[4-3]父の謀略と灼虎の推測


「ラディン、おまえは、リオネル氏についてどう思った……?」


 傭兵部隊の駐留区画は、短期で雇われた傭兵や他国からの滞在者が宿泊するための区画だ。格安で滞在できるが、生活に必要な設備と備品は作り付けの備え付け。観光を楽しむための施設ではないので、ユーリャ父子のように帝都内の宿を借りる者も多い。

 集め寄せの部隊ではあるが、それなりに身元が証明された者でなければ就くことはできない。反対派や闇組織が息の掛かった者を送り込む、という可能性は皆無ではないが、低そうだった。


 帝星祭ていせいさいまでは一週間を切ったくらい。ルウィーニの指示通りに配備を調整するには時間が欲しいと言われたので、ギアとラディンは一旦戻ることにした。明日の朝に改めて会い、今後の打ち合わせをする予定だ。

 リオネルからこの区画で宿を借りるための証明書を出してもらえたので、宿泊所探しを兼ねた駐留区画探索に繰りだしてみる。


「少なくとも、全力で勤めを果たすって言葉と父さんの指示通り調整するって言葉に、嘘はなかったよ。あとフォクの面倒をきちんと見るっていうのも」

「人質にする気かよ、……てのはさすがに穿うがちすぎか」

「おれやアニキに圧力掛けたってあんまり意味ないからね」


 ギアは、リオネルの誘いに乗って詰所に居残ったフォクナーの安全を気にかけているようだ。二児の父親と言うからにはアップルパイ三昧ざんまいの食生活にはしないよな、と心配していたラディンだが、ギアの懸念けねんは別だったらしい。

 確かに、復位を願う相手ルウィーニから排除を望む元国王フェトゥースの保安を言いつけられたリオネルが、今なにを考えてどう行動するつもりなのか、全く読めない。だとしてもリオネルがルウィーニ派なら、自分たちやフォクナーに危害を加えるような悪手は取らないだろうと、思うのだ。


 フォクナーが斥候スパイとして役立つかといえば、期待はできないけれど。

 あまり深く考えていなさそうで実は勘の鋭いところがあるから、思わぬ本音を聞きだしてくれるかもしれない。





 適当な貸出用一軒家レンタルコテージを選んで一週間分の賃貸契約をし、鍵を受け取って中に入る。ひと休みついでにお茶でも飲もうとかまどに火を入れたら、ふいに部屋の中へ灼虎しゃっこが現れた。

 何が起きたかすぐには理解できず固まっていたら、虎の精霊は姿を変え、二十歳ほどの獣人族ナーウェアっぽい青年になった。


「――ああ、ゼオだっけ」

「おぅよ。クッソめんどくせーけど、マスターから手紙預かってきたぜ」


 父は、中位精霊を相手に気軽に用事を頼みすぎではないだろうか。どこか不機嫌そうに差しだされた大きめの封筒を受け取り、ラディンは開いて中の手紙に目を落とす。

 奥で風呂場のチェックをしていたギアが物音に気づいたのか戻ってきて、灼虎のゼオを見て「うぉ」と声をあげた。無言で場所を開けたゼオをちらちら見つつ近づいてくると、ラディンと一緒に手紙を覗き込む。


「オヤジさん、何だって?」

「えっとー……、ゼオを連絡係としてこっちに待機させるから、リオネルさんから部隊の配置図を入手して送って欲しいって。難易度高ッ」

「指示書あるのか?」

「うん、提出用の書類が添付してある。でも、リオネルさんって騎士団員だから、配置図とか編成表とかジェスレイさんに提出するんじゃないのかな?」

「だよなぁ。うーん……」


 公式以外に提出を求めるというのは、どういうことなのだろう。

 父個人として把握したいのかもしれないが、それを何とリオネルに伝えたものか思いつかなかった。ついつい、眉が寄る。


「余計なコト考えねーでいいから、それ相手に渡せばいいんだろ?」


 見かねたのか、ゼオがぽそりと口を出す。確かに指示書が付いているのだから、下手に口を出さずリオネルに手渡すほうがスムーズに進むのかもしれない、が。

 父はどんな意図なのだろうと考えずにはいられなかった。


「ゼオは、父さんから何か聞いてる?」


 中位精霊は名をくれた相手と契約関係に入り、離れていても意思を交換できるという。わからないことはゼオに聞けってことかと思ったラディンは、遠い目で窓を見つめているゼオに尋ねてみた。

 虎柄の耳がぴくりと動き、金色の不機嫌そうな目がラディンを見る。


「アレでマスター腹ン中は真っ黒だからな……」

「え、何?」

「膿は表に出したほうが治療しやすいってことだろ。マスターは挑発してんじゃねェぜ、誘ってるんだよな……」

「誘う? 陰謀の実行をか?」


 精霊の口から謀略の解説を聞かされる日が来ようとは。とはいえ、ゼオ自身はルウィーニの意図を事細かに解説するつもりはないようだ。


「要するに、自分はテメーの味方だぜって意思表示してんだよ。マスター的にはフェトゥースとリオネルどっちの味方でもあるつもりだろうから、嘘は言ってねーんだけど、情報操作はわざとやってるよな……」

