4.部隊長は子供好き

[4-1]傭兵部隊の駐留区画へ


 帝国十二巡りの星祭り、通称『帝星祭ていせいさい』。建国の記念祭が変化したものとも言われているが、800年以上も昔の出来事な上、信頼性の高い文献には記述がなく真相はわからない。

 十二巡りとは十二の月が一巡いちじゅんするという意味で、要するに『帝国の、年に一度の星祭り』ということだ。


 当然ながら、祭りは一日では終わらない。前夜祭を含めて七晩七日続くのだ。前夜祭には魔法による花火が夜空を彩り、夜が明ければ屋台や見せ物とそれを楽しむ人々が広場という広場を埋め尽くす。

 子供も大人も楽しめる催しを考えるのが、帝都民の楽しみ方だ。

 祭りのはなでもあるパレードは三日目に行われ、特別な衣装を身につけた騎士団と音楽隊が隊列を組んで街を練り歩く。

 炎帝時代は国王が顔を出すことはなかったものの、フェトゥースの代になってから国王もパレードに参加するようになったので、帝都民は若き国王の姿を見ることも楽しみにしているのだった。


 そういった例年の催しに加え、今年は五日目と六日目に大規模な慰霊いれいの式典が予定されている。宮廷魔術師たちの浄化魔術式と国民の祈りを束ね、サイドゥラの地をはらい清める儀式だ。

 慰霊式典はルウィーニが中心となって取り行なうらしく、フェトゥース国王は同席しない予定となっている。つまり最も警戒すべきは三日目のパレード、国王が市井に出てくるタイミングであるのは明白だった。


 騎士団はパレードの演者というだけでなく、中心にいる国王を守る役割も担う。責任者は騎士団長であるジェスレイで、ルウィーニも王の近辺警護につくというからまだ安心だ。

 傭兵部隊は帝都の自警団と連携し、パレードが通過するエリアの警備と非常事態が起きた時の対応をすることになっている。この部隊を組織し取りまとめるのが、リオネル=シャルリエという名の騎士隊長だった。





「しかし、驚いたなぁ……。潜入して見張れっていうのかと思ったら、がっつり紹介状書いてんじゃねーか、オヤジさん」

「うん、これ、大丈夫なのかな」


 作戦会議から一夜明けて、朝食を終え、ラディンとギアが向かうことにしたのは、傭兵部隊の駐留区画に指定された街の一角だった。

 出る前に手渡された紹介状の内容を二人とも見たが、フェトゥースとルウィーニの連名で――と言っても手紙を書いたのはルウィーニだろう――ずいぶんと挑発的な内容が記されていた。


「今年のパレードにはフェトゥース国王だけでなくラスリードも同席するから、それを前提に警備の配置を調整するように、――だろ? これを向こうがどう取るかだよなぁ」

「うーん、牽制けんせい? それとも警告なのかなぁ。父さんとしては、何も起きないのが一番だって考えたのかもね」

「なるほどな。ま、どういう意図にしても、企みはぜんぶ国王側こっちに筒抜けだって知らせてるんだよな? ラディン、相手がどう出るかわかんねぇ以上、お互いに単独行動は絶対駄目だぜ」

「うん、わかってる」


 昨晩、作戦の一部始終を聞いたときには、自分とギアの役割は潜入捜査だと解釈していた。が、蓋を開けてみればこれは明らかに『監視役』。相手の出方によっては身の危険も覚悟しなくてはいけない。

 父のことだからそれも考慮し、傭兵の間で高名なギアに役割を振ったのだろうけど。

 遠謀深慮えんぼうしんりょと縁遠いラディンに、父が彼らをあおりたいのか思いとどまらせたいのかまでは読めない。ギアも同じらしい。

 だから二人は、まず二人でシャルリエ卿に会い、反応を確かめて対応を考えてからフォクナーを連れて行くつもりだったのだ。――が、そうそう思惑通りにいかないのが世の常というものである。


「ラディぃーン! アニキぃ! ボクをっ、置いていこうったって、そうはいかないんだからなッ!?」

「えっ、フォク!?」


 城門で出城手続きをしていると、大声を上げながら妖精族セイエスの子供が転がるように駆けてきた。フォクナーだ。黙って出てきたのに、誰から聞いたのか追いかけてきたらしい。

