[3-2]反対派の元締めは


 先ほどの件には触れにくく思いながら、ライヴァン王城へと帰り着く。城門を抜け広い外苑を通り抜けていく途中、ギアがまた思いだしたような素振りで話しかけてきた。


「ラディン、さっきの友達……ユーリャだっけ。おまえと同年代くらいなのか?」

「うん。確か、歳は一緒だったはず」

「それなら親父さんも同年代くらいか。親子で帝星祭ていせいさいを見にきたってわけじゃなく、仕事を探しに来たんだな」

「たぶんね」


 ギアが何を気にしているのかわからなくって、モヤモヤする。でも、聞きにくい。結局ギアを問い質せないまま、王宮のエントランスでラディンは彼と別れた。

 まだ父は帰っていないだろうし、王宮関係者は執務中。借りている部屋に戻って着替えるくらいしかすることがなかった。


 外部からの雇われとはいえ、狂王の事件解決に尽力したこともあり、ラディンたちは王城内の者たちに顔を知られている。お疲れ様パーティー以降は、場内を一人で歩き回ってもとがめられることがなくなった。

 夕食までは時間があるので、ルインかエリオーネを捜して話をしようと思い、廊下に出ると、階段のほうからラスリードが歩いてくるのを見つけた。向こうもラディンに気づいたらしく、鋭い紫の両目が少しだけなごむ。


「ラディン、戻っていたか。ルゥイは?」

「父さんは学院に顔出すって言ってたよ。叔父さんは、仕事中?」


 黒髪を短めに整え、貴族服をきっちり着込んだ姿はさまになっており、さすが元国王といったところか。顔立ちや口元はラディンとよく似ている叔父だが、洗練された立ち居振る舞いはとても真似できそうにない。

 ラディンのすぐ側までやってきたラスリードは、一度ぐるりと辺りを見回してから、にぃと笑って言った。


「あらかた似顔絵の検分が終わって、現国王反対派の貴族を絞り込めたのでな。ルゥイの意見を聞きたかったのだ。関係者が一人か二人といった話ではないし、反対派の元締めは、私やルゥイを知っている人物のはずだからな」

「へえ、すごいじゃん。その人たちを捕らえれば、国王陛下を暗殺しようって企みは阻止できる、ってことだよね」

「まぁな。だが、その動機がな」


 エリオーネが一手に引き受けていた陰謀の首謀者探しについて、ラディンはほとんど情報を持っていない。それについても聞ければ、と思っていたが、考えてみればラスリードのほうが背景情報については詳しく知ってそうだ。

 叔父の表情が曇って言葉を濁したところ、捕らえて処分、で済まない状況なのだろうか。


「フェト様には報告してあるの?」

「ああ。ただ、反対と反逆は近いようだが大きく違う。私としては、憂国ゆうこくの士を反逆者として切り捨てたくないのだ。だからフェトゥースには任せてくれるよう話してある」

「憂国の……それって」


 断片的な情報だったが、ラディンの中でようやく話がつながる。フェトゥースの父が叛乱はんらんに踏み切った背景に憂国の情があったのだという話を、今日聞いてきたばかり。同じことが繰り返されようとしている、そう叔父は言いたいのだろう。

 ラディンにギアのような洞察どうさつはできないが、彼の懸念けねんもぼんやりと理解できた気がした。

 戦争や討伐、大きな祭りなどのために傭兵を雇うのは珍しいことではない。帝星祭の警備についても同様だろう。問題は、それが国王の意図どおりになされているかという点だ。

 だからギアは騎士の名を確かめ、裏付けを取れるようにしたのかもしれない。


「陰謀を企む側にも理由はある、ということだ。私もルゥイもそこを見抜くことができず、ずいぶんと遠回りをしてしまったからな……。もう二度と失敗するものか」

「うん、……そうだね」


 神妙な表情で独白する叔父に、ラディンはそっと同意を返した。

 レジオーラ家に行ってユエラの話を聞く前であれば、ラスリードの想いを理解はできても実感できなかっただろう。だが、今は違う。


「夕食後、ルゥイやギア殿を交えて会議をするぞ。もちろんラディンも参加しなさい」

「うん、わかった。場所は?」

「私に割り当てられている部屋にしようか」

「じゃ、おれ、父さんとギアにも伝えておくね」


 夕食後の段取りを簡単に打ち合わせてから、ラスリードは会議の準備をするため戻っていった。その後ろ姿を見て思う。

 いろいろな遠回りはあったけれど、ようやくこうして、現政権と旧王統の当事者たちが協力し合う体制を実現できたのだ。であれば、ここに至るまでに流された血も涙も、決して無駄にさせない。



 

 ***




 仕事という名目でこんな風に集まるのは、ずいぶんと久しぶりな気がする。実際には、海賊討伐のあと死神事件があって城に駆け込むまで、半月も経っていないのだが。

 集まった顔ぶれは、ラディン、ルウィーニ、ラスリード。ギアとアルティメット。エリオーネとモニカ、ルイン、ケルフ。フォクナーは、余計な情報を与えて暴走されると困るので、ギア判断により声をかけていない。