「えぇ、どういうことさ」


 わかるような、わからないような。

 困惑してギアを見るも、彼もお手上げの挙動で首を振っていた。解説を期待してゼオを見るが、彼も眉を上げて肩をすくめるだけだ。


 もしかして父は、リオネル以外の反対派にも手紙か何かで接触を取ったのだろうか。ゼオなら知っているかもしれないが、父が何も言わないところを見るに、自分たちに知らせないほうが好都合なのだろう。

 差し当たり、明日リオネルに会って父から送られた指示書を渡し、書類が返ってきたらゼオに渡す――というのが果たすべきミッションになる。


「……難易度高ッ」


 脳内でざっくり整理してみたところで、変わらない。明日の朝どんなふうに切り出したらいいだろう、と頭を悩ませつつ、ラディンは指示書と書類を封筒に仕舞い直すのだった。




 ***




 朝早く、付近の食堂で朝食を済ませてから、ラディンとギアは再度、詰所へ向かう。昨日と同じように呼び鈴を鳴らせば、扉を開けて出迎えたのはフォクナーだった。


「おー! 遅かったじゃん、アニキにラディン!」

「遅くねーだろ。おまえは朝から元気だなー」

「へへっ、ケンコーな一日は朝ごはんからはじまるんだぜっ。バッチリ食べて魔法力MPもジュウテン完了だもんね!」

「フォクは何食べたの?」


 妖精族セイエスだからか、単なる好みの問題なのかはわからないが、フォクナーは果物が好きで肉類を食べない。好きなものばかり食べたがる偏食だ。

 朝から機嫌がいいところをみると、朝食はよほど好きな物でも出たのだろうか。まさか朝からアップルパイではないと信じたいが。


「んー? リンゴサラダとキノコのスープとクルミのパン! オムレツもちょっと」

「朝からずいぶんと豪勢だな。リオネル氏、準備するの大変だったんじゃねぇか……?」


 意外にも、非常に庶民しょみん的でヘルシーなメニューだった。ギアの豪勢は言葉のあやだろう、そこそこ偉い貴族が食べるには質素な品目だと思う。ただ、家で使用人たちに用意してもらうならと考えれば、だが。

 やっぱり連れ帰ったほうが良かったんじゃ、とラディンの胸をよぎった不安は、他ならぬリオネル本人が払拭ふっしょくしてくれた。


「おはよう、ラディン、ギア。この区画では食事の配達サービスもあって、最近はそれを利用しているんだ。祭りの当日までは忙しくて、自炊する余裕は持てなさそうだからな」

「おはようございます、リオネルさん。フォクナーの分まで用意してくださって、ありがとうございます」

「なんだか悪いな。費用は払うから、あとで領収書見せてくれ」


 リオネルは気楽なふうに笑うと、二人を詰所の中へと招き入れた。


「たかが、子供の食事くらい。気にしなくていいさ。それより、早速だが打ち合わせをしようと思う。構わないか?」

「もちろん構わねぇけど……気にするって」

「君もラディンも彼の身内というわけではないんだろう? だったら、義務でもない。……さて、調整した配置図だが」


 リオネルが棚から書類をまとめて持ってくると、フォクナーが喫茶スペースから茶菓子を出してくる。親子のようで微笑ましいのと、手伝いに勤しむフォクナーの姿はあまり見たことがないので、新鮮な気分だ。

 ローテーブルに置かれた配置図を取り上げ、ギアは書面を読み込んでいる。ラディンは緊張する手で、父から送られた書類をリオネルに手渡した。


「これ、父さんからです。配置図を、把握しておきたいらしくって」

「うん? ああ、わかった。ラーカイル卿が引退されるという話は本当だったんだな」


 え、と口に出すのはなんとか留めたが、寝耳に水だ。リオネルが指示書を読み込んでいるうちに素早くギアに目配せすれば、彼は了解したというふうに首肯しゅこうを返す。


「へぇぇ、あのコワオモテのオジサン、引退するのかー」

「帝都騎士団のほうには話があったらしい。団長はおそらくフィナンシェ卿が引き継ぐだろうが、ん……祭りの間は全権をルウィーニ様に移譲するということか。なるほど」


 思った通り、目の付け所が鋭いフォクナーだ。何がなるほどなのかはわからないが、リオネルの中でルウィーニからの指示は筋が通っているのだろう。ギアが配置図をリオネルに返し、彼は書類と図を見比べながら必要箇所を埋めていく。

 父の意図が読めたわけではないが、現状のライヴァン政権が、ロッシェ行方不明、ジェスレイ引退、ルウィーニが軍務権掌握しょうあく……という構図になっていることは理解した。これがおそらく、反対派にとって都合良い状況なのだろうことも。


「さて、記入が済んだ書類は君に渡せばいいのかな?」

「おれが預かります。間違いなく父さんに渡しておきますね」

「よろしく頼む。それと、祭りが始まるまでは、傭兵部隊は帝都の治安維持を担当することになっているんだが、君たち二人も組み込んでいいかい?」

「それはもう、部隊長サンのいいように頼むぜ」


 ギアの返答を聞いて、リオネルは目元を和ませ穏やかに微笑んだ。


「助かるよ。祭りが近いと細々こまごまとしたトラブルが絶えなくてね。名実ともに頼れる君のような傭兵がいてくれるのは、非常に心強い。祭りまであと一週間、よろしく頼む」




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