 ギアがガクリと項垂れる。その胸中を察し、ラディンは口には出さず同情した。

 あっという間に追いついたフォクナーは、長身のギアを見あげるように胸をそらせて、腰に手を当てる。


「ボクだって、ヨーヘイ軍団のタントーなんだろ? 黒いおっちゃんから聞いたもんね!」

「……黒い? ああ、ラス叔父さん?」

「そうそう!」


 軍団とか黒いとか認識が適当だが、本質的なところは理解しているのがフォクナーだ。これ以上は誤魔化しきれぬとギアも観念したのだろう、頭を振って両手を挙げる。


「わーぁった、一緒に行こうぜ。ただ、相手はそこそこ偉い騎士様だ。失礼な言動をとったり余計なこと言って怒らせたり、するんじゃねーぞ」

「おー!」


 相変わらずの元気一杯な返事に、ギアは重いため息を吐き出し、ラディンは苦笑するしかできなかった。




 ***




 帝星祭は年一度の大きなイベントだが、他にも一年を通じて大なり小なり催しがある。それらの準備で帝都外から訪れる人や、仕事のため他国から来て滞在する人のために、この区画は整備してあるという。

 入ってすぐの区域に事務所を兼ねた詰所があり、今日はシャルリエ卿が来ているという話だった。道中買った菓子折りを手に、三人でそこへと向かう。


 詰所の門扉は開け放たれていて、庭は狭くすぐに玄関へと辿り着いた。大きな扉はきっちり閉まっていたが、目立つ位置に呼び鈴が取り付けられている。

 いち早く見つけたフォクナーが、ギアが止める間もなく呼び鈴を鳴らして声を上げた。


「たーのもぅ!」

「オイっ」


 会いに来たのだから駄目ということもないのだが、心の準備はできなかった。ギアが慌ててフォクナーを引っ張り戻したと同時に扉が開いて、中から人が出てくる。やや後方から一連を眺めていたラディンは、現れた人物を見て目をみはった。

 ギアと向かい合っても見劣りしない、背の高さと姿勢の良さ。蜂蜜はちみつ色の長髪を首の後ろで一つに束ね、赤と黒が基調の貴族服を着た男性の姿は、ラディンの記憶にまだ新しい。城の中でぶつかりそうになったあの人物だ。


「何か用……って、君たちは」

「お城からの助っ人、天才大魔法使いのフォクナー様だゼっ!」

「おまえ、少し黙ってろッ」

「なんだよーぅ、アニキ、はなせーッ!」


 ギアにぐいと頭を押さえつけられてジタバタしている暴走少年を、リオネル=シャルリエは翡翠ひすい色の両目を細めて見ている。口元にほんのりと微笑を浮かべた表情は、自分たち――というかフォクナーに対して好意的に見えた。

 ややあって顔をあげ、ラディンのほうにも目を向ける。


「なるほど、君がルウィーニ様の息子だったのか。まずは入りなさい、話は中でしよう」

「お、おう。一応『ルウィーニ様』から紹介状も預かってきてるから、目を通してくれ……ください」


 警戒心も向けられず詰所の中に招かれ、『そこそこ偉い騎士様』を相手にどう接するべきかと混乱したのか、ギアが中途半端にへりくだる。リオネル氏はゆるく笑い、言った。


「敬語は不要だ、普段喋っているように話してくれれば、それで。俺もこういう立場柄、職業傭兵の者たちと話すことが多い。いちいち気にするほど神経質ではないさ」

「そっか、それはありがたい。じゃ、遠慮なくお邪魔させてもらうぜ」


 その一言で肩の力が抜けたらしいギアが、ラディンのほうをチラ見した。

 なんとなく意図を察したが、フォクナーはそれより素早く詰所の中へ飛び込んでしまった。ギアがチッと舌打ちしたのが聞こえる。


「すみません、子供とは言え失礼なやつで」

「気にしなくていい。入ってすぐは応接用の広間で、壊れるような物もないから大丈夫だ。……さあ、君も」

「あ、はい」


 彼はどこまで父と叔父の現状を知っているのだろう。

 ギアとしては彼の立ち位置を慎重に見極めたいところだろうし、ラディンも相手の出方をしっかり観察しておきたい。が、フォクナーが無頓着なのはどうしようもないことだ。


「早く早くっ! せっかく持ってきたんだからさ!」

「うるせぇ大人しくするって約束しただろうが。てか、おまえに食わせるアップルパイじゃないんだぞ?」

「まあまあ、子供なんだし、そう目くじらを立てることもないだろう」


 フォクナーが妙にソワソワと落ち着きなかったのは、手土産に持ってきたアップルパイが気になっていたからか。というか、一緒に食べるつもりだったのか。そしてリオネル氏はなぜそんなに楽しそうなのか。

 様子をうかがうどころではなくなりそうだが、やはり印象は悪くなかった。


 国内で、味方同士が争うような状況はできれば避けたいとラディンは思うし、父や叔父、フェトゥース国王だってそうだろう。彼がかまだ断言できるほどの情報はないが、仲良くやっていきたいな、と思う。


 何か明確な理由があったわけではなく。

 あえて言うなら、リオネルがフォクナーを眺める目に、父を思い起こさせる慈愛の色を感じたからかもしれない。


 


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