心ということだ。

 万が一何かが起きても大人たちで十分対応可能だ――というギアの提言を、リオネルは二つ返事で聞き入れた。

 そんな大人たちの計らいのお陰で、ラディンとユーリャは非番を申し渡されたのだった。


「ギアだって、アルトさんとデートしたかったんじゃないの?」

「ふっふっふ……俺がその辺、抜かるかよ。勤務終了を花火が始まる時間の前にしてもらったから、夜は城の特等席ディナーパーティーでワイン傾けつつ一緒に花火鑑賞デートするのさ」

「あ…………そうなんだ、おめでとう」


 気になったので尋ねてみたところ、得意げな答えが返ってきた。

 言われてみれば、女性陣は城内警備なのでアルティメットも王城に滞在中なのだった。前夜祭の夜会がどの程度の規模かはわからないが、自分だったら緊張しすぎて、食べた気も観た気もしないだろう。

 ギアって意外とロマンチストだったんだ、と思いつつ口には出さないでおく。何にしても、彼女を寂しがらせずに済むなら良かった。

 大人デートのノウハウは全くわからないので、余計なことは言わない。


「ああ、こっちは上手く段取り立ててるし、余計な心配せずにおまえさんたちも楽しんでこいよ。……ついでに、城側の状況も確かめてきてやるからさ」

「あー、うん。無理なくね」


 ギアは思った以上に、騎士団長交代の話を気にしていたようだ。今の今まで忘れてたとはいえず、笑顔で誤魔化してラディンは頷く。

 身軽い足音が聞こえたので振り向けば、ユーリャがこちらに駆けてきた。翡翠かわせみみたいな色合いの祭り衣装を着て頭のバンダナは明るいオレンジ色。大きく手を振って「おはよー!」と叫んでいる。


「あ、ユウ! じゃ、アニキまたねー!」

「おぅよ、また明日な」


 ギアはそのまま城に泊まるつもりなのだろう。手を振って了解の意を示し、ラディンはユーリャのほうへと向かう。羽織ってから帯で縛るタイプのお祭り衣装は、この時期に街の至る所で売っているものだ。

 子供用の衣装は色んな動物や鳥をモチーフにしているらしいが、ユーリャが翡翠かわせみを選んだのはちょっと意外だ。


「ラディンは? まだ着替えてないのかよ?」

「え? おれ、これでいいけど」


 普段から着ている袖なしシャツ……はさすがにどうかと思ったので、襟付きの白シャツにベージュの上着、黒のズボンに革ブーツ。年相応かと言われれば、地味な気もするが。

 ユーリャは大きなエメラルドの目を見開きラディンの格好を上から下まで観察したあと、大声で言った。


「よし! ラディンに似合う衣装やつオレが見繕ってやるよ。着替えたら街まわろうぜー!」

「えっ、いや、このままでいいって!」

「良くない! せっかくなんだからオソロで行こう、ラディン絶対似合うもん」

「赤!? 赤は、ちょっと」


 グイグイと腕を引かれ、断りきれずに引っ張られてゆく。赤は……似合わなくもないかもしれないが、ゼオや父と被ってしまう。一緒に回るわけではないから構わないと言えばそうだけれど――。

 それでも、はしゃぐユーリャの期待を無下にはできないラディンなのだった。





 どこへ連れて行かれるのかと思えば、詰所である。この先の展開が予想できて一気に恐縮するラディンの気持ちも知らん顔で、ユーリャは呼び鈴も鳴らさず扉を開けた。「リオネルさーん!」と叫んでいる。

 止める隙もなく中から出てきたのは、こちらもお祭り衣装を着こなした妖精族セイエスの子供、フォクナーだった。


「あれ、ラディン何やってんの?」

「え、フォクこそ何でここに?」


 気を取られた隙にユーリャは詰所の中へ行ってしまい、もう駄目だとラディンは観念した。コバルトブルーとレモン色の衣装を着たフォクナーは、妖精族セイエスの顔立ちも相まって本当の妖精みたいに見える。

