[3-3]陰謀の本質と《星竜》のこと


 港町シルヴァンは帝国の主要港であり、物流のかなめでもある。帝都のように洗練された街づくりがされたわけではなく、港と市場を中心に発展した交易都市だ。


 先祖代々に渡って根を下ろしてきた大商人や地主もいれば、仕事の都合で移住してきた船乗りや商売人、仕事を探し流れてきた旅人や傭兵……など、住人たちもいろいろだ。

 活気があり、他所からの移住を受け入れる余力もある街だが、近年になって海賊たちの動きが活発化したため、シルヴァン住民はその対応に悩まされてもきた。

 その治安問題というのが、政変と関係していたらしい。


「ラスが国王だった時代、ルードは将軍として特に対外的な治安に力を入れていてね。住民を脅かすような不穏分子には特に容赦なくって、海賊も主要港に寄りつくことができなかったんだよ」

「政権が私からルードに移った後も、その方針は維持されていたのだが、……ルード暗殺と共にその辺りの体制が崩壊したのだろう」


 監獄島にいたため当時を知らないルウィーニの代わりに、ラスリードが説明を加える。

 政府側が手を打ってくれないので商人たちが金を出し傭兵を雇った――とは、当時ギアが言っていたことだ。実際に王城へ来てみれば、人手不足と狂王脱獄と暗殺の陰謀とで、内政すらガタガタだったわけで。

 無論それを、治世に手が回らなかった理由にするべきではない。とはいえ、状況はこれから上向きになっていくはずなのに。と、そこまで想像したところで、ラディンはこの企みの本質が理解できたような気がした。


「もしかして、前政権のほうが主要港の治安維持を真面目にやってた……って、シルヴァンの商人たちは思ってる?」

「お、鋭いなぁラディン。さすがは我が息子」


 嬉しそうに顔をにやけさせながら、ルウィーニが後に続く。


「要するに、ね。主要港をないがしろにする現政権へ不満を募らせた分子が反乱を企てたのではないか、ということだ。彼らはラスの生存についても計画に織り込み済みのようだし、案外、俺が監獄島へ送られた事実もつかんでいたのかもね」

「あたしが監獄島の話を聞いたのは『情報屋』からだから、そいつらが《闇の竜》とつながってれば、同じ程度の情報を知っててもおかしくないわ」


 エリオーネが補足し、ルウィーニはうんうんと頷いた。監獄島への道は王権により開かれる。ラスリードが王に復位すれば当然、兄を迎えに行かせるだろう。

 権力を望む野心家が企んだ陰謀、などではなく。過去、それなりの実績を打ち立てた者にもう一度政権をってもらう、という。

 思ったよりも理にかなっていてわかりやすい計画だったということか。


「……叔父さんも父さんも国王陛下に協力するって方向で話がまとまったんだから、もう暗殺の必要なくない?」


 素朴な疑問を口にすれば、ルウィーニは困ったように眉をしかめた。


「皆がおまえのように考えてくれれば、争いは起きないのだけどね。残念ながら、俺やおまえが無事でいるという情報は、企みを遂行する後押しになりかねないんだよ。……というか、確証はないんだけど、彼らは俺に王になって欲しいんじゃないかなぁ」

「ああ、なるほど確かにそうかもな!」


 ラスリードが楽しげに声を上げたからだろう、エリオーネの眉間にますます深いシワが刻まれた。もしかしたら彼自身も『不要な者』とみなされ、消されていたかもしれないというのに、呑気な叔父だと思う。

 同じように難しい顔で考え込んでいたギアが、顔を上げて尋ねる。


「つまり、オクティール家の当主と息子が現政権反対派をまとめ上げ、《闇の竜》と取り引きして国王暗殺を依頼し、オヤジさんが国政を主導せざるを得ない状況へ持ち込もうとしてる……ってことか」

「ああ、きっとね。最初はラスを味方に引き入れたかったんだろうけど、交渉が決裂したから……いっそ現国王を排除し王座を空けてしまえって、短絡的な方向に走ったのかもね」


 努力をいくら重ねても結果が出なければ認めてもらえない。厳しい現実を目の当たりにして、ラディンは身がすくむ気がした。

 目的のためなら国王を殺してもいいと思っている者たちがいることを、恐ろしく思う。

 

「……あの、狂王を討ち果たしたことで陛下の評価は上がったと思うんですが、反対派の人たちは考え直したりしないんでしょうか」


 おずおずと発言したのはルイン。彼は、自分に重ねたのかもしれない。

 ルウィーニはルインのほうへ視線を向け、答える。


「裏組織と取り引きした以上、自分都合で途中離脱すると身の危険を招きかねないからね。利益を得られなければ《闇の竜》は国王側へ陰謀の事実を告発するだろうし、そうなると反対派の未来はどのみち破滅ってわけだ」

「陰謀を阻止し、《闇の竜》がライヴァン帝国で力を持つことを阻止するには、証拠を挙げて首謀者と反対派を捕らえ、しかるべき罰を与えて償わせるしかない。ただでも人手不足なこの国で、仲間割れしている余裕などないぞ」