 ソファやベッド、椅子などめいめいが適当に腰掛けると、ラスリードが資料を持って全員を見渡し話を始めた。


「知っている者も多いと思うが、私はつい最近まで《炎纏いし闇の竜フレイアルバジリスク》ライヴァン支部内の地下牢に囚われていた。彼女――エリオーネに救出してもらい、今はライヴァン王城に身を寄せているわけだが、そもそも私が囚われた経緯について話そうと思う」


 ラディンやギアは、ラスリードが救出された経緯もざっくりとしか知らない。これを機に全員で情報を共有しておこうというのだろう。


「簡単にいうと、私が身を寄せていた家の主が現国王反対派に感化され、私の所在をしらせてしまったのだ。無防備な深夜に多勢で押し寄せられては、さすがの私でもな……。で、引っ張り出されて、旗頭はたがしらにされそうになったので、暴れて逃げようとしたんだが」


 黙って聞いていたルウィーニがグフッと吹き出した。不満そうな目をラスリードに向けられ、父は気を取り直すように咳払いすると澄まし顔で聞き返す。


「もう少し詳しく」

「……だから、王に復位するつもりはないと言ったが聞く耳持たない様子だったので、持ち掛けてきた奴を殴り倒してから逃げようと、だな」

「おぉ……なんて馬鹿な真似をしているんだ、弟よ」


 笑いどころでないのは承知しつつも、父は堪えきれなかったようだ。ソファの上ではエリオーネが、指をこめかみに当てため息をついている。

 なじられた本人はむっとした表情で言い返した。


「馬鹿とはなんだ。私は弑逆しいぎゃくに関わるつもりなどない」

「それはもちろん、わかってるよ。でもね、弟よ。向こうが歩み寄りを希望していたのに、機会チャンスを拳で粉砕した挙句、扱いきれぬと利き手を落とされ、地下牢に幽閉され……とても賢明とは言えないと、思わないか?」

「う」

「まぁでも、それが切っ掛けでエリオーネ殿と出会い、フェトゥース国王と協力関係を結ぶことができて、俺の帰還も叶ったわけだから……結果は上々ってところだけどね」


 エリオーネが、海より深いため息を吐き出していた。きっと、城に連れてくる前も来てからも、この叔父はいろいろやらかしたに違いない。

 結果、良い方向へ転がったとはいえ、関わっていたエリオーネやルインとしては気が気じゃなかっただろうと想像がつく。


「ま、それはともかくよ。元国王サマが顔を見たっていう貴族様、それがこの人。港町シルヴァンの名家オクティール家の息子さん。たぶん、首謀者じゃないわ。小物……っていうのは失礼だけど、騎士や貴族というより商家に近いみたいだから」


 エリオーネがぴらりと掲げて見せたのは、画紙に描かれた似顔絵だった。右下に人物名と日付が記されている。


「なるほど、主要港シルヴァンの商家なら、闇市場を牛耳る《闇の竜》にも顔が利くというわけか。しかし、シルヴァンとはね。ラディンは噂とか聞いては……いなさそうだな」

「ごめん、おれ、そういうのに全然うとくって」


 主要港シルヴァンは、フェールザンの後見人おじさんとラディンが十年間暮らした街だ。反乱の火種がシルヴァンにあるというのは初耳だったが、ラディンの出自を考えるなら、フェールザン氏があえて遠ざけていたという可能性も捨てきれない。

 あるいは、自警団に所属しているイルバートなら何か知っているかもしれないが――、


「あぁーっ! 思いだしたぜ! オクティール氏って、あの!」

「うわ、びっくりした!」


 突然ギアが大声で叫び、立ちあがった。ラディンも驚いたが、隣に座っていたアルティメットはそれ以上だったのだろう、黒い翼がぶわっと膨らんでいる。

 皆の視線が集まる中、ギアは真剣な目をルウィーニに向け、言った。


「オヤジさん、俺たちが城に呼ばれる切っ掛けになった海賊討伐――、あれだ。国軍が当てにならないっつってんで、傭兵を雇うため港町の商人たちが金を出し合ったんだが、そのとき商人たちを取りまとめていたのが、オクティール氏……おそらく当主、父親のほうだぜ」

「あー、ああ、なるほどね」


 ルウィーニが得心したようにポンと手を打ち、意味がわからないラディンはラスリードと顔を見合わせる。

 海賊討伐の件は、街のほうで用意された報酬ほうしゅう金をもらって終わったはずだ。……いや、あの時すでに叔父はオクティール家の手引きか何かによって囚われていたのか。


「どういうことだ?」


 意味がわからんといった顔でラスリードが尋ねた。ルウィーニはギアと視線を交わすと、ひとつ頷いて話しだす。

 反対派が国王暗殺を企む理由になったのだろう、動機に関わる推測だった。




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