 モチーフは南国インコだろうか。このくらいの年頃なら、仮装をしても可愛らしくていいと思うのだが。


「赤、か……。不死鳥フェニックスでも着るか?」

「うっわ、何これ金ピカキラキラしてんじゃん。でも似合うかも」

「なっ、ちょっと待って!」


 何を着せられそうになっているのだろう。慌てて詰所に飛び込んだラディンの目に、リオネルとユーリャだけでなく、子供たちの姿が飛び込んできた。

 一人はフォクナーと同い年くらいで赤毛の男の子。もう一人はもっと小さくルベルくらいだろうか、淡い金髪のやはり男の子。四人の視線に見つめられ言葉に詰まるラディンに、ユーリャが満面の笑顔を向けて手に持っていた衣装を掲げ見せる。


「ほら、すっげー派手だけどラディンに似合いそう! ギャップ萌え?」

「無理!」

「むーりー?」

「じゃー、パパがフェニックスだ!」


 今のやり取りのどこが面白かったのか、小さな兄弟――リオネルの息子たちだろうか――がきゃらきゃらと笑いだす。ユーリャが残念そうに、ローテーブルに積みあげられた衣装を検分し始めた。

 入り口からフォクナーが戻ってきて、横からひょいとラディンを見あげる。


「タイチョーのうちの子だって。おっきいのがクレイグ、ちっさいのがジーク」

「そうなんだ。リオネルさん、ご家族こちらに来られたんですね」

「ああ、昨日の夕方にな。妻は奥でまだ休んでいるよ。……ジーク、衣装を被るんじゃない。クレイグ、それをラディンに見せてあげなさい」

「はぁい」


 素直な返事で、兄のほうが弟から衣装を取りあげラディンのほうに届けてくれた。深い緑にオレンジのラインが入った、濃い色ながらも上品なデザインだ。


「ありがとう。……でも、これ、リオネルさんの私物なのでは?」

「これ、もらいモノなんだよー」

「うちの子たちには大きくて着れないし、俺は去年それを着たから、今年は違う物にしようと思っていてね。お下がりでもいいなら着ていくといい」


 親のいないフォクナーならともかく、自分が、と思ったラディンだが、親子ともにあっさりした返答だ。詳しい事情はよくわからないにしても、彼ら家族がお祭りを本当に楽しみにしているのがわかって、胸がふんわり温かくなる。

 隣を見ればユーリャも目をキラキラさせて期待しているし、たまには雰囲気に乗ってみるのも悪くないかもしれない。


「それじゃ、お言葉に甘えて。えっと……上着脱いでこれ羽織ればいいのかな?」

「ああ、そのあと帯を通して軽く縛れば大丈夫だ。洗濯は祭りのあと業者にまとめて頼むから、洗わず返してくれればいいよ」


 言われた通りに衣装を羽織って帯を留め、姿見でチェックしてみる。

 元々の造りが大人用なのだろう、少し大きい感じはしたが、ひだや飾り紐が多いだけに見た目がおかしいということはなさそうだ。


「うん、似合ってる」

「わーカッコいい!」

「かっくい!」

「そうかな? ありがとう、ございます」


 特別衣装とか慣れてなくって落ち着かないが、褒められて照れくさくはあっても悪い気はしない。隣のユーリャも上機嫌だ。


「いいなー、ラディン、大人っぽいの似合ってて! リオネルさんもありがとな!」

「たぶん衣装のおかげだよ! フォクは、リオネルさんたちと街を回るの?」

「うん。何かあっても、ボクのキューキョクマホウでちびっ子たち守ってやるぜ!」


 クレイグ君と同じくらいじゃん、と思ったが、長くなっても良くないのでラディンは首肯を返して聞き流した。

 シャルリエ家の子供たちは聞き分けが良さそうだから、大丈夫だろうし、フォクナーも自分より歳下がいれば案外お兄さんぶるのかもしれない。


「君たちも、せっかくの祭りなのだから楽しんでくるといい。もちろん、何かあれば招集はかけるが、その時はその時だな」

「はい、ありがとうございます! リオネルさんたちも、楽しんでくださいね」


 小さな兄弟の「おー!」という掛け声がハモり、リオネルが笑顔で頷いた。あの子供たちの瞳に魔法の花火はどんな風に見えるのだろう、となんとなく考える。

 願わくば彼らにとってもフォクナーにとっても、楽しい思い出となる祭りでありますように、と思った。


「さ、オレらも行こうぜっ」

「うん、行こうか」


 ユーリャに手を引かれ、市街のほうへと駆け出す。

 ライヴァン帝国最大のお祭り、『帝国十二巡りの星祭り』が、開幕しようとしていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る