 大真面目な顔で兄に続けたラスリードを、エリオーネが半眼で見ている。きっと「あんたが言う?」とでも思っているに違いない。

 言いたいことはだいたいわかったが、つまり具体的には何をすればいいのだろうか。


「父さんと叔父さんは、もう作戦立ててるの?」

「作戦というほど大規模ではないけど、考えはあるよ。彼らが事を起こすのは、おそらく帝星祭。狂王の一件でフェトゥース国王の知名度は上がっているから、今年はパレードを観ようと詰め掛ける客が例年より多いと予想されるし、国王が城外へ出ていて狙いやすくもあるしね。国王を守り切り、反対派を捕らえれば、こちらの勝ち……ということさ」

「えぇ、お祭りの日まで待つの? 先に犯人を捕まえたほうがいいんじゃ?」


 ずいぶんと後がない作戦だ。祭りの前に解決してパレードの安全を確保するほうがいいのではないかとラディンは思ったが、どうにも難しいらしい。

 説明のため口を開いたのはエリオーネだった。


「本来は、少しくらい証拠不足でも押さえてしまえればいいんだけど……今回は相手が悪すぎるのよ。《炎纏いし闇の竜フレイアルバジリスク》って組織は世界規模の大きさで、近隣のシーセス国を乗っ取ったくらい力を持ってるの」

「下手に国家オモテ側が裏に踏み込んだらヤバいんすよ。今のライヴァンの国力、ってか軍統率力じゃ、返り討ちにってわれちまうのが関の山っす」


 暗殺者アサシン少年のケルフが言い添え、ルウィーニが眉を下げて憂鬱ゆううつそうに頷いた。


「こういう理由わけでね、ラディン。裏との対決はいずれ内政を安定させてからになるだろう。ひとまず裏とつながりのある有力者を捕らえ、国王暗殺を完全に阻止――実行犯もすべて捕らえれば、牽制けんせいにはなる。ただの時間稼ぎだが、そこに意味があるんだ」

「時間稼ぎが目的、っていうことかい?」


 ギアが、首をひねりながら聞き返す。答えたのはラスリードだ。


「ケルフやエリオーネと話し合いを重ね見えてきた《闇の竜》の目的は、祭りの際に国王を暗殺することで生じる混乱に乗じ、ライヴァン帝国を乗っ取ることだろう、とな。だが、最終目的がそれではない」

「あいつらはね……お隣のティスティル帝国にライヴァン帝国をぶつけて、つまり両国を戦争させて、大陸の秩序を崩壊させるつもりのようね。どうやら、《闇の竜》はティスティル帝国を《星竜》と呼んで恐れているみたいなのよ」


 ギアが目をいて「マジか」とうめいた。そんなことになれば、サイドゥラの悲劇をも上回る惨劇が引き起こされてしまう。

 しかし、青ざめるギアにラスリードは、にいと口角を上げて伝えた。


「ならばこちらは先に《星竜》と手を組んで後ろ盾にしてしまえ、と。私もルゥイも、隣国の女王には幼少時から世話になっているからな、交渉は十分に可能だ」

「とはいっても、フェトゥース国王を殺されては元も子もないからね。まず帝星祭の日に王を守り抜き、反対派を確保する。表面化した《闇の竜》を叩き、一旦いったん地下に戻らせる。その後ティスティル帝国と外交交渉を行い、手を組む。そうすれば、《闇の竜》はもうライヴァン帝国には手出しできなくなるよ」

「なるほどな……わかった。で、俺らはどうすればいい?」


 ラディンに作戦の是非はわからない。しかし、敵の天敵と手を組み保身を図るというのはわかりやすく、良い案に思えた。だからギアに倣って頷く。

 ルウィーニは皆が話についてきているかを確かめるためだろう、一度全員を見回してから、資料を取りあげて言った。


「帝星祭のパレードで国王を警備するのは、俺と騎士団が引き受けよう。灼虎しゃっこのゼオも呼び出せば……まあまず大丈夫だろうね。ラスには騎士団との連携を頼むつもりだよ。エリオーネ殿は個人のほうが動きやすいというので、ルイン君やケルフ君と引き続き一緒に動いてもらおう。女性陣は城内警備。で、ラディンとギア殿だけどね」


 父の紅玉ルビーの両目がこちらを見て、なごむ。


「きみたちとフォクナー君は市井を警備する傭兵部隊に入って、彼らの動きを見張ってもらいたいんだ。雇われ部隊の編成なら、わざと手薄な箇所を作り実行犯に狙わせることもできなくはない、からね」

「おう、了解した。てことは、傭兵部隊を取り仕切ってるっていう……あの騎士か」


 ラディンにも流れが見えてきた。そして、雇われた傭兵たちが実行犯というわけではなさそうな――ユーリャや彼の父と対立はせず済みそうだということに、少しほっとする。

 ルウィーニが、数枚つづりの資料をギアに渡し、その名を告げた。


「さすがはギア殿だね、もう目星をつけてたのかい。傭兵部隊を取り仕切ってるのは、シルヴァンの名家出身で、現在、騎士団の百人隊長をしている、リオネル=シャルリエという人物だよ。俺やラスは個人的な面識がないけど、真面目で誠実な人物らしいね」


 記憶に残る名前と若干違う響きに、ギアとラディンは思わず顔を見合わせ、笑ってしまった。父が不思議そうに首をひねったが、これは伝えなくても構わない些事さじだろう。

 

「わかった、シャルリエ卿……だね」

「シャルリエ卿、だな。今度はちゃんと覚えたぜ」


 フォクナーも一緒というのがいささか不安要素ではあるが、頑張ろう、と心に決める。

 サイドゥラ国で起きた悲劇を繰り返すことなど、決して許してはならないのだから。




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